30.青い不安
「人に優しくするなとは言いません、けれど捧げるだけの生き方はして欲しくないんです」
「そんな生き方した覚えはないけど。アイリーンとの婚約の件は、俺が暴走しただけだと思う」
彼女をひたすら弱くて臆病で自分が支えなければと思い込んでいた。
俺以外の男とアイリーンが上手くやっていける気がしなかった。
婚約の継続以外でも、力になる方法はあったかもしれないのに。
事実、彼女の一番は俺では無かった。俺との婚約を望んでいなかった。
失踪するまで気づかなかったのは、彼女に確認をしなかったからだ。
心配させたくなくて、婚約解消の話が出た事すら知らせなかった。
「俺ってどこまでも一方的な男だったんだなあ……」
「そう思っているのなら、次はちゃんと返してくれる相手を選んでください」
まるで親のようにエストは俺に言う。いやこんなこと両親に言われたことは無いけれど。
彼はきっと俺のこの甘さを利用したいと思っていないのだ。
「さて、お召し替えは又ドレスにしますか、それとも」
俺の顔を綺麗にし終わったのエストはクローゼットを開け着替えを選ぼうとする。
「その前に風呂入りたいんだけど」
「では御用意します、時間は少しかかりますが」
「うん、湯の量は少なくていいよ」
公爵夫人専用の浴室があることは確認済みだ。
初日に入浴を断ったのは公爵家の使用人に体を見られる訳には行かなかったからである。
でも今はエストがいるので問題ない。見張り的な意味でもだ。
俺は椅子に腰かけながらマレーナの件について改めて彼に確認した。
「彼女は帰らせることで決定でいいよな?」
「はい、ですが伯爵家に戻らせる前に情報は全て置いて行かせます、せめてそれぐらいは役立って貰わないと」
「悪役みたいな言い方するなよ」
情報というのはセシリアに関するものだ。
妹付きの侍女で彼女への忠誠が深いマレーナ。
きっと彼女が一番セシリアの最新情報を多く持っている。
そしてその中には婚約者であるアリオスと妹のやり取りも含まれている筈だった。
今最も欲しいのがそれだ。
「なんていうか、セシリアの恋路を覗き見するようで良い気持ちじゃないけどな」
俺の言葉にエストは心底呆れた顔をする。
いやわかっている、そんなこと言っている場合じゃないのは。
「ただの言い間違いだと思いますが訂正しますね、あの二人の関係は恋じゃなく打算でしょう」
セシリア様が今一緒にいる相手が誰だか覚えていますか。遠慮なく痛い部分を突かれ俺は項垂れた。
こちらの失言が原因だけれど。
ただやはり不思議ではある。
セシリアがアンブローズ公爵との縁談を受け入れたことや、なのに結婚式直前に失踪したことだけではない。
もっと前のことだ。
「どうしてあいつは、俺とアイリーンの婚約破棄の話が出た時一緒に反対してくれたんだろうな?」
二人が好き合っていたなら、親が決めた婚約者の俺は邪魔者でしかないのに。
その問いかけにエストは一瞬強張った顔をした。返答を飲み込んだのだ。
思い浮かべたそれは多分俺に聞かせたくない内容で、きっとあの二人を辛辣に責めるものだったのだろう。
代わりに彼が告げた答えは意外なものだった。
「……マリッジブルーじゃないですかね」
「マリッジブルー」
「結婚式やその後についてネガティブな気持ちに囚われて直前にパンクして逃げ出したくなったとか」
「暴走馬車に突っ込んでいったセシリアがか?」
「それとこれとを一緒にしないでくださいよ」
大体マリッジブルーって不安がじわじわ積み重なっていくものらしいですよ。
そう言われて俺はそういうものなのかと頷いた。
だとしたら俺は妹が不安定な状態になっていたのも気づけなかったのか。
双子とはいえ、兄として駄目過ぎるな。
沈んだ気持ちで反省していると、扉が外から叩かれる音が聞こえた。




