30.久しぶりの第一層
「はい、ありがとうございます」
慌ただしく事務作業に追われてもうこちらなんて見てもいない職員に対し、僕も儀式的に礼を言って建物をでる。
ここに来てから何度も繰り返された行為、迷宮に入るための手続きを終えた僕は、いつも通り二層に続くトロッコに乗ろうとし、そして足を止める。
「おい!そこの兄ちゃん!もう出発しちまうから、早くしろ!」
「ああ、すいません。今日は二層じゃないんですよ」
「あ?だったらこっちくんなよ!紛らわしい」
「つい習慣で……。すいません」
「ちっ。……おい!出していいぞ!」
車掌――現代のようにしっかりとした職員ではなく、一部の冒険者たちがルーティンでやっているだけだが――が舌打ちし、トロッコ出発の合図を出す。
いつもであれば僕も乗ってたであろうそれが目の前の洞窟に消えていく様を、僕は目で見送った。
「習慣って怖い……」
もうこの街に来てから、冒険者たちに覚えられるぐらいには経っている。
何も考えずにここまで来てしまう習慣もできてしまうのは仕方がないのだろうが、しかし今日はそのルーティンから外れたことをしに来たのだ。
ただの日銭稼ぎの依頼目的ではないことを。
「そのために今日はクロも留守番にしてきたし……」
そんなことを呟きながら、トロッコ乗り場から引き返して迷宮の入り口へと向かう。
洞窟の入り口である門が近づくと同時に、守衛だと思われる武装した男性職員に呼び止められた。
「冒険者の方だと思われますが、確認をいいでしょうか?」
「確認、ですか?」
守衛の言葉に首をかしげる僕。
確認も何も僕は冒険者の証である腕輪をしっかりと付けているし、なおかつこの場所に入る冒険者たちに対して、いちいち念入りなチェックをする決まりもなかったはずなのだが。
「あー、今日はちょっと特殊な事情がありまして、第一層への立ち入りはお仕事へ行く冒険者の身に制限させてもらっているんですよ」
「……仕事へ行く以外に迷宮に入っていく冒険者がいるんですか?」
よく考えてみたら僕の今の状況がまさにそれだけれど。
「ええ、今日に限ってはたくさん。制限しなかったら今頃第一層があふれかえってしまうぐらいには。ああ、もちろん比喩ですよ、比喩。……まあ今朝の様子だとあながち冗談でもないかも……」
何かおぞましいことでも思い出したのか、ぶるっと体を震わせる守衛。
その様子から察するに、何があったのかはわからないが僕が来る前にはここら辺は人でいっぱいになっていたのだろう。
「……ご苦労様です。えっと、これカードになります」
「へ?ああそうでした、確認でしたね」
何が起こったのか聞きたい気もするが、これ以上掘り下げるとけれのトラウマをよみがえらせかねないと思い、顔を俯かせぶつぶつとつぶやいていた守衛にカードを差し出す。
「えーっと、E級ですか。レベルが、82!?……ランクにしては高めですね」
「ええまあ。ただ魔力量が少ないので……」
「ああ本当だ。かなり少なめですね。それで……」
僕の魔力量を確認した守衛は、同情の視線を一瞬向けてくる。
この世界での魔力量がどれほど重視されているのかを考えれば当然といえば当然の態度であろうが、これが侮蔑の視線ではないのがどれほどありがたいか。
レベルによって魔力量が上がったおかげで、僕はこの世界にとって軽蔑される対象から憐れまれる対象に変わった。
そのことを実感するのは、何回目であろうと心地よいものだ。
……同情や憐みの視線が心地よいわけではない。決して。
「ほかに不審なことはなし、っと。はい、ありがとうございました。これで通っても大丈夫です」
「ああ、どうも。それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね」
「そちらこそ。あなたが無事で帰ってくることを。……まあ今日に限っては大丈夫かもしれませんが。……うっ、思い出したら寒気が」
何やら自爆したようで、頭を抱えながら離れていく守衛。
その様子からはもう思い出したくないという感情が見て取れた。
「……よっぽどの何かがあったんだろうな」
多忙な守衛を若干可哀そうに思いつつ、僕は迷宮へと入っていった。
第一層に来たのは久しぶりだったが、しかしすぐに見飽きたという感情が湧き上がってきた。
何の変化もない無機質な岩肌が続く洞窟。
僕が早々に第二層に拠点を移した理由の一つには、この風景が気が滅入るほど続いているというところがあったのかもしれない。
「こんな薄暗いところに長くはいたくないし、早めにやっちゃうか」
そう呟くと同時に、ここ最近使っていなかった探査の魔法を発動させる。
索敵距離は最大まで、検知対象は高魔力を持った生命体、つまりは悪魔。
そして探知内に――人間と比べた場合において――高い魔力を持った存在を一体、発見する。
「……見つけた、一体目」
瞬間的に足裏の斥力を操作、対象へ向かう最短ルートを検出し――
今日の目的であった、悪魔狩りが始まった。




