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俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


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第37話 人が壊れる音

 壊れる音は、派手ではない。


 爆発のような轟音でもなければ、

 剣戟のような金属音でもない。


 もっと小さい。


 ぽきり、と。

 乾いた音だ。


 医療区画の隅で、若い衛生兵が座り込んでいた。


 包帯を握ったまま、動かない。


「……大丈夫?」


 イリスが声をかける。


 返事はない。


 視線は、どこも見ていない。


 その手は、かすかに震えている。


「三日、寝ていません」


 隣の医療補助が小声で言った。


「後送が滞って」

「重傷者が、溜まって」


 イリスは、息を吐く。


「交代を」


「人が足りません」


 即答だった。


 足りない。

 常に。


 それが、今の戦場だ。


 アレンは、その光景を見ていた。


 医療区画は、彼の思想の延長線にあるはずだった。


 撤退があれば、

 治療時間が確保される。

 後送が機能する。


 だが。


 撤退不能戦場。

 優先順位の分散。

 関与の拒否。


 すべてが、じわじわと医療を削っている。


「フォルツさん」


 イリスは、振り向かずに言う。


「戦死者より」

「壊れる人の方が、増えています」


 言葉は、淡々としている。


 だが、その中身は重い。


「兵士が」

「夜、眠れないと」


「包囲の報告が来ると」

「身体が動かなくなると」


 それは、数字に出ない。


 報告書にも載らない。


 だが、確実に増えている。


 そのとき、担架が運ばれてくる。


 負傷は、軽い。

 腕の裂傷。


 だが、兵士は震えている。


「退路が」

「閉じると、思って」


「……まだ、閉じていない」


 イリスが静かに言う。


「でも」

「閉じる音が、聞こえるんです」


 兵士は、かすれた声で続けた。


「最近は」

「どこでも」


 アレンの胸が、締め付けられる。


 撤退基準。

 優先順位。

 分散防衛。


 理屈は正しい。

 だが、戦場の兵士には関係ない。


 彼らは、ただ。


 閉じる音を、想像する。


 夜。


 補給担当の一人が、机に突っ伏していた。


「……すみません」


 書類は整っている。

 だが、目が虚ろだ。


「もう」

「数字が、顔に見えるんです」


 その言葉に、アレンは言葉を失う。


 自分と同じだ。


 思想は、兵站にも感染している。


 壊れる音は、小さい。

 だが、連鎖する。


「フォルツさん」


 イリスが、真正面から言う。


「あなたの思想は」

「人を救っています」


「でも」


「人を、張り詰めさせてもいます」


 撤退可能という前提は、

 安心にもなる。


 だが、同時に。


 “閉じたら終わり”という恐怖を強くする。


 以前は、盲目的に前に出た。

 いまは、常に退路を意識する。


 意識し続ける。


 その緊張が、心を削る。


「……俺は」


 アレンは、言葉を探す。


「壊している、んでしょうか」


 イリスは、首を振らない。

 頷きもしない。


「戦争が」

「壊している」


「でも」

「あなたの思想は、戦争の中にある」


 切り離せない。


 それが、現実だ。


 その夜。


 壊れた衛生兵は、後方へ送られた。


 代わりは、いない。


 寝台は埋まり、

 灯りは消えない。


 アレン・フォルツは、

 倉庫で一人、地図を広げる。


 戦線は、維持されている。


 数字も、致命的ではない。


 それでも。


 壊れる音は、止まらない。


 ぽきり、と。


 誰にも聞こえない音が、

 積み重なっている。


 彼は、初めて思った。


 逃げ道を作る思想は、

 心まで守れるわけではないのだと。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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