32.悪魔の目的
侯爵、人間の貴族階級では第二位に数えられる爵位。
第一位である公爵はこの国においては王の近しい血縁者にしか与えられないため、実質上最高位の地位と考えることもできるが。
目の前の悪魔は彼らの総統といったが、王級、公爵級にも並ぶ実力者という意味も持っているのだろう。
「……本当に最悪、だな。だからペラペラとしゃべったのか」
「ああ、そうさ。どうせお前らなんてすぐに殺されちまうからな。ばれたって問題は起こらねえ」
「ふーん」
この悪魔はこれが大事になったら神が隊を率いて討伐にやってくるかもしれないことを知らないのだろうか。
それともあるいは、知っていてそれでも問題でないと感じているのか。
……戦力差を分かっていないのか、それとも本当に神すら超越する存在がいるのか。
後者でないと思いたいものだが。
「それで?目的は何?悪魔の侯爵様がこんな離れた場所まで来るなんて、大したことなんだろうね」
「ああ、それな……」
悪魔が苦々し気な顔をし、言葉を濁らせる。
「……言えないことなのか?あるいは知らない、か」
「いやいやいや、知っている。知っているが、その……」
「足りなかった?」
その言葉にびくっと体を震わせる悪魔。
しゃべったのはばれても問題ないからとは言っていたが、拷問自体は嫌だったのだろう。
しばらく目を閉じて思案していたようだが、やがて仕方ないと判断したのかぽつぽつと話し始めた。
「分かった。話す、話すけど……俺が知ってるのはさほど多くない。だから……、ああ、わかったよ。だからそんな顔をするなって」
ぐちぐちと言い訳を並べる悪魔を睨んで、早く話すように促す。
魔窟仕込みの威圧は悪魔に対しても有効の様だ。
「俺が隊長から言われているのは、悪魔のいた痕跡を探せってことだけだ。そしてもしその本体が―ああ、探している悪魔が見つかったら戦闘はせずになるべく生きて帰るように、と」
「悪魔を探している?同族であるお前らが?」
「ああ、多分な。これは噂なんだけどな、実は離反者が出たらしいんだ。俺たち悪魔内で、という意味ではなく俺らの主、魔神様から、だ」
「魔神から……、信じられないな」
龍神が消えた今、この世界に最後に残された神獣、魔神。
その眷属である悪魔が、主である魔神に逆らうなどということは考えにくい。
というか力の弱い悪魔であれば、眷属の魔法の拘束性上そのような思考を持つことすら制限されるはずなのだが……
「ああ、俺もさ。だけどな、それが魔神に近しい地位にいる奴だって言ったらどうだ?それほどの力を持った悪魔だとしたなら、捜索に侯爵様が駆り出されるのも納得だろ?少なくとも俺たちは、俺ら下っ端はそう考えてるんだ」
「王級、公爵級、……少なくとも高位爵位級か」
「そうだな。その中でも俺らが怪しいと考えてるのが何人かいるんだ。まず王級のアスモデウス。こいつはもともと魔神様に反意を抱いているって噂されてるんだ。で次に公爵級のアイム様。ただ俺はアイム様がそんなことするとは思えねえな。なんせ誠実な方だ、信じているのはバカなんだと思うね。で、ほかにも――」
さっきしゃべるのを渋ったとは思えないほどにすらすらと悪魔の名前を挙げていく若い悪魔。
高位爵位持ちの悪魔の名前なんてもう人間たちに知られているのか、あるいは知られてもどうせ口封じをするために構わないと考えているのか。
まあどちらでもいい。
相手の情報を知れる機会、暗殺にも役に立つかもしれないし。
「――で、最後だ。俺らはこいつが一番怪しいと思ってるんだがな。王級のp――」
悪魔がその名を口にしようとしたその瞬間。
唐突に悪魔の顔がゆがみ、首筋のあたりに小さな魔法陣が現れる。
「……呪術、呪いか」
冷静に判断を下した僕に対し、悪魔が乞うような視線を送ってくる。
「――かっ、かはっ……。たすけ――」
「僕もそうしたいんだけどね。でも多分、もう手遅れみたい、かな」
……最初から悪魔の中にある呪いの存在についてはわかっていた。
解除できるほどの大した呪術でもなかったのにもかかわらず、なぜそのまま放っておいたのか。
それは、どこまでが知られていい情報で、どこまでが知られてはいけない情報だったのかを、何が悪魔にとっての機密だったのかを探るためだった。
「それにしても敵の司令官はずいぶんと大雑把な……。呪いの発動は名前がトリガーか」
情報は十分に得られた。
敵の戦力、大雑把な目的、探している悪魔の名前までは知れなかったが王級であることを知れたのだけでも良かったと考えるべきだろう。
不安だったのが、悪魔から何の情報も引き出せず呪いが発動してしまうことだったのだが、その時も発動してから呪術を解除すればいいと考えていた。
いま思えばそれは少し楽観的な考えだったと言わざるを得ないが。
「――くっ、そが。いき、が……」
「うーん、器官の一部を改変して窒息か。低位の悪魔だったら息できなくなったら死ぬからなあ。あとは血管系の変形も、か。大雑把だと思ったけど、意外と腕はたつのかも」
呪術とは、魔術などとは違い物質あるいは生物に直接干渉して操作、変形を引き起こす魔法の一種である。
サイコキネシスのように使ったり、新たなキメラを作り出したりすることのできる魔法だが、これは物質の持つ魔力に直接作用するために抵抗されやすい。
その為一流の呪術師であろうとも、時間をかけて触媒や魔道具を用意してからではないと効力を発揮しないのだ。
あくまで人間の、ではあるが。
一瞬で生物器官を変形させてしまう呪術なんてものは、人間には不可能レベルの魔法であろう。
気が付くと、悪魔は地に付して動かなくなっていた。
目は見開かれ瞳孔に動きはなく、口からはよだれでできた泡が噴き出ている。
「……死んだか。少しかわいそうな気もするけれど、まあ仕方がない」
悪魔の情報管理が予想以上に雑だったことに感謝するべきか、今日やりたかったことが予想外の速さで終わった。
残るは悪魔討伐タイムアタックのみ。
僕は探知の魔法を再度使用すると、次なる標的に――今度は純粋な討伐のために――向かった。




