20.廃工場のギリー
20.廃工場のギリー
「今日はいい天気だなあ。ほら、太陽がまぶしいぜ」
トニーが空を見上げて、目を細くした。
「まったく最高だな。こんな日は、きっといいことがあるんじゃないか」
「そうね」
「そうかもな」
ギリーと俺は、お愛想程度といった短い返事をした。
俺とトニー、そしてギリーの三人はあらかじめ設定されたとおりに、廃工場内のルートを歩いていた。
「おまえたち、仲が悪いのか?」
俺の横で小声になったトニーが、前を歩くギリーをちらりと見ながら言った。
「さっきから、おまえたち二人はひと言も口をきかないじゃないか」
「ああ。まあ、その、なんだ」
思い当たることが多すぎて、思わず口調を濁した。
「いろいろあったんだよ。いろいろが」
「いろいろって? 今日、会ったばかりなのに?」
「あんたとひと晩、取り調べ室で過ごしたことがあったろ。あれはギリーが原因なんだ。その話、経緯を調書に書くからって言われて説明したはずだぞ。おぼえてないのか?」
「俺が一日に何枚の調書を書くと思っているんだ」
「知らねえな。よろしければ、ご教授願えませんかね」
「聞いて驚くなよ。なんと、一日の摂取カロリーよりも多いんだぜ」
肘で九十度の角度を描いたトニーが両腕を上げて、防護ベストからはみ出しそうな大胸筋を見せつけてきた。
俺は曖昧に頷いた。
正直、笑ってやれる気分じゃなかった。
それで、ようやくトニーは空気を察してくれたらしい。
「茶化して悪かったよ。不幸な出会いっていうのは、誰にでもあるさ。元気を出せ」
「ありがたくって、涙が出てきそうになる教えだぜ」
「人生は失敗の連続だ。でも、いつだって取り返しのつかないことばかりじゃない。そうだろ。何度だって、やりなおせるさ」
「失敗だらけの人生でな。何度もやりなおさなきゃならないのが、つらいんだ」
「あー……そりゃあ、そうだな」
トニーは悲しそうな顔になった。
「無意味な繰り返しってのは、誰でもつらいよな」
「わかってくれるか」
「でもまあ、これは人生の先輩からのアドバイスなんだがな」
そんなもんいらねえ。
「人生なんて、そんなに意味のあるもんじゃないぜ。生活のために毎日、仕事して、嫌な上司に頭を下げて、口うるさい善良な市民に作り笑いを見せることの繰り返しさ」
「警官はつらいな」
「そんんでもって日々ヘトヘトになって家に帰れば寝るだけ、給料日には明細を見てがっかりするわけだ」
「そんな生活はごめんだぜ」
「でも、みんなやってるだろ」
「みんながやってるからって、俺もやらなきゃいけない道理はねえだろ」
我ながら正直すぎる物言いをしてしまったものだが、意外にもトニーは同意してくれた。
「そりゃまあ、そうだ。うん」
「だろ」
「けど、おまえはハンターならやれるんだろ」
「まあな」
「だったらできるさ。毎日の生活なんて、牙獣と変わらん。こっちの都合なんぞ、おかまいなしに出てきて振り回される。そういうこった」
「いや。別に仕事にかぎった話じゃなくてよ」
「うちの上司と同じだよ。同じ。なあ、そうだろ、ギリー」
話を振られたギリーが振り向いて、俺たちをにらみつけた。
「ご歓談中、申しわけありませんけどね。私は今、仕事で忙しいの。仕事で」
「あ、ああ。そうだな。そうだったな。すまない、ギリー」
同僚に威圧されて、トニーはひるんだ。
そんでもって、小声で俺に言った。
「いいか。俺の相棒は怒ると怖いぜ。気をつけろ」
「とっくに手遅れだよ」
俺はトニーに同情した。
少なくとも俺だけが、ギリーに嫌われているわけでないらしい。そういえばトニーのことを汗クサゴリラとか、ひどいこと言ってなかったっけか。まったく女は怖い。
それにしても、このお散歩はいつまで続くのだろうか。
そろそろ敷地の半分ぐらいの距離は歩いただろうか。
予定では、このまま進んで往復するルートをたどり、最後はスタート地点に戻ることになっていた。
つまり、まだ全体の四分の一までしか進んでいないことになる。
ギリーはあいかわらず、例の出現予測システムとやらを見ながら、ずんずん進んでいくだけだった。
俺はといえば、はやくもこの状況に退屈しきっていた。
「なあ、トニー」
最後尾を歩きながら、俺はトニーの背中に呼びかけた。
「今日の演習の目的って、やっぱり警察がハンターを吸収しようとか。そういう狙いがあったりするのか」
軽くさぐりを入れてみるつもりで言ってみたが、トニーは目を丸くして驚いた。
「え? そうなのか」
「いや、俺が聞いてるんだよ」
「そうか。うむ。そうだなあ」
少しだけ、考えるそぶり。
「それはないと思うぞ」
「どうしてだ」
「だって、当然だろ。俺たちはこの街から出られないわけだし。閉じ込められているも同然なんだぞ。それで住人に自衛権が認められなかったら、ここに住んでる連中みんなであの塀をぶち壊しに行くに決まってる」
トニーは街の外周を囲んだ高い壁に、軽く目をやった。
「それに、俺たち警察だって完璧じゃない。たとえば、決められた巡回ルートの外で起きたことには、気づかないときだってあるだろうしな」
「つまり、公的機関の仕事の隙を補い、なおかつ人権保護の体裁として生まれたのが、俺たちハンターってわけか」
「そうだな。おっと、今のは俺の個人的な考えで、公的な証拠にはしないでくれよ」
「しねえよ。そんなこと」
真面目ぶった口調で言うもんだから、俺は思わず苦笑した。
「だったら、なんでハンターを演習に招いたりしたんだ」
「そりゃあ、上層部が……」
トニーが言葉を切った。
たぶん今、答えを考えてる感じだった。
「うむ。うちの上層部が、例の探知機をハンターに見せびらかしたかった、とかじゃないのか」
「小学生じゃねえんだからよ。もっとましな理由があるだろ」
「でも、俺だって、この鍛えた大胸筋を誰かに見てもらいたいぜ」
こいつは脳味噌まで筋肉に間違いなし、というタイプの模範解答だった。
やれやれだ。
そんな俺らの雑談にイラついたのか、ギリーが唐突にわめいた。
「ああ、もう!! これ、壊れてるんじゃないの」
「どうした、ギリー」
トニーは、端末をぶんぶん振ってるギリーの元に近づいていった。
精密機器がそんなんで直ってたまるか。
―――などと思った瞬間のことだった。
ギリーの背後にある曲がり角から、空中に浮かぶ黒い球体がぬうと姿を現した。
デカい。今まで見たことのないサイズの牙獣だ。
「さっきから、表示がずっと真っ黒なのよ。なんなの、これ」
振り向いたギリーは、まったく気がついている様子がなかった。
「うしろだ!」
「ギリー!!」
俺が警告を発したのと、トニーが動いたのは、ほぼ同じタイミングだった。
そして、牙獣が二本の牙を繰り出したのも同時だ。
「何が……えっ。きゃあ!!」
巨大な鎌状に変形した牙が振り下ろされた。
陽光を照り返し、凶悪な光を放つ牙がギリーのヘッドギアと防護ベストを切り裂く。トニーが襟首をつかんで引いてなかったら、おそらく彼女はまっぷたつであっただろう。おかげでベストがすっぽ抜けただけで済んだ。
だが、指の太さほどもある針状になった二本目の牙が、トニーの胸を貫いていた。
「ウグッ……!!」
倒れるトニーを見ながら、俺はよろけたギリーの体を受け止める。
左手でキャッチすると同時に、彼女の腰のホルスターからM&Pを引き抜いた。
―――パン!! パ、パン!
三発を連射し、俺はギリーの手を引いて走り出した。
「トニーを見捨てるつもりなの!?」
「こっちにやつの注意を引きつけるんだよ。ここでやりあったら、トニーがあぶないだろ」
「なんで私の銃を勝手に撃つのよ!」
「おまえが邪魔で自分の銃を抜けなかったんだよ」
走りながら、俺はギリーに銃をぽいと投げ返した。
ちなみにさっきの銃弾は、牙獣にはじかれた。
正確に言うと、やつが自分の表面に銀色の被膜―――たぶん、盾状に展開した牙だ―――を作り出して、跳弾させてしまっていた。
二本の牙を出したままの牙獣に、三発の銃弾をすべて全部を防がれた。
間違いない。
あいつは、五本牙だ。
どうして、そんな大物がここにいるのか。
今の俺には、そんなことがわかるはずもなかった。
銃を受け取ったギリーはすぐさま振り返り、さらに何発か撃った。
「こっちよ!! 化け物!」
叫んでも、さして意味があるようではなかったが、運の良いことに牙獣は俺とギリーのいる方向に進路を変えてくれた。
牙獣の本体そのものは決して速くはないが、空中をすべるようにして迫ってくる。
「逃げるぞ」
「わかってるわよっ」
切り裂かれた上着を手で押さえながら、ギリーが俺の後方から走ってくる。
さっきまで歩いてきたコースを俺たちは逆走した。
走りながら彼女の胸元を見て、俺は言った。
「ぶあつい防護ベストのおかげで、命拾いしたな」
「なんですってぇ!!」
「わっ。バカ。こら。銃こっち向けんな」
ギリーは顔を真っ赤にして激怒した。
しかし、いくら怒ったからといって普通、実包を込めた状態で銃口を人に向けたりしないだろ。銃を持っているときには、この女をからかわないほうがいいかもしれない。
ともかく俺たちはトニーから牙獣を引き離すため、必死で走った。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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・校正をなさってくださる方へ
お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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>~(←ココに修正箇所を引用する)
この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。
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