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2.忌み子

 

「意外にあっさりと倒せたな」


 目の前には黒龍の死骸がある。

 その首はきれいに二分されており、切り口からは大量の血があふれ出していた。


 いやー。

 それにしても弱かった。

 攻撃手段にしても、爪で切ろうとするか炎を吐こうとすることぐらいだったし。

 首を切り落としただけで動かなくなったのは想定外だったな。

 龍と言ったら最強の魔物の一つだろうに、自己治癒とかできなかったんだろうか。

 あそこの魔物は首を切り落とされても動くのとかいたからな。


 もしかして外の魔物って、みんなこんなに弱いんだろうか。



「……弱いにこしたことはないか。生活も楽になるんだし」


 狩りは楽な方がいいし。

 そう考えると、僕は黒龍の死骸に保存のための魔法をいくつかかける。

 食用として取っておくためである。


「龍って食べたことないんだけど、おいしいのかなあ。毒とかないといいけど」


 もちろん毒があったりしても、解毒の魔法のようなものは使えるので死にはしない。

 ただ、苦しかったりするのは嫌なのでこれを食べるのは最終手段にしよう、と考えると僕は黒龍の死骸、もとい非常用食肉を洞窟の隅に置く。



「しっかし広いなあ、ここは」


 今まで通ってきた道よりも格段に幅が広く、天井も2、30メートルあるように見える。

 小さめのドームだったら入るんじゃないかと思えるほどの大きさだ。


「これは部屋がいくつか作れるぞ」


 どんな部屋割りにしようかな。

 僕は引っ越しをするときのようなわくわくを感じながら、足元の岩に魔法を使って壁を作っていった。







 ◇◆◇◆







 リヴ村。

 帝国と勝るとも劣らぬといわれる国力を持つ王国領の端にある、非常に小さくて貧しい村だ。

 農業で生計を立てている開拓村だが、魔窟が近いこともあってか規模は大きくない。

 人口もあまり多くはなく、村の中にも小さめの教会が一つと質素な平屋が十数軒ばかりしか見られない。




 その中のひときわ小さな建物の中に、一人の少女と男がいた。

 少女は15、6歳程度、男は35~40歳程度とこの世界で見れば親子ともとれる組み合わせだった。

 しかしその間には家族同士といった暖かな空気は全くなく、逆に暗い雰囲気が流れてさえいた。



 それは、二人のいる場所の違いからかもしれない。

 少女は、檻の中にいたのだ。



「イース、成人おめでとう。何も買ってやれなくてごめんな……。お前がここから出れればいいんだけど」


 男が少女、イースに話しかける。

 イースはその声に、小さな声で答えた。


「いえ、祝ってもらうほどのことではありませんよ、バーレンさん。こんな忌み子が生まれた日のことなんて」


 聞き取れるかぎりぎりの、小さなかすかな声だったがその言葉はバーレンの心に深く刺さる。

 そう言うのはわかってたはずなんだけどな、とバーレンはイースのことを悲しげに見つめた。







 イースは元気な子供だった。

 短い黒髪と可愛らしい顔をしていて、大人からも子供からも人気のある元気な子。

 日が上ったと同時に外に出て、大人でも子供でも構わず振り回して遊んでいた。

 あまりの元気さに村のものを壊すことも多く、大人たちにも注意されるほどだった。

 バーレンも自分の農具を遊びに使われたことがあり、その時は盛大に叱ったものだ。

 泣かれてしまい、そのあとになだめるのが大変だったが。



 しかし、イースは変わってしまった。

 5歳の時、忌み子と認定されてから。


 ステータスの確認で魔力量0と認定されてから、イースはこの檻の中に入れられた。

 以降は外の景色も見れないまま必要最低限の食事を与えられるだけの生活を送ってきた。

 娯楽も何もない、暗い檻の中で。


 それは、まだ年端のいかない子供にとっては耐えられるものではなかった。

 いや、大人にだって耐えられるものではないのかもしれない。


 そんな環境に置かれたイースは、日に日に元気をなくしていった。

 ふっくらと丸かった体は見る影もなく痩せこけ、明るい光を宿していた瞳は暗くどんよりとしたものになっていった。

 うるさいといわれるほどだった口数の多さも、今では考えられないほどに少なくなって、しまいにはほとんど口を開くこともなくなった。


 希望もなくただ生かされているだけ。

 イースはもはや生きることをあきらめている様子さえあった。





「それより、問題になりますよ。バーレンさん。こんな忌み子としゃべっていたなんてのが噂になると。早く帰ってください」


 イースはぼそぼそと続ける。

 その拒絶ともとれる言葉にバーレンは目を伏せる。


「……そういえば村長たちと集まりがあったんだった。早く行かないと怒られるかな」

「そうですか」


 イースは感心がなさげにそう言う。


「そろそろ行こうかな。また来るよ」


 そういうとバーレンは立ち上がり檻に背を向ける。

 後ろから聞こえた、来なくてもいいと言っているのに、という小さな声は聞き取れなかったことにした。





 さっきまでいた小さな建物とは真逆の、周りのものよりは少し立派な大きな家。

 村長など何か村の中で重要な立場にいるものが住んでいるであろうその家の一室に、何人かの男が集まっていた。

 部屋の中には明かりとなるようなものは何もないため薄暗い。

 彼らの座っているテーブルにはまだ一つの空席があり、まだこの場に全員がそろっていないことを示していた。


 きぃ、という音がして部屋のドアが開く。


「遅いぞ、バーレン。約束の時間はもうとっくに過ぎている」


 バーレンに対し、ひげを蓄えた恰幅のいい初老の男がたしなめるような口調でそう言った。


「すいません、村長。だけどこの村じゃあ正確な時間を図るのだって難しいじゃないですか。ちょっとぐら許してください」

「それにしても遅すぎだろう。ほら、早く座りなさい」


 村長あきれたような様子で空席になっていたところを指す。

 これで全員が集まったようだ。


 バーレンが座ったことを確認すると、村長は立ち上がって男たちをぐるりと見回す。


「さて、みんな集まってようだし始めるとするか」

「……少し聞きたいのですが」


 村長の言葉にバーレンが疑問の声を上げる。


「なぜいま、私たちが集められたのですか?定例会の時期ではないでしょうし、村に何か事件が起こったというのも聞いてないですし……」

「あぁ……それは今から説明する。皆に集まってもらったのはだな……」


 村長は言いづらそうに一瞬口ごもる。




「……邪龍様への生贄についてだ」



 男たちの顔に動揺が浮かび、場がざわめく。

 ざわめきを代表するかのようにバーレンが口を開いた。


「あの、時期が早すぎると思うんですが。前回からあまり時間がたっていないような気がする」

「確かにちょっと早いような気もするが……、実はな、先日邪龍様の住処から吠えるような声が聞こえたという報告があったのだ」

「邪龍様の咆哮……。いらだっているんでしょうかね」


 少しおびえたように言う。


「ああ、おそらくな。最近増えた魔獣に襲われた村の話を聞いただろう。邪龍様もその魔獣と戦って気がたっているのかもしれない。なんにせよ興奮した邪龍様に村を滅ぼされては大変だしな」

「そうですか…。それで我々が集められたのは次の生贄を決めるためなんですね?」


 バーレンは理解したとでもいうように聞くが、村長は首を横に振ってそれを否定した。


「いや、そうではない。今回に関してはそれは心配する必要がないと、私は思っているよ。集まってもらったのは形式的なものにすぎない」

「それはどういう……」

「生贄に関してはもう決まっているということだよ」


 その言葉にバーレンは何かに気づいたように顔を上げる。


「まさか……」

「そう、あの忌み子だよ。確かついこの間成人していたんじゃないか?生贄には成人した女性と決まっているから、いままで取っておいたのだがな」


 ああそうだった、今回はよかったな、と男たちが安堵の声を漏らす。

 彼の自分の娘や親せきが生贄になるのを避けられたからなのだろうが、忌み子を人間として扱っていないような声にバーレンは少し苛立ちを感じる。


「……生贄をささげる以外の方法はないんだろうか」


 苛立ちからなのか、バーレンは無意識のうちに声を上げていた。

 その声に部屋が静まり返る。

 こいつは何を言っているのかとでも言いたげな視線がバーレンに集まった。


「それはどういうことなのだ?バーレン」


 村長が低い声で聞き返す。


「例えばほかのものではどうでしょう。野菜とか、家畜とか、ええと……」

「それはだめだ。過去の記録からも分かるだろう。邪龍様が気を鎮められたのは人間の場合だけだ」

「それではいっそのこと邪龍を討伐しては?あんな危険なモンスターが村の隣にいるのでは危険すぎますし」

「邪龍様は強すぎる。冒険者で歯が立たないだろう」

「り、領軍を要請して……」

「こんなところに来てくれるはずもないだろう」


 バーレンはまだ代案がないかと頭を働かせる。

 その様子を見た村長が、諭すように話しかけた。


「バーレン、お前はまだ若いからな。生贄に賛成できない気持ちもわかる。しかし我々にはこうするしかないのだよ。いいじゃないか、今回の損害は忌み子だけで済むんだ。気にする必要はないだろう」


 村長の、忌み子を殺すことに何とも思っていない様子にバーレンは絶句する。

 いや、この場合はバーレンがおかしいのだろう。

 忌み子は差別されるべき対象であり、人間ではない。

 それが世界の常識なのだから。


 バーレンの絶句をどう勘違いしたのか、村長が大きく頷く。


「よし、全員が承認したことだし生贄はあの忌み子を使うことに決定する。日時は追って連絡しよう。今回の会合はこれで終わりだ。みんなご苦労だったな」


 お疲れさまでした、という声とともに男たちは立ち上がって部屋を出ていく。

 バーレンもそれに続くかのようにふらふらと、危ない足取りで部屋を後にした。


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