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閑話.不安の兆し

 

 天界。神様や神人が住まうとされ、彼らとこの世界の人間がそう呼んでいる場所。

 数々の美しく文明を思わせる建物が立ち並ぶ中、その中のひときわ大きなビルを思わせるような建物の一室に、二人の神がいた。


 そのうちの一人、鑑定神エレーナはめんどくさそうな様子で口を開く。


「それで何の用かしら、わざわざこんなところにまで呼び出して。序列第3位の空間神さん」

「そう嫌な顔をするな、エレーナ。仕事を頼まれたんだ」


 エレーナの言葉に若干眉をしかめながらも話しかけられた男、空間神はそう答える。


 空間神、ウォルト。

 その序列は3位と、この世界にめったに姿を現さない1位、空席となっている2位を除けば天界最高位の神様である。


「それで、仕事って何?」

「まあ簡単な偵察任務みたいなものなんだが……」

「偵察?それなら天使にでも任せておけばいいじゃない。私はそんなめんどくさいことやらないわよ」


 話は終わったといわんばかりにエレーナは立ち去ろうとする。

 ウォルトは慌てたようにその背中に話しかける。


「まあ待て、話を聞けよ。場所が場所なんだ。お前ぐらいにしか任せられない」

「って言うと……」

「そう、魔窟だ」


 ふう、とエレーナはため息をつく。

 いくら戦闘能力の高い天使であろうと、あるいは下級の神でさえも魔窟へ行くには力不足だろう。

 本気で中へ入るつもりなら軍勢を用意しなくてはならなくなる。そしてそれはもはや偵察とは言えない。


「仕方ないわね、そういうことなら一応話だけは聞いてあげる。……それほどのことなのよね」

「ああ」


 エレーナの言葉にウォルトは重々しく頷く。


「これはついさっき知らされたことなんだが、また魔窟付近で魔獣暴走があったらしくてな」

「魔獣暴走……」


 魔獣暴走とは、魔獣の群れが都市などを襲う現象のことだ。

 何らかの原因で、もともと迷宮や森などに住んでいた魔獣がパニックを起こしてしまうことでまれに起こる。

 それは珍しいというほどではなく鑑定神が出張るほどのことでもない。

 しかし、魔窟となれは話が別。

 魔獣のレベルも格段に違うし、そもそも魔窟内の魔獣が集団でパニックになることなど異常としか言えない。


「ああ、最近多いだろう。魔窟からの魔獣の流出が」


 その言葉にエレーナは、一年前に救い出した少女のことを思い出す。

 アリシャだ。

 あの子の村も、確か魔窟から逃げてきた魔獣の被害にあった村のはずだ。


「で、その原因として考えられるのが……」

「魔窟の環境の変化、いや……強力な外来種の侵入ってとこかしら」


 魔窟の環境なんて中層、深層レベルにもなると変化するのは当たり前だ。

 それに魔獣たちが対応できないわけはないだろう。


「その通りだ。議会の連中もそう考えたらしい」 

「ってことは高位の亜神か…神獣かしら」

「そうなるな。いずれも外界からの侵入だろう」


 神ならざるものにして神格を手にしてしまった亜神、邪神の眷属だったとされる神獣。

 どちらも神の力を超す能力を持つ危険性のある生き物だ。


「神獣だったら厄介、というか無理ね。今までに討伐されていないのは魔神と龍神、どちらも私より強いもの。特に龍神なんて……」

「言うな、あれは能力の相性が悪かっただけだ。次は倒す」


 不機嫌そうにウォルトが言う。


 龍神には以前も討伐隊が出たことがあった。

 空間神や上位神率いる天使の軍勢を率いた合同部隊。

 それは史上まれにみる最大規模の討伐隊であったが、結果は散々だった。

 被害甚大による撤退。

 十分すぎる準備をしたのにもかかわらず。龍神を討伐することができなかったのだ。


「まあ、偵察だけだからな。危なくなったらすぐに逃げてもいい。とりあえず魔獣暴走の原因を探ること、それが仕事だ」

「めんどくさいわねー。偵察部隊は他に誰がいるの?」


 何気ないその質問に帰ってきた返答は、エレーナにとって驚くべきものだった。


「討伐隊は組まない」

「はあ?一人で行けって言うの?神獣がいるかもしれないってのに」

「だからだ。逃げる時にほかのやつらがいたら足を引っ張りかねないだろう」

「まあそうかもしれないけれど……、この仕事降りてもいいかしら?」


 その仕事の難易度に、エレーナは思わず口をつく。


「そう言うな、私も切羽詰まっているのだ。そうは見えないだろうがな。何なら『命令』を使うことも辞さないぐらいに」

「そこまで……。なるほど、確か龍神は二位、だったわね」

「そうだ。もし仮に下手な戦力を送り込んで運よく討伐となってしまったら……」


 天界の秩序が大きく乱れかねない、とウォレスは言う。


「仕方ないわね。けれど神獣だったらすぐ逃げるわよ」

「ああ、悪いな。それでは頼むぞ」


 はあ、と。

 これから起こるであろう苦労にエレーナはため息をついた。

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