10.初陣
第二層、「樹海」
大きな空洞がいくつも繋がってできているこの層は、ノストにおける冒険者の主な活動場所となっている。
その為、冒険者たちの拠点である町が形成されており、毎日たくさんの冒険者が探索の準備、あるいは休息のためなどに訪れていた。
その町の一角、迷宮へと出ることのできる門の近くを、僕たちは歩いていた。
「一層みたいに薄暗いところをイメージしていたけど、結構明るいんだなあ……」
僕はあたりを眺めながら、そんなことを呟く。
するとその独り言が聞こえたのか、イサークが微笑みながら答えてくれた。
「そうですね。初めて私たちがここを訪れたときも、こんなに明るいものかと驚いたものです。もう慣れてしまいましたがね」
この明るさの原因は、光り輝く植物があちらこちらに生えていることだ。
辺りを見回してみても、球状の頭が光っている、照明のような植物や、枝に携えている果実が光っている木などが多くみられる。
視線を上に移してみれば、天井に張り付いている蛍光苔のようなものがぼんやりと見えた。
「これらの植物は、根を地上へと伸ばしていて、そこから光を取り入れるらしいですよ。一層にもその根が出てきてしまうことがあるんだとか。一層で狩りをしていた時に見ませんでしたか?」
「あー、そういえば。そんなのもあったような気が」
一層を探索しているときに、何度か木の幹のようなものを見かけた。
地上からかなり距離があるのに何故、と思っていたけれど、そういうことだったのか。
「……ん?」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、横からの視線を感じた。
ルイだ。
「……どうしたの?ルイ」
「え!?あ、……」
なるべく優しく話しかけたつもりだったが、ルイはびくっと肩を震わせる。
そして、小さな声でしゃべり始めた。
「……あの、魔術師、なんですよね……」
「うん。まあ一応そうだけど」
「その、杖は……」
「杖?あー、それね……」
僕は、普通の魔術師とは全く違う魔法の使い方をしているので、杖を持たなくても平気だ。
自分の職業を周りに知らせるため、あとは舐められないようにするために恰好だけは魔術師っぽくしているが、杖は邪魔なので持っていなかった。
「……なくても魔法が使えたから。杖って絶対に持ってなきゃいけないものなの?」
「いえ、必ず、ってわけではないけど……。魔力の制御とか、しやすいし……」
そう言われても、杖があったところで特殊魔法の使いやすさは変わらなかったし……。
「僕、魔法は独学で学んだから。そこのところとか勝手が違うのかもね」
「そ、そうなんですか……」
驚いたような顔でルイ言う。
杖なしの魔法使いって、そんなに珍しいのか。
確かに、街で見かけた魔法使いは大体全員杖を持っていたような……。
目立たないために杖も持っておいた方がいいのかもしれない。
撲殺とかにも使えるだろうし。
「――さて、着きましたよ」
先頭を歩いていたイサークが、急に止まる。
見ると、森へと続く城門が目の前に立っていた。
「これから私たちが向かう場所は、『遺跡』です。二層の中では深い方ですが、通り道もできるだけ安全なルートを選びますので、そこまで強い魔獣は出ないと思います」
依頼の内容は、「遺跡」の調査だ。
なんでもそこに、三層にしか生息しない魔獣が現れたという報告があったのだとか。
それが本当だったのならば二層で活動している冒険者たちの危険となりうるために、イサークたちが調査をすることになったのだ。
「戦い方についてはいつも通りで。エルは魔術師ということだったので、私の背後から敵を攻撃していただけば構いません」
「わかった。……前衛はイサークだけで?」
「いいや、まずそうだったら俺も前に出る。こう見えても剣もちょっとは使えるんだぜ」
そう答えたのはテオ。
弓を背負ってはいるが、同時に短剣も装備している。
主武器は弓だが、パーティーのバランスを考えて短剣も使えるようにしたのだろう。
「それで、エルは何の魔術が使えるのですか?ルネさんには火と光だと聞いているのですが……」
「ええっと……」
そんなことまで言ったのか、ルネさん。
それにしても困った。
魔法の名前なんてそんなに知らないぞ。
「火球とか、光矢とか。あと火のやつ、なんか槍みたいな……」
「……えっと、火槍、ですか?」
「そう、それ!」
ルイが助け舟を出してくれたおかげで、また魔法の知識が増えた。
ありがとう、と心の中で言っておく。
「中級魔法まで。……すごい。……私は、まだ初級しか使えないから……」
「そうなのかなあ……」
正直言って、初級魔法だろうが上級魔法だろうが込める魔力の量が違うだけで、使いづらいとかないからなあ。
凄さがいまいちわからない。
「ルネの特性は?」
「私は、水。……水球、とか使えるよ?」
副属性はないらしい。
二つ属性を持っているのも珍しいのかもしれない。
「よし、確認も済んだところでそろそろ出発しましょう」
そう言うとイサークは、門の外へと歩きだす。
僕にとっては初めての、未知なる二層の森の中へと入っていった。
◇◆◇◆
(綺麗だ……)
森の中の景色を見てみて、抱いた感想がそれだった。
外では見られないような危険な植物が跋扈しているものの、魔窟のような危機感はなく、幻想的。
太陽の光が決して届かない地下にありながらもそこは、暖かな光で満ち溢れているように思えた。
いや、実際に光に包まれているといってもいいだろう。
このエリアの中心にある巨大樹に満ちた魔力が、森中にあふれかえってぼんやりと光っているのだ。
「ここら辺に出るのは、ゴブリンなどといった低級の魔獣ですね。時々できる巣なんかも、見つかり次第町の冒険者が討伐しているため、数もあまり多くありません。私たちにとって、脅威ではないしょう」
スライムと並んでメジャーな魔獣、ゴブリン。
その最下位種族はE級の魔獣に登録されており、初心者が最初に討伐するような魔獣といわれている。
最低限の頭脳があるようで、巣を作ってそこで生活することもあり、そうなると危険度は一気に跳ね上がる。
さらにその巣にゴブリンの上位種族がいたら、もはや初心者では対抗できないほどの脅威だろう。
そうなる前に、冒険者が巣ごと潰してしまうのだが。
「あとは、オークとか、ウルフとかですかね。まあここのエリアは巨大樹のおかげもあって、魔獣たちがあまりいないんですよ」
第二層、エリア「巨大樹」
そこは直径数キロメートルほどしかない、二層では小さめの空洞である。
その中心には天井に届く勢いで伸びている巨大樹がある。
魔窟でもなかなかお目にかかれないような巨大な木で、その根は空洞の隅々までに伸びていた。
そのエリアの端に隣接するようにして、遺跡が存在する。
「それにしても、なんでこんな地下深くに、遺跡なんてあるんだろうな」
テオが何気ない疑問を口にする。
それは僕も気になっていたことではあった。
「そうですね……、詳しいことはわかっていませんが、大昔に滅びた文明の遺跡らしいですよ。地上でも同じようなものがいくつか見つかっているらしいですし」
「へえー。よく知ってんな、そんなこと」
「情報は冒険者の命ですから。あなたが何も知ってないだけですよ」
「うっ……」
大方テオは、イサークが知っているからいいだろうと知識を蓄えることもしなかったのだろう。
新人の頃ならともかくとして、冒険者を続けているとそれでは不便なこともあり、それが分かっているからイサークの言葉は突き刺さる。
とはいえイサークもあまり気にはしていないようで、いつものことだといわんばかりの軽口の様だ。
「しっかし古代の遺跡かー。アーティファクトとかあったりするんじゃね?」
「……私、新しい魔道具、ほしいな……」
「噂によれば、神代の戦争があった時代に滅びたらしいですからね。珍しい魔道具もいっぱいあったことでしょう。ただ、もう探索済みの遺跡ですから……」
「あー、それじゃあ魔道具根こそぎ持ってかれてるか。まったく、俺らも早く攻略組にでも入ってお宝ザクザク手に入れてえなー」
攻略組。
その名の通り、迷宮を最前線で攻略している冒険者たちのことで、かなりの高レベル冒険者たちで構成されている。
そうでもないと、ほかの冒険者の足を引っ張るだけで何の役にも立たないからだ。
ただ、彼らは「攻略組」と呼ばれているだけであって、そういう組織はないはずなのだが……。
テオの言い方だと、それに入るために何かをしなければいけないようだ。
「攻略組って、入るのに試験があったりするの?」
「そうですね、特にそう言ったことは聞いたことがありませんね。ただ、三層より下に行くためには、関所を通らなければいけませんから……」
「高ランク冒険者じゃないといけないんだ。だからそこを通れる奴らのことを『攻略組』って呼んでいる」
関所か。
僕が三層より下に行くことなんてないとは思うけど、一応覚えておこう。
何かのためになるかもしれない。
「基本、C級ぐらいが目安なんじゃねえのかな。詳しいことはわからないけど。――っと」
続けて説明しようとしてくれたテオの顔が、急に真剣なものになる。
それに呼応して、ルイやイサークも構えの姿勢をとった。
敵襲の、合図だろうか。
近くにあった草むらに視線を寄せていたテオは、近くに来いとハンドサインを出す。
そして
「(ゴブリンらしき小さい魔獣が5,6体。あとは、ウルフに乗った、高レベルのゴブリンが2体)」
敵の数と種類を、呟いた。
ほんのわずかな魔力反応が6個と、それよりもちょっとましな程度の魔力反応が2個。
範囲を狭めて使っていた僕の探知魔法に引っかかっていた魔力反応は、そしてテオが感知した魔力のもとはそれだった。
あちらも僕たちに気づいていない様子だったので素通りしようと思っていたのだが、それよりも前にテオが見つけてしまった。
これは、ほんのわずかな物音で何かがいると判断して魔法を使ったテオが、流石だったというほかないだろう。
「(それで、どうしますか?)」
「(幸い敵は、こっちに気づいていない。エルとルイが、不意を打って魔法を使って、俺らが奇襲しよう。そのあとは、二人とも俺たちの援護を頼む)」
いうが早く、テオとイサークは剣を取り出し、じりじりと獲物に近づく。
「(ルイ、やろう)」
「(……わかった)」
僕たちも小声で合図を取りながらも、魔法の用意を始める。
そして。
「……水球っ!」
「光矢」
合同依頼初めての戦いが、幕を開けた。




