第25話 結果としての死
朝は、平等に訪れた。
戦線が崩れた場所にも。
無事だった拠点にも。
そして、死者が出たという事実にも。
アレン・フォルツは、朝の報告書を前に、動けずにいた。
数字は、はっきりしている。
戦死者。
行方不明者。
重傷者。
(……増えている)
致命的な壊滅ではない。
だが、確実に。
“戻らなかった数”が、ある。
「フォルツさん」
イリスの声だった。
「……医療区画へ、来てください」
「はい」
断る理由は、なかった。
仮設医療区画は、静かだった。
夜の混乱が嘘のように。
それが、余計に現実感を際立たせる。
「ここが」
「……戻らなかった人たちです」
イリスは、簡潔に言った。
布で覆われた担架が、並んでいる。
数は、多くない。
だが、ゼロではない。
アレンは、足が止まった。
(……顔を見る必要があるのか)
逃げたい気持ちが、はっきりと湧く。
「無理なら」
「言ってください」
イリスは、淡々としている。
だが、逃げ道を用意してくれているのが分かる。
「……いえ」
アレンは、一歩踏み出した。
布が、めくられる。
若い兵士。
まだ、あどけなさの残る顔。
次も。
その次も。
誰も、英雄ではない。
ただの兵士だ。
「彼らは」
「撤退経路の最後尾にいました」
イリスが説明する。
「最初に下がった人たちを」
「守る位置です」
アレンの喉が、ひくりと鳴った。
(……退路、か)
自分が作った道だ。
誰かが、そこに立たなければ機能しない。
「彼らは」
「役割を、果たしました」
イリスの言葉は、事実だった。
慰めではない。
「……僕が」
「止めていれば」
その言葉は、自然にこぼれた。
イリスは、すぐには答えなかった。
「そうかもしれません」
「……」
「でも」
「止めていれば、別の場所で」
「別の人が、同じ役割に立った」
アレンは、拳を握った。
「それでも」
「因果は、消えません」
イリスは、はっきりと言った。
「あなたが沈黙した」
「その結果、退かなかった」
「それが」
「この死と、繋がっています」
逃げ道は、用意されていない言い方だった。
だからこそ。
アレンは、否定できなかった。
医療区画を出た後、空気がやけに冷たく感じられた。
そこに、レオニードが立っていた。
鎧を脱ぎ、疲労の色が濃い。
「……フォルツ」
呼び捨てだった。
「死者が出た」
「はい」
「だが」
「戦線は、前進した」
その言葉に、アレンは顔を上げた。
「勝てます」
「次は、もっと」
「やめてください」
アレンは、はっきりと言った。
自分でも驚くほど、明確な声だった。
「僕の沈黙を」
「都合よく使わないでください」
レオニードは、目を細める。
「だが、あなたは止めなかった」
「それは、事実だ」
正しい。
だから、苦しい。
「私は」
「あなたが止めない限り、進みます」
その宣言に、アレンは何も返せなかった。
レオニードは、静かに背を向ける。
「次は」
「必ず勝ちます」
その背中を見送りながら、アレンは思った。
(……否定できない)
自分の沈黙が、誰かの背中を押した。
それは、もう偶然ではない。
夜。
倉庫で一人、帳簿を閉じる。
そこに書かれた数字の一つ一つが、
顔を持ち始めている。
「……逃げ道を作る」
それは、もう無垢な行為ではない。
守るための準備は、
誰かを前に立たせる準備でもある。
アレン・フォルツは、
初めてはっきりと理解した。
自分は、もう。
**結果から、逃げられない。**
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