57 責任感
「……詳細は言えないんだけど、ゴトフリーにもっと安心感を持って貰って付き合ってもらうのには、どうしたら良いと思う? リリア」
アリスがいつも通り食堂で昼食を共にしたリリアに真剣に聞けば、彼女は熱い紅茶にふっと息を吹きかけてひと口飲んだ。
「ゴトフリーさんの過去の事情詳細なんて、別に私に言わなくて良いわよ。アリス本人ならともかく、その彼氏の深い事情なんて、全く知りたくないもの……その」
「え! ……そんなものなの? あ。ごめんなさい」
アリスは本題ではない部分を評したリリアに驚いて、話を遮ってしまった。リリアは呆れたように緩く首を横に振ると、手に持っていたティーカップをソーサーに戻した。
「それは、そうでしょう。私は自分が知らなくて良い事なんて、別に知りたくないの。この人にはこういう過去があるから、私が気を使わないと……なんて、おかしいでしょう。知らないはずなのに。それに、もっと話していて楽しいことがあるから、どうせならそっちを話したいわ」
「そっか……それは、確かにそうかも」
出来る女リリアは、あまり城での不祥事も興味がないようだ。
どこか浮世離れしているアリスたち文官の面々より、大層噂好きな女官でそういう事を耳にする機会も多そうなのに、リリアはあまりそういう話をしない。
「どうでも良いのよ。他人のことなんて……それなら、自分が楽しくなる話をしていたいわ。アリスと話ししていると、本当に自分では思いつかないことを話し出すからいつも楽しいのよね」
「……それって、良い意味なの?」
ふふっと笑ったリリアに口を尖らせたアリスは拗ねた口調で言った。そういうところ……と、言われてしまえば、アリスも何も言えない。
「ええ。間違いないわ。それより、さっきまたアリスらしい相談だったけど、前にゴトフリーさんの提案していた飲み会なんて、一番良いと思うわよ」
「……え! なんで。どうして。お互いに知り合い呼んで、飲み会するだけでしょう!?」
冷静に切り出したリリアに、アリスは机に手を付いて驚いた。だって、お互いに友人同士を招いて、男女の出会いを演出するだけなのだ。
「あのね。アリス。周囲に交際を報告したり明らかにしたりするって、普通は本気の証拠なのよ。それって、遊びの相手になんて、絶対にしないでしょう。お互いの友人たちに紹介して、変な別れ方をしたり下手なことをして、何かあれば……身近な友人たちに軽蔑されたり、相手を大事に思う友人たちからも憎まれることになるのよ」
「え……! そっか。そういうことは、絶対ないと思うけど……確かに、そうかも……」
そういえば、ゴトフリーの友人たちは以前ゴトフリーと付き合っていた女性を知っていたし、彼女が彼とどんな別れ方をしたのかと知っていたとアリスは思い出した。
(……確か、先輩の竜騎士と天秤にかけて、ゴトフリーを振って……それが、バレて先輩にも振られて……って、言ってたよね。だから、そういう悪事を働いたってことを、周囲に知られるって……あ。そういうことなんだ)
それもこれも、ゴトフリーが彼女を『付き合っている恋人』として、周囲に紹介していなければ起きなかった事実であって、お互いに遊びで付き合う気もなければ、互いに友人に紹介することもないだろう。
「だから、ゴトフリーさんが結婚の前準備として、色んな人に会わせておきたいって、地盤固めというか……本気の証拠だと思うのよ。アリスは全くわかっていなかったみたいだけど……そうして、友人たちを紹介し合っていれば、心理的にも浮気もしづらいし結婚への責任感も増すでしょう?」
「そっ……そうなんだ。そんな意味があったなんて、気付かなかった。私、友だち少ないからどうしよう! と思ったけど……」
(あれって、そういう意味があったんだ! 別に浮気なんてする気もないし、私は結婚するなら絶対ゴトフリーが良いけど……確かに友人たちに、わざわざ『別れた』って報告しにくいから。別れにくくなるっていう心理もわかる……だから、本気……なんだ)
ゴトフリーがわざわざ飲み会の話を言い出した理由を知り、アリスはなんだか胸が一杯になり顔を頬に両手を当てた。
「まあ、ゴトフリーさんもまさか、友人が少ないなんて理由で断られるかもしれないなんて、思わなかったでしょうけどね……普通だったら、アリス側が彼にねだってやってもらうようなことだもの。そういうアリスが好きなんだから、ゴトフリーさんも大変だけどね……」
まったくわかってなかったアリスに呆れたのか、リリアは頬杖をつきほっと息をついた。
「そうだったんだ。すごい……嬉しいな……ゴトフリーが皆で飲み会したいって、紹介したいって……そういうことだったんだね。私、全然わからなかった……」
まったくわかっていなかったのはアリスだけで、おそらく二人はわかっていて、ああいう会話を交わしていたのかと、今になって思い出してきた。
(ゴトフリーもリリアに自分の友人だからって、初対面のリカルドさんにも紹介してた! そういうことだったんだ。もし……もし、絶対ないけど仮定の話だけど、もしゴトフリーが私を裏切って浮気したら、リカルドさんにリリアが詳しい訳を話せば、周囲から軽蔑されることになったり……そういうことも、考えられるもんね?)
あまり周囲との関係を築けずにやって来たアリスは、ゴトフリーがしたかったことをここでようやく理解出来て、これが二人が結婚する下準備なのかとじんわりと実感が湧いてきた。
「そうなのよ。それで、私も考えたんだけど、アリスの計数室の同僚で、私も知っている人が何人か居るでしょう? だから、連れて行くなら、その人たちにしようと思うのよ。職場の同僚だから、結婚式には来ると思うし……」
リリアはアリスの同僚なら結婚式でも会うし、飲み会も支障ないだろうと提案し、アリスは慌てて何度か頷いた。
「あ……! そっか、そうだよね。私もそれで、良いと思う……うん」
実はあんまり親しく話したことはないが、リリアが現場に居てくれるなら、その場はなんとかなるだろうとアリスは頷いた。
なんでも出来る親友リリアに、絶大な信頼を置いているからだ。その信頼が裏切られたことはこれまでに一度もない。
「……さっきの話だけど、アリスが何もしなくてもゴトフリーさんがやって欲しいして欲しいと言っていることに素直に従っていれば、安心してくれるわよ」
「あ。そういえば、この前に一緒に住みたいって言われた……」
素直に従う……という意味なら、あれも聞くべきなのだろうかとアリスは思った。
「それは……住めば良いと思うわ。二人とも、成人した大人よ。しかも、竜騎士なんて一番に良いお金貰える職業じゃない。アリスが城から居なくなると思うと寂しいけど、私も子どもが出来たら辞めようと思っているから……」
「そそそ、それは気が早いよ! 私も仕事を辞めるのは子ども出来てからって、言ってるんだよね……別に仕事は嫌いじゃないし、それこそ学生時代机にかじりついて死ぬほど勉強して文官になったんだよ?」
「そうね。けど、さっきも言った通り、ゴトフリーさんを安心させたいのなら、一緒に住んで一緒に居る時間を少しでも長くしたら?」
「そっか……そうだよね」
アリスはリリアの言葉に、何度か頷いた。けれど、ゴトフリーと一緒に住むのなら、両親に会わせなければならない。
それが、どうしても……アリスにとっては、憂鬱なことだった。




