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【書籍化】素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる【シーモア先行コミカライズ連載中】  作者: 待鳥園子
第二章

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58/58

58 励まし

「おっ……終わった~……」


 アリスは机の上の書類を分類別に片付けながら呻いた。もうまとまった数字を書いた書類は、室長に提出している。


 睡眠不足で目は血走り、化粧直しなんてしている余裕はなく、現在の自分がボロボロの状態であることは自覚していた。


 一年に一度のこととは言え、無数の書類にまみれて、各部署から上がってくる数字と照らし合わせ、間違っているならその原因を追及し解決する……が、ひとつ落とし穴があるのが、各部署から上がってくる数字だって、間違っている可能性があるということだった。


 合わせるはずの数字にもし間違いがあるのなら、部署にある書類をひっくり返して、また数字を合わせるしかない。


(今年はまだマシだった。皆わりと、書類の数字は正確に書いてくれていたし……ただ、計算する数字が間違えていたりしたわね……いえ。今年はマシだった……それで、良かった……)


 アリスは大きなため息をした。今年の終わりに、また大きな修羅場を越えた。これで、新年が明ければ、楽しみなことも待っている。


(そう! そうなのよ。闘技大会が私を待っているのよ! ゴトフリーが戦う姿が見られるなんて、こんな機会しかないんだもん! 万難を排して参加するわ)


 これまで大変な年度末を乗り越えても、ただただ達成感があっただけで、その先のご褒美などはなかった。


 しかし、今年は違う。新年が明ければ、すぐに大きなご褒美が待って居た。


 アリスは屍累々の計数室を出て、深夜の廊下へと出た。数日泊まり込み作業が続いたが、これで明朝には帰ることが出来る。


 思わず鼻歌を歌いつつ、アリスは廊下を歩いた。そして、とりあえずお風呂に入ろうと更衣室へと向かった。


 さっぱりとしてから大浴場を出ると、そこに見覚えのある蜂蜜色の頭を見付けた。


 大浴場を出てすぐの場所で城の庭園を向いて佇むゴトフリーの金髪は特徴的な色で、アリスは同じ金髪の人がいくら並んでいても彼のことを間違えないと確信出来るほどだ。


(また、私のこと待っててくれたのかな……? 嬉しいな……)


 彼の姿を見付けたアリスはさっき念入りに乾かした髪を、ササッと整えた。


 彼の勤務表が頭に入っているアリスは、もしかしたら今夜も会えるかもしれないと思ってはいたが、深夜勤務での仮眠はその場その場で時間が決まるらしく、ゴトフリーに絶対に会えるというわけではなかった。


 今夜はアリスが仕事を切り上げそうな時間に合ったので、ゴトフリーは待って居てくれたらしい。


 しかし、彼はまだアリスに気が付いていないので、悪戯心を出し、こっそりと近付いた。


「ゴトフリー!」


「わ! アリス……!! びっくりした」


 こそこそと近付いたアリスが背中から抱きつくと、ゴトフリーは慌てたように驚いているようだった。


「え! どうしたの。ゴトフリー。私のことを待って居たんじゃないの?」


「いや! いや、そうだよ。アリスを待ってたんだけど、そうだけど、少し考え事してて……ごめん」


 どうやらゴトフリーはアリスを待ちながら、物思いに耽っていたらしい。そんな時に後ろから抱きつかれたので、ひどく驚いてしまったようだ。


「嬉しいな。ゴトフリー。今日年度末が、なんとか片付いたの。私、ちょうど会いたいと思っていたから嬉しい」


「……うん。俺も会えて嬉しいよ」


(あ……いつもの笑顔と違う。もしかして、何かあったのかな?)


 いつもなら、アリスが会えて嬉しいと言えば、それを鏡に映すように心底嬉しそうな笑顔を見せてくれるのに、今のゴトフリーはどこか陰がある。


 そして、アリスはこういう彼の姿を見たのは、これが初めてではなかった。


 アリスと付き合い始めたばかりの頃、ゴトフリーは今が幸せであるがゆえに彼女を失ってしまうことが怖くて精神が不安定になってしまったことがあった。あの時の彼だ。


(今なら、ゴトフリーの気持ちがわかってしまう……お母さんだって自分を愛さなかったという辛い気持ちが、ゴトフリーを自己否定させてしまう原因になっていたんだ。そんなこと……絶対にないのに)


 そして、アリスは彼の友人たちと相談して、出来るだけゴトフリーを不安にさせないように努めてきた。今ならば心の奥底にあった、彼の過去も理解することが出来た。


 もう、あの時の付き合ったばかりの二人ではなかった。


「……ねえ。ゴトフリー。私、眠る前に話したいな……少しだけ話しても良い?」


「……うん。アリスが疲れてなければ」


 アリスはゴトフリーが自分と何かを話したくて、ここにまで来たことを理解していた。何かがあって堪らなくてアリスと会いたいものの、それは、彼にとっては話しづらいことなのだ。


 以前に話をした廊下の隅にある椅子に座り、アリスはゴトフリーの顔を仰ぎ見た。


「あのね。私、ゴトフリーが何で悩んでいても、何も変わらないよ。私だって悩むことあるもん……」


「……アリス。うん。そうだよね。わかってるよ」


 アリスが何故こんな様子なのか聞きだそうとしていることを、ゴトフリーはわかってくれたらしい。はあっと一度大きく息をついて、彼は口を開いた。


「もうすぐ開催される闘技大会で、出来るだけ勝ち進みたいと思っている。それは、俺だけでなく大会に出る誰もがそう思って居ると思うけど……うん。そうだ。負けたくないと思えば、そうなんだ。特に騎士学校を出てから、同じ竜騎士団の連中と本気になって戦ったことはない」


 ゆっくりとした口調で、自分の心の内を明かしてくれた彼にアリスは頷いた。


 誰よりも良いところを見せたいと思っている恋人だからこそ、言いにくいことだったに違いない。


 アリスはここで、結果が何位でも構わないとは言いたくなかった。ゴトフリーが負けず嫌いな性格で、誰からも負けたくないと思っている人だと知っているからだ。


 ここで優しく聞こえの良い言葉を囁き、ゴトフリーを慰めることはとても簡単だった。


 良い順位でなくても良い。そんなことは、二人の関係にはまったく影響はないのだから。アリスはそんなことでガッカリしたり嫌いになったりなど、絶対にしないのだから。


 それは、ただの事実なのだ。


 ここで負けたからって、誰かと比較なんてする訳はない。アリスが一番に良いと思っているのは彼なのだから。


 けれど、ゴトフリーがアリスに真に求めているのは、そんな慰めの言葉ではない。


(……勝ちたいんだ。誰よりも強いと、私にも皆にも認められたいんだ。そうだよ。だから、ここで私がゴトフリーに何かを言うとしたなら……)


「……私、ゴトフリーが優勝したら、ゴトフリーが一番にしたいこと、叶えることにする」


「え?」


 ゴトフリーは目を見開いて、驚いていた。彼だってアリスがこんなことを言い出すだなんて、思って居なかったに違いない。


 こうして弱音を吐けば慰められるだろうと思い、それで良いのかと心の中で葛藤し、それでも堪えきれずにさっきの言葉を吐き出したはずなのだから。


「ゴトフリーは私の知っている竜騎士の中で、一番に強いと思ってた。違うの?」


「……違わないし、俺は誰にも、負けているとは思っていない。絶対に」


 わざと不思議そうに言ったアリスの質問に、ゴトフリーはムッとした顔で答えた。


(そうなんだよね。負けず嫌いということは、自分にそれだけ自信があるということ。そうでなければ、簡単に負けを認めた方が楽だもん……それだけ努力し、自分に勝てる素質があると思って居るから、負けたら死にたいくらい悔しい……そういうこと、なんだよね。ゴトフリー。私、少しずつだけど、貴方のことわかってきたよ……ここで必要なのは、慰めの言葉なんかじゃない。困難に挫けそうな気持ちを、奮い立たせるそんな言葉)


「じゃあ、私は優勝した時のご褒美しか言わないよ。優勝出来なければ、何もなしだよ。ゴトフリー。2位でも何もなし……勝ってよ。優勝して。誰にも負けないで。竜騎士ゴトフリー・マーシュ。私のために」


 どんなに誰かが無理だと言っても、それを覆せる力を持っていると信じてる。そんな思いを込めて、アリスは彼の紺色の瞳をじっと見つめた。


「……わかったよ。アリス。ありがとう」


 揶揄うように言ったアリスの言葉に隠された意図を理解したのか、ゴトフリーは彼女の身体をぎゅうっと強く抱きしめた。


(私は貴方のこと、信じてるよ。ゴトフリー。どうか、自分に負けないで……勝敗が決するその時まで、諦める必要なんて、どこにもないんだから)





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