26. 戦後処理
ウェルスト帝国軍の敗北と、天界議会による区域の直接管理の宣言
ウェルスト皇帝並びにその軍隊が天界議会が編成する連合軍に降伏し、皇帝並びに帝国政府に対する実質的な領地支配が終わったことをここに宣言する。今までウェルスト帝国と呼ばれていた委任統治区域は一時的に天界が直接管理するか、または帝国に被害を受けた国や地域等に一部を割譲する。帝国軍はこの宣言の後に直ちに解体される。
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転生者たちが帝国から離れると、まるでそれまでの粘り強い抵抗が嘘だったかのようにあっさりと、帝国軍は白旗を上げた。あるいはそれは、天界に勝る唯一の武器を失って勝ち目のなくなった皇帝の、許しを請うための策だったのかもしれないが。仮にそうだったとしたら、甘い見積もりだったと言わざるを得ないだろう。天界は一度歯向かった者達を許すことはなかった。帝国軍のなかで終戦までに残っていたのは、はるか遠方に配置されていた部隊の者か、戦うことなく武器を置いた者だけだった。
「龍神様、生成神様。城内の調査及び安全確認が完了しました。これから調査、接収の方に入らせていただきます」
「ん、報告ありがとう」
帝都、王宮。
栄華を誇った帝国の象徴が敵に門戸を開け放っている様をぼやっと眺めていた僕たちは、報告に来た天使に軽く返事をする。
「……一応僕らも行った方が良いんだっけ」
「そうですね、エル様。一応、議会からは亜神に関する技術の確認をお願いされています」
「了解……、えーっと天使君。それらしい場所は発見されたんだっけ」
「はい。どうやら地下に研究施設のようなものが隠されていたらしく、そこに。未知の技術が記されているものもあるようです」
「へー」
気のない返事とは裏腹に、天使の言葉に心拍数が上がる。
未知の技術――転生者の謎に関する技術は、僕がわざわざ議会に提案までしてここにきた理由でもあるのだから。
僕は転生者である。この世界に転生してからしばらくの間、その出自に特段疑問を持つこともなかった。何故ならこの世界には魔法が存在していて、そんな不思議な世界なら何が起こってもおかしくないと思っていたからだ。無論周りに転生者がいたわけではなかったので、自分が少し特別であるとは思っていたが。
しかし、特殊魔法を得て、それからしばらくこの世界で暮らしてみて、僕は徐々に転生者という存在がいかに特別かを認識していった。それは、『転生』が、この世界のいずれの魔法体系にも属さない現象であると理解し始めたからである。
無論、勇者召喚などの世界を超える魔法は存在していた。しかし、転移と転生は似ているようで異なっていた。ウォルトの扱う空間魔法を拡張すれば、転移は可能なように思える。しかし転生は、どのような魔法を使っても、実現できるとは思えなかったのだ。
そんな疑問を抱えていた僕の前に現れた、僕以外で初めての転生者の集団。それを作り出した帝国の技術に僕は興味を持った。それを理解すれば、僕の出自の謎が少しわかるかと思ったのだ。
まあ、理解したとして、それが何になるわけでもないけれど。
「――こちらです。中は、我々が立ち入った時のままを維持しています。技術者が天界より派遣されるまで、接収も行わない予定です」
案内された場所は、驚くほど広大な地下室だった。机の配置からしていくつかに区分けされていたようであるが、仕切りはなく、その大きな地下室の全体が見渡せた。
机と、その上に置かれた数多くの書類。訳の分からぬ機械に、訳の分かる機械――……訳の分かる機械?
「いやあれ、理科の実験とかで見るやつだよな……」
「は、なんと?」
「あー、いや。……色々見て回ってもいいかな」
天使に了承を得て、机の端に置かれていた箱の中にあった、小さな残骸のような構造物を手に取る。それは、中学の理科の実験なんかで、できの悪い生徒が作ったかのような、モーターもどきだった。外見はそれっぽいが機構がめちゃくちゃで、どう考えても原理を理解していない奴が言われるがままに作ったかのような代物。
机の上に乱雑におかれた紙にざっと目を通すと、「雷の力を用いた回転機の試作 ver. 19」と書かれた書類が。
……『あんな指示でどう作れって言うんだ!!』と書かれていた。
「科学が得意な奴がいなかったのかな……」
どうやら転生者たちの知識を利用して、前世の技術を再現しようとしていたらしい。モーターごときでここまで苦労しているのを見ると、実用可能な技術は開発できていないようだが。
「もしかしてここ、転生者を生み出した場所じゃなくて、転生者の技術を研究する場所なのか……?」
試しに別の机を見てみると、「幾何学を用いた逆問題の解法の具体例」「三角形の角度と長さの関係の新たな記法の提案」などの書類が。どうやら数学の分野のようで、ざっと見た限りだと僕の理解できない範囲の内容も含まれていた。理論だけの分野なので、発達が早かったのか?
「……天使君、この部屋にあったのはどれもこんな感じ?」
「こんな感じ、と申しますと……?」
「あー、どれもヘンテコな、実用化されていないような技術しかないのかなって。例えば――新しい魔法を開発していたり、とかはなかったのかな」
天使は一瞬困った顔をして、
「内容を全て見たわけではありませんが……そのようなものは確認していません」
「じゃあ、例えば勇者召喚とか転移陣とか、特別な魔法について考察したようなものは」
「そう言ったものも」
「そうか……」
当てが外れたか。転移者を生み出した施設はまた別にあったのだろう。ここは、内容物を見ると、転生者たちがある程度育ってからできた研究所みたいだし。
ため息をつきながら、念のためにと机の上の書類を見て回る。机の上にある書類を見ると、研究室の区切りのようなものは研究している分野で分けられているようである。さっきの所が機械、次が数学。こっちは――物理だろうか。
「大地がもつ力の性質に関する調査」、「振り子の運動の記述方法」、「砲弾の軌道演算に関する計算法の提案」……。まるで物理学の歴史を見ているようである。
「こっちは……化学か?」
「粒子を基にした物質の記述」、「有機物と無機物」、「原子論とは」……。机の上にあるビーカーのような物体を見るに、化学の分野では色々やっていたようだ。ただ、「物質の種類 ver. 8」『こんな穴だらけの表、何に使えるって言うんだ!!』の記述に、僕はこの部屋の結果を真面目に見るのをやめかけていた。
結局は高校生レベルの知識である。そこから何かを生み出そうとしても、無理があるのかもしれない――
「――っ」
「エル様?」
しかしそれを見た瞬間、僕はその認識が間違いであったことを悟った。
「生物の設計図を組み替える手法の提案」「毒の気体を生成する方法と、その抑制法」「物質の崩壊を利用した大規模破壊兵器の概要」……。そこに書かれていたのは、まだ幼くも、しかし悪意に満ちた僕らの世界の技術だった。
「これは……」
思わず書類を手に取り、内容に目を通す。
『――……生物の機能、形状、特性などを決定する設計図が存在することが示唆されている。それは生物の体を構成する細胞と呼ばれる最小単位に含まれており、細胞が自らを複製する時に用いられる。これらの発見から我々は、外部からの操作によって生物の特性を恣意的に組み替えることが可能であると考えた。『遺伝子組み換え』などと言う言葉も、この説を裏付けている。……』
『――……ものの性質を決定する最小単位である『原子』は、さらに複数の粒によって構成されているという複数の言及が得られた。彼らによれば『原子』には核が存在し、これが崩壊を起こすときに大きな力が取り出せるという。これは我々が出会う中で最も強い力である可能性が示唆されている。崩壊を引き起こすメカニズムに関しては明確な回答が得られなかったが、『原子』の核は粒子が大きければ大きいほど不安定であり、崩壊を引き起こすことがより容易であると考えられる。従って、大規模破壊兵器の実現のために我々が踏むべき最初のステップは、より不安定な物質の発見であることを提言する』
「……何か見つけられましたか?」
「あ、ああ……」
僕の様子に不穏なものを感じ取ったのか、後ろからイースの声がかけられた。僕は曖昧に返事をすると、ふー、と息を吐いた。気持ちを落ち着かせるためだ。
題名の恐ろしさに緊張してしまったが、中身を読むと、どの技術もまだ想像の段階を超えていなかった。転生者たちからアイデア自体は出すことができたが、何か具体的なことができる前に戦争が終わってしまったと言った感じか。
しかし、そうとは言っても、この内容は天界に渡すには危険すぎる様に僕には感じた。帝国はこの技術を実現できなかったが、天界はできるかもしれない。天界は帝国よりもはるかに技術が進んでいるのだから。
「……『生物の創造は、決して行ってはならない』だったよね」
「え?はい、第一位の命令の中にはそのような命令もあったかと」
「よし、この机のものはそれに抵触する可能性がある。だから――」
机の上に炎が広がり、書類が一瞬のうちに炭になる。背後で天使が「うわっ」と驚きの声を上げるのが聞こえた。
「僕の方で処分しときました。議会の方にはそう伝えておくよ」
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「――報告は以上です」
「ありがとうございました。結局、亜神に関する情報は得られなかった、と言うことで良いですな?」
「ええ、どうやって彼らに関係する情報は一切ありませんでしたね。もしかしたら彼らを作った後に情報を消したのかも」
「……分かりました」
議長、魔法神ルスが手元の紙に目を戻したのを見て、僕は席に着いた。
議会は今日も閑散としている。向こう側に居る下位神のみなさん以外は、僕とイース、ウォルトぐらいしか出席していなかった。
ルスが「では次」と言うと、向こう側の下位神が立ち上がった。
「それでは帝国の領土の分割についてです。基本的には我々議会の直接統治を行いつつ、帝国内に新たな政府を作り、徐々に統治を引き継ぐことを考えています。また、今回の件で被害を受けた王国をはじめとする周辺諸国に、領地の一部分割を行います。分割案に関してはお渡しした資料の通りです」
配られた資料を見ると、地図が色分けされた分割案が記されていた。おおむね、元帝国と王国の国境付近の町を王国に分譲される案のようである。その他の国にも少しずつ。国境線が変な形にならないように配慮しつつ、それぞれのうまみもしっかりとある考えられた分割案のように見えた。
その中に一つ、王国と元帝国の国境付近に小さく区分けされた領域があるのを見て、僕はほくそ笑んだ。と、同時に――おそらく僕と同じ所に目を付けたのだろう――ウォルトが「ん?」と小さく疑問の声を上げた。
「一つ見慣れない区域があるな。これは――国か?この、『獣人保護地域』と書いてある部分だが」
「ああ、はい。そこに関しては、国ではないもののそれに準ずる、自治区のようなものです」
「ふむ。しかし、このようなものが王国にあったか?」
「いえ、これは今回、王国と龍神様の要請を受けて作られたものになります」
「何?」
ウォルトの視線が僕を向く。
「獣人……、以前言っていた獣人差別の撤廃の一環なのか?しかしよく王国が自らの領土を明け渡すことに賛成したな」
「今回の帝国の侵攻で、王国は彼らを守らなかった。獣人たちの間では今、自分たちの身は自分たちで守るしかないという意識が蔓延している。王国もそのことを把握していて、だから自治区と言う案に賛成してくれた」
「事実上の独立、か。しかし自治区とは……扱いはどのようになるのだ?」
「国家としては、王国の傘下のような扱いです。王国法が適応されますが、拒否権も持っています。また、天界からの担当神がつく予定です」
「担当神に関しては、当面の間は僕が引き受けることにした。議会の仕事を増やすのも忍びないしね」
これで、外部から干渉されず、自分が自由に好きにできる領土と戦力が確保された。今はまだ小さいが、これから育てていけばよいだろう。
色々回り道があったが、これで当初の目的を達成された、という訳だ。




