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31.若い悪魔

 悪魔の掃討。

 それはあまりの面倒くささから一度却下した手だったのだが、少しもしないうちに実行に移すことになったのはなぜか。

 それは聖人が、この案件にかかわり始めたからであった。

 聖人が来たということは冒険者たちだけではなく神界に依頼を出せる神殿や、その責任を持たなければいけない領地の権力者たちがそれを容認したということ。

 つまりは彼らがそれほど事態を重く見ているといっていい。

 僕が思ったよりも、悪魔に対する恐怖というのは大きかったらしい。


 それに聖人が調査に参加することになると、当然ながらその進度は早くなる。

 それだけではなくて、第四層、第五層などといった人間の冒険者たちでは不可能となる領域にまで調査の手が伸びるかもしれない。

 そう言った事態になってみれば、少なくとも組織立って動いているであろう悪魔たちのリーダーが見つかる可能性も高くなり、神様がこの街へ降りてくることにつながることになる。

 まあもしかしたら大した悪魔もいなく、聖人たちだけで事足りる、っていう可能性も十分にあるが。

 とにかく第一層の悪魔の討伐にはどれくらいの時間がかかるか、そして可能であれば見つけた悪魔から情報を引き出して、どこまでのランクの悪魔が来ているかといった確認をして今後の対処を考える。

 悪魔の討伐と言ったら聞こえが悪いが、ともかく今日の目的はそんなところだった。



「……いた」


 斥力、重力操作によって可能な限りの速度で洞窟内を走り抜け、しかしそれに気づかれないように僕から流れ出る魔力、音、光などといったおおよそ気配と呼べるものをすべて遮断する。

 いくつもの魔法を同時行使した恩恵か、視認できる距離まで近づいたのにもかかわらず悪魔はこちらに気づいた様子もなく進んでいた。


「大した悪魔じゃなさそう、かな、周囲に冒険者はいなさそうだし、生け捕りにして尋問コースにするか」


 そう方針を決めると同時に気配を隠蔽していた魔法を解除、そしてそれなりの速度で進んでいた悪魔の動きを封じる。


「あ!?な、なんだ、動けねえ!」


 他種族の顔を見ても年齢などはわかるはずもないが、体つきからしてまだ若めの悪魔。

 前にあった悪魔と同じような恰好をしているのを見るとやはり下っ端なのであろうその悪魔は、突然の拘束に驚愕した様子を見せる。


「すいませんね。ちょっといいですか?」

「なっ、人間!?冒険者か!てめぇ……、闇球ブラックボール!」

「おっと、危ない」


 僕に気づいた悪魔は悪態をつくと、すぐに魔法の照準を向けてくる。

 よけるのは簡単だが、抵抗する気をなくす意味もかねて相手の魔力の流れに干渉、霧散させて魔法の発動を失敗させる。


「なっ!魔術が使えない……?何をした!人間!」

「ただ魔法の発動を停止させただけですよ。これで自分の置かれている立場が分かりましたかね」

「くっ……」


 しかしこの悪魔、明らかに不測の事態なのにも関わらず、すぐに対処したというのはさすがと言ったところか。

 前に会った悪魔とはずいぶんな違いである。


「……何が狙いだ?捕獲するほどの腕前だったなら殺しちまうのも簡単だろう」

「まあそうなんですが。ただ僕の目的はあなた方を討伐することだけではないんですよ」


 その言葉に悪魔は訝しげな顔を一瞬見せると、次の瞬間納得したように上を仰ぐ。


「……もう俺らが集団で動いていたってことがばれたか。見つけた冒険者たちは全員始末していたのに……。だとしたらお前は討伐隊、いや偵察隊ってところか。S級か?もしくはそれ以上か」

「僕についてはどうでもいいでしょう。今はあなたのことについて聞く時間です。さて、洗いざらい話してもらいましょうか。あなた方がどれくらいの規模なのか、そして何のためにここに来たのかなんかをね」


 すると、がっくりとうなだれていた悪魔は顔を起こし、にやりと、苦し紛れに笑った。


「いうわけないだろ。誰がてめえみたいなクソ野郎に――」

「――黙れ」


 口の動きを封じ、悪魔を黙らせる。

 まあほとんど答えはわかっていたようなものだけれど、言わないというなら仕方がない。

 古今東西、つかまえた敵から情報を得る方法など一つぐらいしかないものである。

 幸いにも周囲には冒険者たちの反応もないし、これならじっくりとお話を聞くこともできるだろう。


「さて、始めようか。……足と手、どっちからがいいかな?」





 ――数十分後。

 無機質な灰色だった洞窟の壁が、赤黒い何かで塗りたくられてきた辺りで、僕は悪魔の口の動きを解除する。


「――うっ、はぁっ!わ、わかった、話すから、話す!話しますから!だからもうやめてくれ!」

「えー、せっかく拷問の仕方わかってきたのに。これからだよ、これから」

「やっ、やめ!もう十分だ!拷問、うまいから。お前はもう十分にうまいから!」


 錯乱状態になっているのだろうか、僕の拷問の腕前を誉め始めた悪魔。

 しかしいくら治癒魔法を併用した拷問だからって、こんな初心者の拷問にあっさりと値を上げるなんて。

 悪魔も大したことはないらしい。


「で?何をしゃべってくれるのかな?ああそう、嘘言ったら反応する魔法かけてるから。はったりじゃないってこと、わかるよね?」

「ひっ……!」


 拷問に当たって、僕の奇妙な魔法もいくつか披露した。

 もちろん僕はうそ発見器的な魔法なんて使えないけれど、拷問のかいもあって悪魔には僕の言葉は本当に聞こえたに違いない。

 怯えながらもポツリ、ポツリと話し始めた。


「お、俺が言えるのはそんなに多くねえ。貴族のやつが説明しなかったからな」

「貴族?ていうのは爵位級の悪魔のことか」

「ああ。っても俺らは高位爵位持ち、伯爵以上だな、を貴族って言ってる。まあ実際は人間の貴族とはちょっと違うがな」

「へー」


 初めて聞いた悪魔の事情に、少し興味をそそられる。

 爵位級という単位は人間が定めたものであるのではなく悪魔の自称でもあるらしいが、どちらが先に名乗り出したのか、とか。


「で、そいつがトップ?」

「ああ。迷宮に来ていた悪魔は、人間にやられたのを含めて50ぐらいだったと思う。うち爵位級は三人だ」


 最悪だ。

 爵位級が三人もいる上に、うち一人が上位爵位持ち。

 戦いを見られることなく極秘のうちに終わらせたい僕からしてみれば、最悪というほかない。

 いや、まだ伯爵級ぐらいだったら暗殺は可能かもしれないが……。


「……爵位級について詳しく」

「知ってることは少ない。名前と爵位だけだ。確か男爵級と子爵級が一人づつ、あとの一人がレライエ。そいつは――」


 悪魔はいったん言葉を切ってにやりと笑う。

 そして言った。


「侯爵級。亜神にも数えられる、俺たち悪魔の総統さ」



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