君は強くならない方が良かった
床に、妖精守護霊『蚊人』が転がっている。その羽根の1枚が、もがれている。
蚊人は、その1枚だけとなった羽根を羽ばたかせるが、飛び立てない。
蚊人の敏捷性は、その飛行能力にある。
羽根をもがれた妖精守護霊は、もはやどこにも逃げることができない。
蚊人
「ヂ、ヂグジョウゥゥゥ! ゴンナァァ、ゴンナ小便野郎ニ羽根ヲ斬ラレヂバッタァァ!」
オビト
「君は、間違った真名を唱えられて、強くなったんだ。 でも、君は強くならない方が良かったんだ。 強くなって、身体を大きくしたものだから、飛んでいる君を剣で斬り落とすことは容易だったよ」
蚊人
「ヂ、ヂグジョウゥゥゥ!」
蚊人が、床を這いながら逃げ出そうとする。
アスカ
「逃がさないわよ! 紅蓮の戦士『不動の解脱者』!」
『不動の解脱者』が蚊人を踏みつけて押さえつける。
もともと戦闘力の低い蚊人だ。その素早さを封じてしまえば、容易に捕まえることができる。
そこへ――。
その部屋のドアが開き、この屋敷の主人のモルト=ヒストリアが、ボディガードとともに入って来た。
モルト
「や、オビト! そこで何をしている!」
オビト
「はい。 お通しされた部屋で待っていたところ、閉じ込められて、謎の守護霊に襲われました。 何とか部屋を脱出してここまで逃げて来たのですが、また守護霊に襲われて、いま、ようやく撃退したところです」
モルト
「な、何? そ、そうか。 それは災難だったな」
アスカ
「その守護霊というのが、こいつです。 ペラペラと喋る守護霊だったわ」
すると、ボディガードが「どれどれ」と言って蚊人の様子を見る。
ボディガード
「なるほど。 こいつが『蚊人』という奴か。 よし、後はこちらに任せてくれ。 その守護霊は、こちらで処分しよう」
アスカは、蚊人をボディガードに引き渡そうとした。
ナーニャが、このボディカードを指さして「ママ、マンマ」などと言っている。
ヒロミ
「待って、アスカ。 少し気になることがあるの」
ボディガード
「どうしたんだい? そうだ、オビト君たちは裸じゃないか。 早く何か着たいだろう。 だから、早く、『蚊人』を渡してくれないか」
そう言われて自分が裸であることを思い出し、羞恥したアスカは、早く蚊人を引き渡して服を借りようとした。
ナーニャ
「ママ、マンマ、ダメ、マンマ」
ヒロミ
「ナーニャ、どうしたの? そうか―― ダメ! アスカ! ソイツが術者よ!」
さきほどまで笑顔を作っていたボディガードが、顔を強ばらせる。
ボディガード
「何を言う! 根拠もなしにデタラメを!」
モルト
「その通りだ、ヒロミ君! そうやって簡単に人を疑うのは無礼だぞ!」
ヒロミ
「いいえ、間違いなく、あなたが術者よ。 ならば聞くけれども、ヒストリア将軍、どうしてあなたは、私がヒロミだと分かったの?」
モルト
「それは――君たちとはさっき会っている。 見ればひと目で分かるだろう」
ヒロミ
「そうかしら。 アスカもそう思う? 今の私たちの姿を見ても、そう思う?」
ヒロミは、髪をかき上げてポーズをとった。
オビトは現在20歳、アスカとヒロミは30歳を過ぎた熟年の姿だ。この屋敷に来た、少年少女の姿は、面影程度にしか残っていない。
ヒロミ
「私たちが守護霊に襲われる前、ヒストリア将軍に挨拶したときは、間違いなく12歳の姿でした。 それが、ここまで身長体重が変化しているのに、将軍はひと目で私たちが私たちだと分かったわ。 どうしてかしら?」
モルト
「……」
ヒロミ
「それに、ボディガードさん。 あなたはこの妖精守護霊の名が『蚊人』であると知っていました。 それは、どうしてかしら?」
ボディガード
「それは――そうだ、アスカ君がそう言ったんだ。 それを聞いて自分は、その守護霊の名が『蚊人』であると――」
ヒロミ
「本当に? それは嘘よ。 だって、アスカは、この蚊人のことを、ここでは『守護霊』としか呼んでなかったわ。 それなのに、あなたは、その名が『蚊人』であると知っていたわ。 それで私は、どうしてか気になっていたのだけれども、謎はすべて解けたわ。 あなたが守護霊の名を知っていたのは、あなたがその術者だからよ!」
モルト・ボディガード
「「……」」
アスカとヒロミが、それぞれの守護霊を召喚した。
モルト・ボディガード
「「ひっ!」」
モルトとそのボディガード、2人とも戦闘不能!