5.解放
「え?」
「いや、迷惑だったらいいんだけど……」
自分が頼もうとしていたことだったのにもかかわらず、イースはその提案を理解できずに呆けてしまった。
しかしエルの気が変わってしまったことを恐れたのか、はっと気を取り直すとすぐに返事をする。
「い、いえ。迷惑なんてそんなことは!むしろありがたいぐらいで……」
イースはいったん言葉を切ってうつむく。
「あの……、なんでこんなに親切にしてくれるのですか?……私みたいな忌み子に」
村ではこんな扱いを受けたことはない。
忌み子は世界中で嫌われ者と聞いたから、こんな人はどこを探してもいないのかもしれない。
なのになぜ、そんなに親切にしてくれるのかが不思議でたまらない。
今まで経験したことのない優しさに何か裏があるのではないかと疑ってもいた。
エルは机に視線を落とす。
「……実はね」
少し暗い声でエルは続ける。
「僕も忌み子とまでは言わないけど、魔力量が本当に少なくて。それで村の皆から疎まれたことがあって。イースほどじゃないけど、忌み子のつらさも少しはわかる。だからどうしても放っておけなかったんだ」
それに一人は寂しいしね、と続ける。
「だからまあ、仲間みたいなものだと思って接してくれればいいよ。敬語もいらない」
そうだったのか、と。
エルの言葉を理解し、得も知れない安心感が胸の中に広がる。
それと同時に、今まで内に秘めていた感情が、堰を切ったようにあふれ出した。
「私だって……」
その感情はすぐに行き場をなくしたかと思うと、叫び声という形で、外へ出る。
イースは体を一瞬震わせると、はじかれるように顔を上げた。
「私だって好きで忌み子になったんじゃない!なんで私だけがこんな目に!何か悪いことをしたわけでもない、神様にも逆らったこともないのになんで私が!」
まるで、封印していた感情を解き放つかのように、叫ぶ。
「忌み子だってわかったらみんな態度を変えて!私は何も変わってないのに!それで、それで檻の中に閉じ込められて、何年も!忌み子ってだけで、たったそれだけで!」
理不尽に対する怒りが、冷遇に対する悲しみが。
「挙句の果てに生贄にされて!っ、私は殺されるために生まれてきたわけじゃないのに!」
いつの間にかその目には、もう何年も流したことがなかった涙が浮かび上がっていた。
肩を何度か上下させると、叫ぶエネルギーがなくなったのか打って変わって弱弱しい声を出す。
「……私は、生きても…いいんですか?これからも……生きていいんですか?」
イースのその問いに、エルは力強く答える。
「ああ、虐げられるのはもう終わりだ。村を出て、自由になっていいんだよ」
そして、イースの頭を、ぽん、と叩いた。
「あ……」
今までとは違う、優しさを感じるその手に、イースは不安が、恐怖が、怒りが解けるように消えていくのを感じた。
◇◆◇◆
「大丈夫?落ち付いた?」
エルが気遣うように話しかける。
「はい、見苦しいところをお見せしてすみませんでした。これからよろしくお願いします」
「敬語はいいって言ったのに……」
癖なのか、敬語はまだ抜けない。
ただ、今はこれでいいとイースは思っていた。
これから一緒に暮らしていくのだから、徐々に慣らしていけばいいだろう。
「それで、っと。ここにもう一人増えるんだったらいろいろと必要だな。家具とか部屋とか。いっそのこともう一つ家を作っちゃうのもいいかも」
エルがふと思い出したように言う。
しかし何気ないその言葉には、イースにとって驚くべきものが含まれていた。
「作る⁉え……この家はもともとここにあったものじゃないんですか?」
「いや、そんなわけないじゃん。龍の住処になんで家があるのさ。これは正真正銘、僕が作ったものだよ」
エルはすごいでしょ、と言わんばかりに胸を膨らませる。
「魔法……?でも、魔力がすごく少ないって言ってたし」
イースは魔法については詳しく知らないが、土魔法に岩を変形させるような魔法があったような気もする。
ただ、これほど大きな家を作るのに必要な魔力が少なくないことぐらいイースにもわかる。
一流の魔法使いでもない限りは不可能だろう。
魔力量が少ないと言っていたエルでは不可能だ。
何かの魔道具でも使ったのだろうか。
それなら魔法を使えなくても家を作ることはできる。
ただ、建物を作る魔道具となると使える回数も限られているだろう。
それを今、イースの快適さのために使う必要もない。
そこまで気づいたイースは、何やらぶつぶつといっているエルに向かって慌てて遠慮する。
「べ、別の家は作ってもらわなくていいですよ。そこら辺の床で寝ますので。何なら外で寝ててもいいぐらいです」
「いや、さすがにそれは……。寒いし。いいよ、家くらい簡単に作れるから遠慮しなくても」
「大丈夫です、大丈夫ですから、気にしなくても。慣れてますし」
「えぇ……、そう?」
よし、とイースはこぶしを握る。
これで貴重な魔道具を使わさせずに済んだ。
「でも、まあ一応ベッドぐらいは作るからさ。ないと不便だし」
そう言うとエルは立ち上がり、外へと出ようとする。
イースもそれに続いて家から出る。
「だからいいですって」
「まあ見てなって、一瞬だから」
しつこく食い下がるイースの言葉を受け流すと、エルは洞窟の壁に向かって手を伸ばす。
すると、手が向いている方向にあった石の壁が力を受けたようにひび割れ、まるでウォータージェットで切ったかのような、きれいな形をした岩がえぐり取られるようにして地面に落ちる。
その岩は直方体をしており、イースがちょうど寝そべれるほどのサイズだった。
「魔法……」
イースが驚くのを前に、エルは何かを想像するように目を閉じる。
それに反応するかのように岩が流動性を持ったようにうねうねと動き、形を変える。
少しするとそこには、ベッドの形をした彫刻が出来上がっていた。
それは緻密で精巧な、まるで一流の芸術家が作ったような見事な彫刻だった。
「すごい……、こんなの見たことない」
決して豪華ではないシンプルなつくりだが、長年の研究に裏付けられた確かな技術が感じられるつくりだ。
まるで別の世界から現れたような、異質な構造。
「でもこれではただの彫刻じゃないですか。これでどうやって」
「驚くのはこれからだって」
エルがそう言うと、彫刻がまばゆい光を放ちだした。
何色にもなり輝くその光は、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。
そしてその光が収まった時、そこにあったのは
――ベッドだった。
石による彫刻ではない。
木でできたフレームに弾力のあるマットレス、ふわふわとした質感が見て取れる掛け布団。
本物の、ベッドだ。
「錬金術ってね」
エルが振り返り、ニヤッといたずらっぽい笑顔を浮かべる。
エルは本当に自分が使った魔法の種類がわかっているわけではない。
魔窟にいた魔獣の使った魔法をまねしているだけで、物質をほかの物質に変えるという魔法が前世で言う錬金術に似ているからそう言っているだけだ。
本当にこの世界に錬金術がないかもしれないし、錬金術があったとしても今エルが使ったような魔法があるかも分からない。
ただ、魔法についての知識がないイースにとってはどちらにしても変わらないことであったが。
「エルさ……ん。魔力はほとんどないって……」
「ああ、それね……」
エルはそう言うと、曖昧に笑う。
「僕、魔力を使わなくても魔法が使えるんだよね。……固有魔法ってやつ?」
「え?まさか……」
固有な魔法が使えるのは勇者など特別な人類をのぞくと、神様だけ。
この国で勇者が召喚されたことは聞いていないので、そうなると……
「あ、別に神様ではないよ。だけど、ちょっとね……」
どちらにせよ敬語は続けておこう、と思うイースだった。




