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4.出会い

 ……さてどうしたものだろう。


 はあ、と。

 目の前に座っている少女を見つめながら僕はため息をつく。


 この洞窟について数日が経ったある日、どこからかここを訪ねてきた少女。

 何やらここに用があったようなので、いったん家に上げたというわけだ。

 質素な服に、なぜか手が縛られているという不思議な格好だったので興味がわいたというのもある。



「あの、あなたは……」


 遠慮がちに少女が話しかけてくる。

 名前を聞いているのかな?

 そういえば自己紹介してなかった。


「僕の名前はエル。訳あってここに住んでる。あなたは?」

「あ、イースといいます。近くの村から来ました」


 イースは一瞬戸惑うような様子を見せると、再び口を開く。

 ちなみに手を縛っていた縄は切っておいた。

 痛そうだったし。


「あの…、エル、様は邪龍様なのですか?」


 様付け⁉


「……様はやめてほしいかな。それで…邪龍?」

「はい。ここら一帯を縄張りとしている龍です」

「僕としては龍になったことはないんだけど……。ん?龍?」


 確かここへ来たばっかにそんなのと戦った気がする。

 龍だというから警戒したのに、あまりにも拍子抜けだったものだから忘れてしまっていた。

 あれそんな大仰な名前がついてたんだ。


「えーと、その龍ってもしかして黒くて、これくらいの大きさだったりする?」


 そう言って大体の大きさを手振りで表現する。


「大きさについてはわかりませんが、黒い、というのは聞いたことがあります」


 間違いない。

 あの龍だ。


「うーん、とっても言いにくいんだけど。……それ僕が倒しちゃってるかもしれない」

「は?」


 イースは僕の言葉に一瞬固まると、間抜けな声を出した。


「今……なんて?」

「だから、ここにいた黒い龍でしょ。それならここに来た日に倒しちゃった。邪魔だったし」

「えぇ……そんな、まさか」


 イースはいまだに信じられないようで、でも、そんなはずは、などとつぶやいている。


「ほんとだって。ほら、こっち」


 そう言って食糧庫のほうへ案内する。

 邪龍は最終手段の食物としてまだ食べてないので、残っている。

 そこにはきれいに首を二分されている、邪龍の死骸があった。


「うそ……、本当だ…」

「あの龍に用事があったんだったら、ごめんね。僕でできることなら代わりにやるけど」


 イースの様子からして龍に用があったことは間違いない。

 邪龍と呼んでいたので信仰の対象ではないだろうが、倒してしまったお詫びもかねて提案してみる。


「いったい何の用事だったの?」

「いえ……頼み事はないのですが、実は…」


 と一呼吸おいて、イースは本来の目的を告げる。


「私は生贄としてここへ来たのです」

「生贄?」

「はい、私の村には定期的に邪龍様に若い女性をささげる決まりとなっていまして……」


 前時代的だなあ。

 人身御供なんて地球では結構昔の話だっただろうに。


「あれ?そういえば生贄って大丈夫なんだっけ。別の神の信仰とかにならないのかな」


 僕はふと、教会で教えてもらったことを思い出す。

 この世界でしてはならないことは特に念入りに教えられたので記憶に残っているのだ。

 その中では生贄も、異神の信仰になる恐れがあるという理由で禁止されていたはずだ。


「教会とかから文句が出たりしてないの?」

「そういった話は聞いてないですね……。教会の方たちも辺境の地だから、という理由で見逃してくださっているんだと思います」

「彼らも自分の命が大切、ってことか…。まあでももう邪龍はいないんだし、村に帰っても大丈夫だね」


 僕は何気なくそう言ってイースの方を振り返る。

 しかしその顔は、予想に反して暗かった。

 もしかしたら村に戻ることをあまり喜んでいないのかも知れない。

 それにしたって死ぬところだったんだから、もうちょっとほっとしていてもいいんじゃないだろうか。


「……村には戻れません」


 長い沈黙の末、イースが弱弱しい、今にも消えそうな声でそう言う。


「実は私……忌み子なんです」





 ◇◆◇◆





 言ってしまった。

 イースは目の前にいる少年、エルを恐る恐る見上げる。


 自分と対等に話してくれる人にあったのは何年ぶりだっただろうか。

 会話というかほとんどこっちの状況説明だったが、久しく忘れていた感覚に少し楽しさを覚えていたのも確かだ。

 バーレンのどこか憐れむような悲しむような様子とも違う、自分を一人の人間としてみてくれているような対応が、新鮮で、ありがたかった。

 ただ、それは自分が忌み子と知らなかったから。

 言わなければよかったかなとも思うが、もう遅い。

 きっとエルも皆と同じように、私を軽蔑するのだろう。



 しかしイースが見たのは、侮蔑の顔でも恐怖の顔でもなかった。


 戸惑いの顔。

 しかし悪い感情の一切感じられない、温かい顔だった。


「そういうことだったのか……」


 エルは理解したかのように呟く。


「……少し聞きたいこともあるし、さっきのところに戻ろうか」


 エルは驚いているイースを引っ張るようにして、食糧庫を後にした。





「どうぞこっちに座って?」


 いつまでたても椅子に座らずに立ったままでいるイースを見かねたのか、エルが自分の対面にある椅子を指さす。


「あの…、私は忌み子ですよ」

「ああ、僕そういうの気にしない人だから。今までどんな扱いをされてきたのかわからないけど、僕の前では大丈夫」


 その言葉にイースは驚愕した。

 忌み子を嫌わず、自分の椅子に座られることも許すとは。

 村の人としか会ったことのないイースにとって、それはあり得ないほどの厚遇だった。


「失礼します……」


 イースはそう言うと、椅子へ座る。

 椅子は今まで座ったこともないような柔らかさで、そのことにも驚く。



「それで、村には戻れないって言ったよね。村ではどんな扱いだったの?」

「それは……」


 イースは言い淀む。

 自分の境遇をかたるのにさほど抵抗はない。

 しかし村の人の自分へのあたりを聞いて、エルの態度が急変するかもしれない。

 その恐怖が、イースを止めたのだ。


「あー、別に言いたくないんだったら無理に言うことはないよ。それにそれを聞いたところで、今更僕の態度が変わったりはしないから。安心して」


 しかしその恐怖はエル本人によって否定される。

 忌み子になってから触れたことのない優しさに、イースは心の恐怖が取り除かれていくのがわかる。


 この人なら大丈夫かもしれない。

 そう思い、イースはぽつりぽつりと村での様子を語り始めた。





 村での様子と言ってもほぼ檻に入れられていただけなので、しゃべることは少なかった。

 せいぜい食料を届けに来る人と、バーレンの話ぐらいである。


 決して長くない話を終えた後、しばらくしてエルが口を開く。


「……大変だったんだね。その、村には戻りたいとは思わないよね」

「はい。戻りたくもありませんし、戻ったとしても奴隷として売られるか、殺されるかぐらいしか未来はありません」


 確認するようなエルの問いに、イースははっきりと答えた。


「バーレンさんには会いたいと思わないの?」


 イースはその問いに一瞬考える。

 バーレンさんに会いたいとは……どうなんだろう。

 わからない。


「いえ……。別に会いたいとは思いませんね」

「そうなんだ…」


 エルは再び考え込むように俯く。

 イースをどうしようか考えているのだろうか。




 イースは村には帰れない。

 かといってほかに行く当てもない。

 ここから出たらあてもなく、森の中をさまようことになるだろう。

 ここは魔窟の近く、魔獣も多く危険な森だ。

 ずっと檻の中で過ごしてきたイースには一晩も過ごせる自信はない。

 生きるためにはここで過ごさせてもらうしかない。


 しかしイースは、その厚かましいともとれるお願いの言葉を口にはできなかった。

 対等に話してくれるとわかった今でも、私なんかが、忌み子なんかがという考えが抑止力となって口が動かない。


 ただ、このまま追い出されると生きていけないことも確か。

 心の中に残っている恐怖心を、今までされてきたことの数々を思い出す。

 体が震え、なかなか言葉が出ない。

 それでも勇気を振り絞って、一縷の望みをかけて口を開く。


「あ、あの……お願いが――」

「それなら、ここで暮らす?」


 しかしその言葉を遮るようにして告げられた希望は、今までの葛藤がばからしくなるほどあっさりとしたものだった。


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