29.嘆願の結末
「高級だろうと娼婦は娼婦です」
母親は容赦無かった。
「それに 殿方があの女性のどこに高値を付けているのか不思議でならないわ」
オーガス伯爵には心底失望しました。
そう溜息をつく母の横には居心地の悪そうな父と、そして珍しく父と似た表情をしたセシリアがいた。
俺は不思議に思いつつオーガス伯爵とのやり取りを両親に話した。
二人とも苦い薬を飲み下した直後更にお代わりを追加されたような反応をした。
「あの方は下半身から脳に回る病気にでも罹ったのかしら」
「母さん?」
普段可愛らしく上品な態度を崩さない母親の口からとんでもない言葉が飛び出てくる。
俺は目を丸くした。
「そのまま病気で弱って当主の座を引退してくれればいいのに」
「流石に言いすぎでしょ母さん、病気弄りは止めなよ」
「そうね、病気に失礼ね。でも見る目も考える頭も耄碌した人間が伯爵家当主なんて恐ろしいことだわ」
セシリアに横から窘められ母は口だけの反省をする。
「何より伯爵夫人があんな女だなんて、絶対おかしいわよ」
それが母の怒りの最大の原因だなと俺は察した。
「オーガス伯爵の後妻はセシリアを貴公子と見間違えて、あろうことか色目を使いました」
「は?」
唐突に告げられた言葉に頭がついてこない。
そしてそんな俺を置き去りに母は語り続ける。
「アイリーン嬢への態度の件でセシリアが釘を刺しに行ったら誘惑されたそうです」
「当然私は女だって教えたよ、そうしたら手のひら返しで激怒されて罵られた」
「なんだよ、それ……オーガス伯爵には」
「当然報告済みだけど、彼が信じたのは奥さんの方だね。いやー、夫の鑑だ」
伯爵家当主としてはどうかと思うけれど。冷めた瞳でセシリアが言う。
「そしてこれ以上妻を侮辱するならアイリーンとの婚約を破棄するとか言い出してきたわけ」
「なっ」
「いやごめんねセレスト。ただ本決まりじゃないし絶対そうはさせないからさ」
「……それを決めるのはあなたではないわ、セシリア」
母が溜息を吐きながら言う。その眼差しで理解する。
俺にだって選択権は無いということを。
「アイリーンはレノアがお腹を痛めて生んだ一人娘。最早我が子の一人だと思っているわ、でもね」
「娼婦を妻にした彼と我が伯爵家が縁続きになるのは、そのな、外聞が悪過ぎる」
「向こうから言い出したなら、それに乗るのも手かと母は思いますよセレスト」
冷徹な表情で告げる母と、しどろもどろでこちらに理解を求めようとしてくる父。
俺は答えた。
「アイリーンとの婚約は絶対に解消しません。これは俺の我儘です。代価は払います」
あんな家で、あんな家族に囲まれて暮らすアイリーン。
そんな彼女から俺まで手を放すわけにはいかない。
その数年後、俺がアイリーンに置いて行かれることになるなんて当時は考えもしなかった。
そして俺は彼女と妹がいなくなった今、偽花嫁として代価を払っている。
エストはそのことを知っている。だからここまで心配性になるのだろう。




