10.特殊魔法
―――声が聞こえた。
朦朧とした意識の中、その声だけがはっきりと頭に響く。
女性のもののようなその高い声は、どこか必至そうに聞こえた。
高貴な印象を受けるような声だったので、ちぐはぐとした違和感を感じる。
「―――邪神を、神を…殺して。あれは……世界にいてはいけないものだから」
邪神と神を殺す?
おとぎ話に出てきたあの邪神と、この世界を治めている神様のことを言っているのだろうか。
「あなたたちが、世界を救う最後の望みだから……」
世界を救う…か。
それが僕が転生してきた理由なのだろうか。
そんなものは勇者とかの役割だろうに、突然言われても混乱するだけだ。
「おねがい……」
ただ、どうしてだろう。
何かにすがるようなその声が、聴いたことのないはずのその声が、懐かしく、愛おしく感じるのは。
◇◆◇◆
――特殊魔法を開放しました。
ざわざわと、葉擦れの音がしている。
ざあざあと、水の音がしている。
体中からの冷たさと鈍い痛み、それに体への違和感を感じ、僕は意識を取り戻した。
「いっつ……。それにしてもここは?」
そう言って、あたりを見回す。
そこは、澄んだ水をたたえるきれいな湖だった。
その周りには背の高い木々が生い茂っており、ここが森の中であることを物語っている。
「あの時川に落ちて……ここまで運ばれてきたのか。運がよかった。あのまま死んでいてもおかしくなかったし」
あの激流の中を大したけがもなく流れて、沈まないでここまでこれたのは奇跡に近いんじゃないだろうか。
「魔獣から逃げられたときといい、なんだか運がいいな」
不幸中の幸いってやつか、と僕は呟いた。
ぼんやりとした意識が、次第にはっきりしてくる。
それと同時に、目の前の手がいつもとは違うことに気づく。
別に変形しているとか、欠損があるとか、そういうことではない。
ただ、少し大きいのだ。
まるで10歳ぐらい一気に成長した後のような、前世での僕と同じぐらいのような大きさだ。
驚いて、手を開いたり閉じたりしてみる。
すると、目の前の手も考えた通りに動く。
間違いなく僕の手だ。
感触もある。
「まさか……」
前を向いていた視線を下に向け、体全体を眺める。
するとそこには大きくなった手と同じく、成長した体があった。
服のサイズとあっていないのか、手や足が飛び出している。
元の体に戻ったのか?
そう思い、湖のほうに顔を向けるが、湖面には前世のものではない顔が映っていた。
ちょうど高校生ぐらいの、「エル」の面影が見て取れる顔だ。
「なんで……」
それほどまでに長い間意識を失っていたというのだろうか。
ただ、服はそこまで劣化していないので10年もずっとこのままだったとは考えにくい。
「そういえば特殊魔法が解放されたとか聞こえたな。それと何か関係があるのかも……」
……まあいいや。
異世界なんだから不思議なことが起こるのも仕方ない。
そう諦めると、改めて自分の置かれた状況を確認する。
川に落ちて流されてきたことを考えると、ここは村の近くにあった森で間違いないだろう。
「だとするとまずいぞ……」
森の中。
そこは村の大人たちからは決して入るなといわれていた場所だった。
冒険者もめったに入らないこの森は、魔獣の巣窟といわれていて、入ったら無事では帰れないとさんざん脅されていたのだ。
実際、たまに森に入る冒険者のほとんどが、小さくない怪我をしていた。
森の奥まで行ってないのにもかかわらず。
それほど危険な場所にただ一人、武器もなく食料もなく放り出されている。
今の状況はそんなものか。
生き延びたと思い安心していたがまだまだ危険なことには変わりなく、僕はげんなりする。
これではほとんど死ぬのは確定しているようだ。
しかし、こんな状況でも頼みの綱はまだ残されている。
「特殊魔法……」
なぜ今解放されたのだろうか。
もう少し早く使えるようになっていればいろいろなことがうまくいったのかもしれないのに。
そう思うがなかったものを悔やんでも仕方がない。
どんな能力だが知らないけれど、世界を救えなんて無理難題を押し付けられているのだからそれ相応の魔法なのだろう。
それなら魔獣と戦って、この森を出ることもできるかもしれない。
ただどうやって使うんだろう。
僕は魔法を使ったこともなかったため、その感覚がわからない。
それどころか魔力すら感じたことがないのだから。
うーん。
とりあえず念じてみるか。
「能力開放!」
僕はそう叫び、魔法を使うイメージを頭の中で描く。
イメージはひどく曖昧で頼りのないものだったが、それでも強く念じる。
考えて、念じて、それでも変化が訪れずにだめだったかと思ったその時だった。
唐突に、世界が、変わった。
大量の情報が頭に届く。
今まで感じ取れなかった、今まで見て取れなかった、今まで聞き取れなかった情報が。
人間の五感では拾いきれなかった情報が。
それらの一つ一つは規則性をもった、法則の塊だった。
この世の根幹となる法則。
力。
それが情報として、脳内に直接入ってくる。
木々の動きも、湖面の波も、空からの光も、そしてあたりに漂う謎の力も、そのすべての力が手に取るようにしてわかる。
それも物理の世界での力だけではない。
前世では感じられることのできなかった魔力も感じ取ることができた。
「これが、魔力……」
僕は感じたことのない力に興味がわく。
魔力量の少ない僕でも、ここまで鮮明に魔力を感じることができるのなら魔法を使うことができるのではないかと。
そう思い、目の前に感じる力に意識を向ける。
それを操るように、その法則に干渉するように念じてみる。
すると、目の前の魔力がすっとかたちを変えたと思うとその場所に、大きな炎が姿を現した。
魔法だ。
それも冒険者でもなかなかできなかったような大規模の。
「あれ?待てよ、ちょっとおかしいな」
魔法が初めて使えたという嬉しさを感じつつ、僕は違和感を覚えた。
普通、魔法を発動させるときには魔法陣というものが出る。
それは一つ一つの魔法に固有でついているもので、この魔法ならこの魔法陣といった様に決められている。
どんな基本的な魔法であっても魔法陣とは必ずついてくるものであり、魔法行使には必須のものなのだ。
なのにもかかわらず僕がいまだした魔法には魔法陣がなかった。
それは、既存のシステムから外れた魔法を使った、ということになる。
「まさか…僕の能力は力を見ることができるだけじゃなくて、操ることもできる?」
魔法のシステムを使わずに、その特殊魔法で魔力そのものに干渉した魔法を発動させたなら魔法陣が出ないこともあるのかもしれない。
それに今の魔法はここで使った魔力の大きさに見合わない、どう見たって消費した魔力よりも多いものだった。
力を操るだけではなくその大きさも調整できるのかもしれない。
「どんなチート能力だよ……」
手に入れた力の大きさに驚く半面、少しの嬉しさも感じつつ僕はそう呟いた。




