25.知識
「いやあ、まさか神の中にも俺たちの仲間がいたなんてなぁ」
「……別に僕は君たちの仲間ってわけじゃないけどな」
「そんな寂しい事言うなよ。俺たち同じ世界出身だろ?なあエル」
……ずいぶん広い枠組みで肩を組んできたこと、と思いながら僕は「まあね、ツバサ」と答えた。
帝都近くに作られた軍事基地。サトシと呼ばれた男に抱き着かれた僕は、ここに飛ばされた。景色が変わると、まるで闘技場か実験場かと言うように四方を壁で囲まれた暗い広場。ぐるりと僕を囲うようにして立つ何人もの転生者たちが立っていた。どうやら誘い込まれたらしい――サトシだったそれがぐにゃりと溶けて消えたその瞬間、僕はそう判断して首輪を解除したのだ。
転生者たちは動揺を見せ、僕に攻撃が飛んでくることはなかった。そして僕が転生者たちの敵ではない事を告げると、彼らはそれを信じ、僕に協力することを約束してくれた。
「――いやぁ、それにしても帝国に良いように操られてたなんてな。全く憤慨ものだぜ。……で、どうするんだ?俺たちにとって、もう帝国は敵――ここも破壊していくか?」
そう言ってツバサはあたりを見渡して、「と言っても、もうだいぶ壊されてるけど」と呟いた。
僕が転移させられた時、この場には転生者だけではなく帝国の兵士もいた。隷属の首輪が解除されると、それを知った帝国の兵士たちは転生者を攻撃した。当然転生者たちもそれに対応し――今。この場には見るも無残な破壊の跡が残されていた。
尋ねるツバサに、僕は「そうだね」と返事をする。
「さっきも話したと思うけど、君らが解放されたことが天界に知られるわけにはいかないんだ。だから悪いけど、ここに居る帝国の兵士には口を噤んでもらう必要がある」
「……皆殺しってことかよ」
「ま、それでもいいけど」
どのみち、天界に逆らった帝国兵に未来はない。しかし僕の答えを聞いて顔を曇らせた翼を見て、僕は「だけど――」と言葉を続けた。協力者となる彼らに、不信感を持たれるのは困る。
「僕らの仲間に記憶を操作できる神が居るから、協力してもらってもいい」
「おお、それは名案だな。で、そいつはどこにいるんだ?」
「僕と一緒にいたはずだけど。……あっちって今どうなってんだろ」
その言葉を聞くと、ツバサは「あー」と渋い顔をして、
「作戦通りだったら向こうでは今、ノゾミとミズホが戦ってるはずだ。エルの仲間のどっちかと」
「どっちか?どういうこと?」
「俺らの作戦の第一段階は分断だ。まずお前をサトシの分身と一緒に入れ替え、ここに誘い込む。そして残った二人の内どちらかを、サトシと入れ替わって向こうに行ったノゾミが転移させる。これで一対多が二つ生まれ、上手くいけば三人のうち二人を倒せるって寸法だった」
「なるほどなあ。ってことはその……ノゾミとミズホってのは二人でこの人数と同じぐらい強いってことね」
そう言って僕は薄暗い広場にぽつぽつとみられる転生者たちを手で示す。彼らの考えた作戦は、僕らを有利な状況で叩きのめすというもの。分断した後に、一人一人に割り当てられる戦力は、少なくとも神一人ならば十分に倒しうる戦力でなければならない。
僕の問いに、ツバサは頷いた。
「まあ、そうだな。さすがに同じぐらいってわけではないが、少なくとも俺は、あいつらが神一体に後れを取るとは思えない。二人ってなったらどうなるか分からないが――……エル、お前は人を転移させられる奴を知ってるか?」
「このサトシ以外に、ってことなら――……一人心当たりがあるかな」
頭に浮かんできたのは、もちろんウォルトの姿だ。
「なるほどなぁ、じゃあヤバい。ノゾミは対象の記憶にある技を模倣する魔法を使う。お前が知ってるってことは仲間も当然知ってるだろうから――ノゾミは間違いなく、分断を成功させている。さっさと戻った方が良いが――だけど、ああ」
そう言ってツバサは頭をガシガシっと掻いた。
「こっから前線までは距離がある。飛行機で行っても――そんなのないけど――数時間ってとこだ。今から行っても間に合わない。エル、転移とか使えないのか?」
「使える――はずなんだけど、さっきからどうにも使えない。何故か分からないんだけど、この場所は転移が封じられているっぽいな」
「封じられてる?――ああっ、忘れてた!」
ツバサは弾かれたように左右を見回すと、
「防御に使える魔法を持ってた仲間は、真っ先に狙われないように後方に置いてたんだ!お前から見えないところに。もしかしなくてもエル、お前そいつらの首輪を解除してないだろ」
「あ、ああ。と言うか僕は、対面してる相手じゃないと首輪を解除できない」
「通りで帝国兵が硬いわけだわ。あいつらまだ俺らが戦ってると思ってるんだな」
この中にいた帝国兵は全員、転生者たちが無力化した。この中を監視する仕組みが存在しない限り、外の人間がここで何が起こったかを確認することはできないのだ。
「よし、こうしちゃいられない。せっかく助けてもらったってのに、エルの仲間が死んでちゃ目覚めが悪い。あいつらを探して支配を解くぞ!」
「あー、うん。行こうか」
「……どうした?そいつらを探して魔法を解かせないと、お前も仲間を助けにいけないんだぞ?もっと焦ったりしないのかよ」
「まあ、ね。少し心配はしているけれど、別に焦ってはいないかな」
「はぁ?」
ノゾミとミズホがどれほどのものかは分からないが、仮に彼女と対面しているのがエレーナだったら心配はない。彼女は僕以上に首輪の解除に長けているから、そもそも戦いが始まりすらしないだろう。
しかし、イースはそうではない。彼女が首輪の解除を行おうとしたら、首輪の物理的な破壊の他に手段がない。そうなればノゾミ達も抵抗するだろうし、戦いは避けられない。
ただその場合でも――
「大丈夫でしょ。イースは多分僕より強いし」
彼女に宿った神格は、最も位の高い龍神のもの。彼女が本気を出しさえすれば、この世の誰も敵わない。
■
「イース、あなた無事だったのね……」
「早いですね、エレーナ」
ブランドウルフからイースの元に急行したエレーナ。
イースが五体満足で立っていることにほっと息をなでおろしたエレーナは、次にこちらを見つめる二人の存在に視線を向ける。エレーナ達を待ち伏せていた敵。しかしその首には黒い首輪は見当たらなかった。
「この二人は――」
「ええ、首輪を解除し強力にも応じてくれました。今や私たちの味方です」
イースが二人を見ると、二人は軽く会釈をした。
「よろしく、エレーナさん?私はミズホ。こっちは――」
「ノゾミ。あなた達に協力すれば、毎日十時間寝てもいいと聞いた。よろしくかも」
「え、ノゾミあんたそんな理由でイースの事信じたわけ!?ヒカリが信用したなら……とか言ってたじゃない!」
「それは建前」
眠たそうな目でそんなことを言うノゾミと驚いたように声を上げたミズホに、エレーナは「え、ええ。よろしくね」と引きながら返事をした。こうして見れば、ただの少女たちだ。しかし彼女たちを見かけ通りに受け取ってはいけないことを、エレーナは知っていた。
ここへ向かう途中、エレーナは天を覆わんばかりの大地と、それを貫いた龍神のブレスを見た。どちらがどちらによるものだかは分からない。しかしいずれにしても、その二つを引き起こした魔法が理外のものであることは、自身の魔法を使わずとも理解できた。
ノゾミは最高神を超えるほどの力を持っている。そしてイースも、エレーナが思っていたよりもはるかに強い。
――とそこで、エレーナは違和感に気付いた。十全に見えるイースの体の。
「――……イース。あなたの腕、それ――」
「腕?ああ――あなたには分かるんでしたね」
イースの左腕。見ただけでは何の変哲もない左腕だったが、魔力を感知することに長けたエレーナには分かった。
がらんどうになっている。本来あるべき神の魔力が失われているのだ。
「龍神のブレスを生成する際に失いまして。今は私の魔法で形を整えているだけですが」
「ブレス?じゃあ大地を割いたブレスはあなたの――……それ、大丈夫なの?」
「ええ。構造は全く同じですから、よくなじんでいますね。問題なく動かせますし、魔力に関しても回復しつつあります」
「それならよかったけれど……」
代償を伴った攻撃。問答無用で全てを破壊する龍神のブレスが代償を必要とするというのは、その威力を目の当たりにしたエレーナにとって、直感的に理解できる事だった。
しかし――と、エレーナは涼し気な顔のイースを見つめる。
体を失うというのは恐ろしいことだ。例えそれが時間をおけば元に戻るとしても。しかしイースにはつい先ほど腕を失ったようには思えないほどの落ち着きがあって、それが逆にエレーナを不安にさせた。
だから、こう口をついた。
「――……ずいぶんと強力な魔法を隠していたじゃない。でも、その代償も大きいようだけれどね」
「ブレスの事ですか?それは隠していたわけではないですが――しかし、そうですね。一発撃つごとに腕を一本失うようでは、とても実用的ではありません」
なぜか愛おし気に左腕を撫で、しかしイースはそう言った。「実用的ではない」と、まるで自らの体をただのもの(・・)として扱っているかのように。
「……その点、ヒカリのあれはうまくやっているように見えました。確か――『核』とか言っていましたか」
「あの爆弾の事?あれは――確かに強力だったわね」
「ええ。物質であるのならば私の魔法で生成できるはず。――ノゾミ、ミズホ。少しいいですか?」
そう言ってイースはノゾミ達を呼んだ。イースがそれを、代償の必要な龍神のブレスの代わりに使う可能性があるのなら、とエレーナもそれを止めなかった。
「何」と返事をしたノゾミに、イースは「質問があります」と言った。
「ノゾミ、あなたは奥の手に核を使おうとしましたね?」
「うん。首輪のせいでとんだ自爆をしちゃうところだったかも」
「それは、あなたが確実に私を殺せる兵器であると認識したうえでの行動だった」
「そうかも。少なくとも、あの時私が取れた選択肢の中で最も確実な方法だったかも」
「そうですか。ヒカリも私たちへの最終手段として、核を使おうとしていました」
「さもありなんね。って言うか、通常の兵器が通じない以上、それしか方法がないわね」
ミズホがそう言うと、ノゾミはうんうんと頷いた。そんなノゾミに、イースは単刀直入にこう質問した。
「ノゾミ、ミズホ。核とは何ですか?あなた方転生者が絶対の信を置くその兵器とは、いったいどのようなものなのですか?」
「……それを聞いてどうする気なのよ」
「使います。龍神のブレスは代償が大きいようなので、その代わりになればと」
イースは嘘を付かなかった。そして、そのまっすぐとした言葉を聞いた転生者の二人は、エレーナの目には動揺した様に見えた。
「……それは、帝国に核を落とすと言う事?」
「必要とあればそうするかもしれません。しかしあなた方の話であれば、帝国にこれ以上の脅威はありませんし、その可能性は低いでしょう」
「じゃあ何に使うのよ」
「より強大な私たちの敵に。あなた方を含め人類の自由と生命を脅かし、あるいは世界に嘘を付き続ける巨悪に」
「……」
イースの芝居がかった言い回しに、しかしノゾミは口を噤んだ。そしてしばらくじっとイースを見つめた後、彼女にしては珍しく真剣な面持ちで口を開いた。
「……核兵器とは、物質の核反応を利用した爆弾の総称。私たちの世界で最も強力な兵器の一つで、その威力は化学反応を利用する通常の爆弾と比較して極めて高い。過去の二度の実践使用では、いずれも一発の爆弾によって都市の大部分が破壊された」
「ノゾミ!?」
「あなたに協力することを約束した手前――それが何かの助けになるかは分からないけれど――私の知る情報をあなたに話してもいい。あなたがそれを平和利用するというのなら」
ミズホの制止も聞かず、ノゾミはそう言った。
「だけど、それには一つの条件がある」
「……条件、ですか?」
「決して民間人を巻き込まない事。核兵器の使用を脅威のみに限定し、あなたが守ると言った彼らに被害が出ないようにすること」
ノゾミが言ったその条件は、何を言われるかと身構えたエレーナを安心させるものだった。彼女たちは特殊な力を持つ亜神とはいえ、単なる一般人に過ぎないのだ。自らが伝えた技術が、無辜の民に被害を与えることが気になったのだろう。
しかし続くノゾミの言葉が、決してそれだけではないということを、彼女に伝えた。
「仮に民間人に対する使用が確認された場合、故意かそうでないかに関わらず、私はあなたに敵対する。それが単に、死に向かう行為であったとしても」
「――な」
「それが、唯一の被爆国に生まれた私が、あなたが再びそれをするのを手伝う対価。飲んでくれる?」
イースは少しの間、その言葉の意味を考えるかのように口を噤んでいた。そして小さく、「ええ」と言った。
「約束しましょう。決して無実の人々を巻き込まないことを」
「――……良かった。と言っても、私たちの情報であなたがそれを再現できるようになるとは限らないかも」
「それでも構いません。教えてください」
そう言うとイースは頭を下げた。




