41.クロの救出
「……終わったかー」
ズゥン、という思い衝撃が水中に伝わり、僕はちらりと上を見る。
勝敗は思った通りアリシャの勝ち。
レライエもなかなかの腕の呪術師ではあったものの、物理的な力技よりもどちらかと言えば技術的な呪術が得意なタイプのように思えた。
普通の魔法使い、例えば魔術師同士の戦いであれば違ったのだろうが、呪術は魔法の中でも珍しく、他人のものと干渉しやすい。
そのため、圧倒的なパワーを持つアリシャとレライエでは、絶望的なまでに相性が悪かった。
まさか一撃で終わってしまうとは思っていなかったが。
「アリシャも強くなって……」
子供のころはよくチャンバラなんかして遊んだものだが、今やると笑い事じゃなくなるかも、なんてどうでもいいことを考えながら、水中をぐるりと見渡す。
クロがいない。
さっきから赤外線探知や電波探知、目視などで探してはいるのだが、一向に見つからないのだ。
見つからないというよりかは、湖の中に魔獣が多すぎて思うように探せないというのが本当のところだが。
「……あんな静かな湖面の下がこんなになってるなんて思いもしなかったぞ……」
群れて泳ぐ小型の魚、その間を悠々と通り過ぎるカラフルな魔獣、ほかにもクラゲのような生命体やアメーバのようなスライム、明らかに地上の動物にしか見えないような魔獣もいる。
地上の魔獣と違って人間を見たら襲い掛かるというわけではないのがありがたいところだが、しかしこれでは思うように探せすらしない。
「思いのほか深いし。これ早く見つけないとまずいかも」
下を向いても底が見えない。
もしこの湖に一階層分の深さと広さがあるのだとすれば、その広大な空間の中からクロを探し出すのは極めて難しい。
見つけたとしても、またこの場所に帰ってこれなくなる可能性もある。
「アリシャ、心配するだろうなぁ……」
思いのほか探索が長引きそうな予感を胸に抱えつつ、湖の底へと向かっていった。
結論から言うと、クロは見つからなかった。
湖の中では。
底まで探索し終わり、さてどうしたものかと適当な湖面に上がったら、近くの大地に打ちあがっていたのだ。
まるで誰かに救出されたかのように。
「明らかに自然じゃないよなあ……」
沈んでいった人間が勝手に打ちあがるような波もないし、それにクロが倒れていたのは湖から少し離れた岩の上だった。
誰かがクロを見つけてこの場所まで運んできたというのは確定として、ではだれがやったのだろうか。
ついさっきまで戦っていたアリシャたちがここまで来ているはずもないし、魔獣というのも考えにくい。
ある程度の知性を持ち、かつ第四層を突破できる力量を持ち、ヒト種の敵ではない何か。
「まっ、餌として連れてこられた可能性あるか」
深くは考えないようにして、クロの頬をぺちぺちと叩く。
外傷はないし、窒息もしていない。
僕のかけた魔法障壁が破られていないのなら、今倒れているのは長い間水の中に入っていたショックが原因だろう。
「おーい、大丈夫?起きてくれないとめんどくさいんだけど……」
「ん、んぅ……」
クロが吐息を漏らし、頭を振って起き上がる。
まだ意識が完璧ではないのか、僕の顔と周りの景色とに視線を行き来させていた。
「あれ、わたしたしか、あくまが、落ちて……」
視線を僕の顔から一度、二度と洞窟に移し、そしてやっとクロの瞳に意識が戻る。
「大丈夫?」
「は、はい。私湖に落ちて。ご主人様が助けてくれたんですか?」
「いや、それが違うんだよね。何か覚えていない?」
クロはうーんと顔をしかめて記憶をたどろうとする。
「うーん、ちょっとわからないですね。気を失っていたので……」
「まあそうだよね。……まあいいや、帰ろうか」
立ち上がって、洞窟の奥を指す。
水の中に長い間一人ぼっちで、クロの心には相当の恐怖が残っているだろう。
また湖に戻って泳いでいくよりも、どうせ繋がっているのだから第三層から帰る方がよいだろうと思ったのだ。
「道はわかるんですか?」
「わからないけど……、まあ歩いていればいつかたどり着くでしょ」
「そんな適当な……」
聖人に気取られないように狭い範囲しか探知魔法が使えないが、行ってはいけない場所なんかはわかる。
後は、勘だ。
「……あれ、これってもう詰んでるんじゃ……」
僕の後ろで小さく呟くクロ。
確かにほぼ無策に近いが、大丈夫。
いざとなったら天井ぶち抜いて第二層まで行くこともできる。
そう思いながら、どこか元気のないクロを連れて洞窟を少し歩いたその時。
行く先に、違和感があった。
「行き止まり、かな?」
最初はよくある落とし穴かと思った。
第四層に通じる穴には大小さまざまあり、あまりにも大きすぎる落とし穴だと短い探知魔法には洞窟が分断されているように感じるのだ。
例えば悪魔討伐の拠点となったところのように。
ただ、一点だけ違ったのは、生物の反応が一切なかったことだ。
第四層の湖にうじゃうじゃいるはずの魚たちの魔力が。
「どうしたんですか?」
「ちょっとこの先が変な行き止まりになっててね。……行ってみるか」
「変な?」
気になってしまったものは仕方がない。
危険もなさそうだし、少し見てみるかとそのまま進む僕とクロ。
奇妙な落とし穴の真相を覗き込むために。
しかし、近づけば近づくほど探知魔法が知らせる情報は、真相を渾沌なものへと変えていくだけだった。
もっと下の方にはあると思っていた生物の反応は一向になく、対岸の存在は現れない。
壁が、下に伸びているのが、ただ分かるだけ。
「あー、これは……」
うっすらとわかり始めた嫌な予感を胸に抱きつつ、第三層に似つかわしくない光の射す出口にたどり着くと。
底の見えない崖が、あった。




