23.作戦
「何?前線が押され始めた?」
「はい。今週初めごろまでは辛くも天界の侵攻を止められていたのですが、ここ数日で急に」
「原因は何だ」
「報告によれば、都市やその周辺に配置していた亜神を何者かが襲撃しているとか。数日だけでももう数名がやられています。襲撃によって亜神を失った軍は、その後再編された天界の軍によってじりじりと追い詰められ、いくつかの都市が落とされたと」
「――ッ、最高神かッ!!」
報告に、皇帝は頭を抱える。
天界軍の中には亜神と戦えるだけの強さの神が居るとは思えなかった。ここ数日の間に天界の事情が変わり、最高神が出て来たのだろう。ゲリラもお構いなしか。
「……どこまで攻め込まれているのだ」
「敵の手に落ちた都市の内、最も帝都に近いものはブラウンドルフです。このままいけば、天界が帝都にまで侵攻してくるのも時間の問題かと」
「クソッ、まだ対策も考えられていないというのに――」
「――心配には及ばないぜ、皇帝」
どうするべきか――焦燥の冷や汗を流す皇帝の後ろから、そんな声がかけられた。一つの大国を治める者に対してあまりにも不遜な呼びかけ。皇帝が振り返ると、そこには三人の少年少女がやけにカッコよくポーズをとって立っていた。
「対策なら俺らが考えた。だからあんたは安心して俺らに任せな」
「そ、そうか。どういった策だ?」
「残りの俺ら全員で戦う。簡単だろ?それで無理ならもうどうしようもない」
そう言い切ったのは、忌み子たちのリーダーを務める少年だった。確か――名前をツバサとか言っただろうか。
「全員でかかる?しかしな、最高神は甘くはない。そんな手に引っかかるものか。現にあのヒカリが倒されたのだぞ?」
「ヒカリがやられた?くくく、奴は四天王の中で最弱……」
「えー、そうかなぁ」
「言いたかっただけでしょ。ていうか最弱はあんたじゃない。ツバサ」
「ぐっ……俺は特殊系で頭脳派だからいいの」
妙なことを口走ったツバサに、残りの二人から容赦ないツッコミが入る。
口を開いたのはノゾミとミズホ。いずれも忌み子達の中でトップクラスの実力を持ち、故に皇帝も自由行動を認めていた者たちだ。
「……とはいえ皇帝の心配も分からなくはない。だが――なあに、そこは俺達も考えている。さすがに全員で待ち構えていれば袋叩きにできる――とは思ってないさ」
「ではどうするのだ」
「実は俺らの方で、仲間への襲撃を調べていてな。色々分かったことがあるんだ」
そう言うとツバサは皇帝の対面にドッカと座る。
「まず――報告によれば敵は三人。いずれも神しか着られない法衣を纏っていて、俺らが居る拠点だけをピンポイントに襲っているが、それ以外の拠点には見向きもしない。これは帝国軍による分析だ。――そこのお前、これはいいか?」
「は、はい。私の持つ資料にもそのように書かれています」
報告係の役人がそう言うと、ツバサは大きく頷いた。
「しかしおかしいと思わないか?俺らが居る拠点だけを襲う?なぜそんなことが可能なんだ?」
「……最高神に与えられている任務が亜神の討伐だけなのだろう。神獣と亜神以外の案件に最高神が出ることは稀だ」
「違う違う、そう言う事が言いたいんじゃない。俺が言いたいのは――どうやってそれらを分けてるのか、だ。まだ天界軍の侵攻が満足に行えていない地点――まあつまり情報のない拠点――ですら、俺らの居る拠点とそれ以外を分けている」
「奴らの魔法か」
「ああ。俺はこれが問題だと思っている。範囲がどれぐらいかは分からないが、これは相当なもんだ。まずはこれをどうにかしないと、全員で戦うって作戦は使えない。こっちが人数揃えてるって向こうに知られれば、逃げるなり対策をとるなりされるだろうしな」
眉間にしわを寄せて「ではどうするのだ」と言った皇帝に、ツバサは人差し指を立てて、
「奴らを待ち構えるのではなく――引きずり込むんだ」
「はあ?どういうことだ」
「仲間の中に、転移の能力を持つ奴がいる。そいつを使って奴らを俺ら待つ陣に飛ばし、そこで戦えばいい」
「……そう簡単に行くとは思えんな」
「もちろん、上手く行くように考えるさ。ああそれと――敵が三人ってのもまずいな。協力されれば数の優位性がなくなる。一対一が好ましい」
ツバサが「うーん」と考える様に顎に手をやって、少し後に口を開く。
「よし。この際戦力を分散させることになるが、三人を分断して各個で叩こうか。ミズホとノゾミ、一人ずつ頼めるか?残りは俺と仲間たちでやる」
「えぇー、無理かも」
「そうね。仮に敵の一人一人が皆ヒカリを倒しちゃうほ強いなら、私達だって負ける可能性があるわ。てかなんであんたのとこに全員配置しちゃうのよ。少しぐらい私たちのとこにもよこしなさいよ」
「戦力的にそれが均等だろ」
「ツバサ君、自己評価低いのか高いのか分からないかも」
「ふっ、ノゾミ。俺は危険な目にはあいたくないのだ。――ってのはもちろん冗談で!」
ミズホが拳を握ったのを見て、ツバサは慌てて訂正する。
「冗談?じゃあどういうことなのよ。私が納得できるような理由なんでしょうね」
「て、転移を使って分断をする、となったら少なくとも転移で飛ばせるのは一人か二人。残った敵とはその場で戦わなきゃいけない。となれば――分かるだろ?結局最初に考えた問題がそのまま残る」
「敵と遭遇する人数=残った敵と戦う人数になるってこと?確かにそれだったらあんまり大勢は無理かも?」
「なるほどね。だからノゾミと私ってこと――……」
ミズホはそう言って考えると、
「でも無理。リスクを承知でも、私とノゾミで二対一が限界ね。それ以上じゃ死にに行くようなものだもの」
「そうか。じゃあまあ――それで。作戦は何とか考えよう」
「おお、流石ツバサ君かも」
「で、どうかな。皇帝」
すっかり蚊帳の外に置かれていた皇帝は、ツバサの言葉に「ああ、そうだな」と返事をする。
「……奇策にでも出ないと帝国に勝ち目は残されていない、か。よかろう、許可する」
皇帝がそう言うと、ツバサは微妙な表情で「俺の完璧な作戦を奇策だと……?」と呟いた。
兵法も何も知らない素人が考えた作戦だ、奇策と呼ばずして何と呼ぼうか。しかしそのような作戦に打って出なければならないほどに帝国が追い詰められているのも事実だ。
これが失敗すれば帝国は終わりだろうか。
皇帝はそう考え、目をつぶって深くため息をついた。
■
帝国軍と天界軍の最前線。帝国が守りを固める都市と天界が占領している都市を結ぶ街道沿いを、イースたちは飛行していた。
眼下は見通しの悪い森林地帯。しかしエレーナの探知魔法のおかげで、木々に隠れるようにして作られた小さな拠点ですら見逃すことはなかった。事実、今日に至るまでもうすでに五人の亜神を解放していた。
「――ん、この先は開けてるのか。じゃあいったん引き返して別の街道沿いを行こう」
「ええ、そうね」
そう言ったのは戦闘を飛ぶエル。その言葉にエレーナが同意の言葉を返した。
「それにしても、三時間ぐらい探してるけど、今日もなかなか見つからないなぁ。昨日もゼロだったっけ?」
「ええ。その前まではポンポン見つかってたのにね。さすがに帝国も私たちの動きを察知したんじゃないかしら。それで亜神が居なくなったとか」
「エレーナの探知に引っかからない方法を、彼らが編み出したって可能性はない?」
「まさか。自分で言うのも何だけれど、私の探知魔法は世界一よ?誰かに出し抜かれるなんて可能性は一ミリもないわ」
「とんだ自信だなぁ。でもそう言う過信が足元をすくうこともあるんだよ。ねえ、イース」
「そうですね……」
イースが呟くようにそう返事をすると、エルが不思議そうな顔をしてこちらを向いた。
「あれ、どうしたの?イース。元気ないじゃない」
「そうね。いつもなら毒の一つや二つ吐いていてもおかしくないところなのに」
「余計な一言が多いですね。――……なんでもありませんよ」
まあ元気の少ない日もあるかとでも納得したのか、「そう?」とエレーナは軽く返事をする。しかしエルは未だ何かが気になるようで、心配そうな目をイースに向けた。
「まあ、体調悪かったりしたら言ってよ。何だったら今日はもうやめにして帰ろうか?」
「いえっ、それは――……それには及びません。ええ、少しぼーっとしていただけですから」
「ならいいけど」
そう言ってエルは再び前を向く。イースはその横顔を眺め、そして下を向いた。
気づかれてしまっただろうか。ここ数日でイースが感じた――劣等感について、と。
イースの自らに対する評価は、決して高いとは言えない。世界で五番目に尊ばれる立場になり、さらに僅か数年のうちに議会も第三位も無視できないほどの勢力を作り上げた後も、彼女の自身に対する評価は変わらなかった。
結局のところイースの本質は、檻の中で無気力に生きて来たあの時と変わってはいなかったのだ。一つ変わったことがあるのだとすれば、それは生きる目標が生まれたことだけだろう。エルの役に立つ、そんな目標が。
だから先日、エルが転生者だと知った時、イースはショックを受けた。
エルが自分に隠し事をしていたから――ではない。少なからずそのショックもあっただろうが、主な原因は別。イースが衝撃を受けたのは、エルが自身にすら隠していたはずの秘密を、ヒカリがあっさりと言い当ててしまったことだった。
同じ転生者なのだから、当たり前だと言われてしまえばそれまでだろう。しかし傍にいたはずのイースですら気づくことのできなかった秘密を、たった数回顔を合わせただけのヒカリが見破ってしまったことがショックだったのだ。何をしてでも手に入れたかったものを、彼女が簡単に持っているような気がして。自分なんかよりも、彼女の方がエルと通じ合えているような気がして。
イースにとってエルとの繋がりは、自身が彼の役に立つことで保てているものだった。エルの役に立てない自分など、居る価値がない。それこそあの洞窟で、勇者に救われてしまった自分のように。
だからイースは神になったのだ。神になり、天界を掌握し、エルに捧げるために。
しかし――現実はどうだろう。第一位の企みすら見破れず、あまつさえエルにかけられた魔法を解除してもらいさえした。ヒカリの攻撃があった時もイースではなくエレーナが連れていかれた。
ここ数日だってそうだ。亜神の捜索で役に立っているのはエレーナで、イースの役割はほとんどない。神として手に入れた自身の戦力ですら、エルに劣る。
果たして自分は役に立てているのだろうか。イースは再び前を飛ぶエルの姿を見る。その表情からは何も読み取ることができない。いつものように。
「――……あの、エル様」
つい、そう口を衝いた。
エルの顔がこちらを向く。一体何を話せばいいのだろうか。自分でも何故口を開いたのか分からないというのに。
「私は――……」
「――待って」
しかしそんな複雑な感情のイースを止めたのは、エレーナの鋭い言葉だった。
彼女は何かを確かめるように険しい顔をすると、すぐにその場に停止する。
「どうした?エレーナ」
「亜神を見つけた。でも――何か変なのよね」
「なるほど。……ごめんイース。何か言いかけてたけど後でいいかな」
「え、ええ。構いません」
イースはなぜか安堵の感情を胸に抱えつつそう答えると、エルが頷いてエレーナの元に向かった。
「変って、どういう事?」
「探知に引っかかったのは二人。一人は確実に亜神で、もう一人は――亜神のように感じたけど、そうでもないように感じるの」
「?まあ、二人だけなら正面から言って、首輪を解除して終わりでしょ。他が居るなら倒さなきゃいけないけれど」
「そうね。――あっちよ」
案内されるままに付いていくと、地上の開けた場所に二人の少年少女がたっているのが見えてくる。イースたちを待ち構えていたのか逃げる気配もなく、イースたちが近くに降り立っても動くことなくこちらを見据えて来た。
一人はツインテールの勝気そうな目をした少女。もう一人は怪しげな目をした少年だった。
「き、来たわね。待ってたわよ、神様!」
「……ミズホもしかして怯えてる?」
「うっさいわね、怖いもんは怖いのよ!あんたには関係ないかもしれないけど!」
「おいおい。まじかよ、頑張ってくれよ。作戦の成功はお前にかかってるんだからさ」
敵を目の前にしても呑気にそんな会話を繰り広げる二人に、イースは眉を顰める。しかしエレーナは小さな声で、「やっぱりおかしい」と呟いた。
「……何がおかしいの?」
「男の方。首輪がついているのに魔法がかかってないわ」
「魔法がかかってない?」
「ええ」
「――何をこしょこしょと秘密話をしてるのかしら!?」
ミズホと呼ばれた少女が、イースたちの話し声に反応してそう声をかけて来た。
「おい、マジ心配なんだけど。さっさとやっちゃった方がよくないか?」
「そうね。――……一つ聞くけど、あんた達は私の仲間を潰して回ってる神よね?」
「うん、多分そうだね。そう言う君たちは僕らが潰して回ってる転生者の子かな」
「んなっ!何故それを――」
ミズホは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにキッとこちらを睨み、
「――まあいいわ!ならあんたたちは私のターゲット。やっておしまい、サトシ!」
「はーい、サトシです」
「――ッ!!エル様!」
ミズホの声と共に、サトシがこちらに向かって来る。気の抜けた言葉とは裏腹に、まっすぐにイースたちを狙って走ってきたサトシに、イースは魔法を発動させた。
「奴は危険です!――殺します!!」
「いや、距離を取って様子を――」
エルがそう言い終えようとしたその時、イースの目の前に槍が生成される。この世ではありえないほどの高密度な物質で構成された質量弾。
小さくとも戦車砲を超える威力を持ったその槍が発射され――サトシを貫いた。
しかし、
「――なッ!?」
槍がサトシを貫き――彼の半身を吹き飛ばす。しかし起きたことはそれだけだった。
右腕から腹にかけて、体のほとんどを吹き飛ばされているのにもかかわらず、サトシは未だに走っていた。しかも、痛みに顔をゆがめることもなく、ただ欠損した自身の体をちらりと見て他人事のように驚いた表情で。
「うぉい、マジかよ。この体が半分以上吹き飛ばされるか。まあでも――」
「――エル様!」
「ん、なんだ」
半身を失ってもなお走り続けるサトシの姿に、一瞬思考が奪われる。戦場では致命的な隙――意識の隙間を縫うようにしてサトシがエル目掛けて飛びついた。
攻撃でもなく、突進でもないサトシの行動。どう対処すればよいのかエルが考える間もなく、サトシがべっと舌を出した。
「じゃ、神の皆さんお疲れ様。こいつはもらっていきますんで」
「何を――」
「『交換』」
サトシがそう呟いた瞬間、エルとサトシの二人の姿が消え、代わりに一人の少女が現れる。黒い首輪をつけた垂れ目の少女。
現れた少女はぎょろりと目だけ動かして周りを見渡す。そしてすぐ近くにいたエレーナに手を伸ばすと、目を閉じた。
「――模倣:カイロス」
「あら、これは……」
少女が『逆行』と呟くと、エレーナの姿がグニョンと歪んで解けるように消えた。その場に残ったのは二人の少女とイースのみ。イースがエレーナの姿を消した少女に槍を叩きこもうとすると、少女はバッと飛び上がってミズホの背後に逃げた。
派手な土煙がまい、二人の姿がイースの視界から消える。しかし煙が晴れた後も、彼女たちが逃げることはなかった。
「――作戦完了、かも」
「ええ、そうね。ぶっつけ本番だけどうまくやったわね、ノゾミ。後はあの神を私達で倒すだけ」
ノゾミと呼ばれた少女が「うん」と頷いた。
作戦完了――見渡してもエルとエレーナの姿はどこにも見当たらない。……これはまんまと敵の術中にはまってしまったか。どうやら敵も馬鹿ではなかったらしい。
「――エル様をどこにやったのですか」
「エル?それって最初に飛ばした方?それともノゾミが消しちゃった方?」
「最初の方です」
「それなら今頃、私たちの仲間が取り囲んでいるはず」
誘いこみ、か。おそらくエルが転移させられたのは敵陣のど真ん中。多くの亜神たちが取り囲むその中なのだろう。
「……囲んで叩く。それがあなた方の作戦ですね」
「その通りよ。さすがの最高神と言えども残りの仲間皆に囲まれた状況で、勝てるわけがないわ」
「それはどうでしょうね」
イースにはエルが負けるとはこれっぽっちも思っていなかった。何せエルは隷属の首輪の魔法を一瞬で解除することができるのだ。さすがに対面していない者の首輪は解除できないが、それでも敵に大きな混乱が訪れるのは必至。大勢で取り囲む作戦も意味をなさなくなるだろう。
しかし――首輪を解除したとしても、彼らがヒカリのように攻撃をやめない可能性もある。エルが絶対安全とは言えない状況――なら、どうするか。
イースは目の前に立つ二人の少女を見据える。その首には隷属の首輪。
イースはエルやエレーナのように首輪の魔法を解除することはできない。しかし、あれが一般に流通している首輪の改良版である以上、首輪を物理的に破壊すればその魔法も解けることが予想できる。
イースは目を閉じ、深く息を吐く。
サトシという危険すら排除できず、みすみすエルを転移させてしまった。目に見えて分かった危機からですらエルを守れずして、何が役に立てているのだろうか――だ。まさか自分がここまでの役立たずだとは思わなかった。
――首輪を壊し、彼女たちを解放して、エルの救援に向かう。
もはや、それすらできない自分に意味などない。
「――……あなた方の目的は私ですね。いいでしょう、かかってきなさい。早めに終わらせて、エル様の元に行かねばなりませんしね」
「む、舐められてるかも」
「そうね。ノゾミ、やっちゃいなさい」
イースからしてみれば、この二人にそう長く構っているわけにはいかない。幸いにして感じれる魔力はイースよりも遥かに低い。故にこの戦いは、いかに二人を傷つけず、首輪だけを破壊するかと言う戦いだ。
――しかし、
「模倣;龍神。『壊劫のブレス』」
その言葉と共にイースに発せられたのは、彼女がまだエルに守られるだけの存在だった頃、夜空に覆いかぶさるように浮かんだ龍が発した、あのブレスだった。




