出立前夜
武具とは手入れを欠かせばすぐに痛むものである。刃こぼれ。錆び。経年劣化。手荒な運用に耐えられるのは、細やかな整備の賜物と言えた。
だから、戦いに用いられた武具は整備されなければならない。刃こぼれすれば砥ぎ直し、血はふき取り、錆びぬよう気を配る。
先の追撃。
曲者と共に水没する羽目になった黒衣の少年が引き上げられた際、その心の臓は止まっていた。女神官がすぐさま蘇生の業―――神の加護ではなく、口より息吹を吹き入れ、そして心の臓へと活を入れる技巧にて救わねば、そのまま神の御許へと旅立っていたであろう。彼の武装もその時引き上げられ、神殿に持ち帰られた今、柄や鍔を分解しての整備がなされている。
それらを行っているのは、女騎士であった。
水神の神殿の一室。石造りの部屋はそれなりに広い。椅子とテーブル。そして寝台が置かれており、星灯りが差し込んで来ていた。外には多数の衛士と神官、侍者たちが警護に当たっている。女騎士自身と、そして彼女が管理している神器の欠片を守るためだった。
「―――ぁ」
寝台で、声。その主は、身を起こし、だるい体に戸惑い、そして昏い中作業を進めている人物を目にした。
首をテーブルの上に置き、そして少年の武装を手入れしている女騎士の姿を。
「―――お師匠様」
「……ぉ……」
にこりと微笑む生首。
昨夜は言葉をかわせなかった。彼女が気を失っていたから。《《寝室》》へ彼女を寝かせたのは、死霊術師と少年だった。
少年が、この首のない魔法使い及びその師と出会ったのは故郷の村に住んでいた頃。いや、当時は首がないなど知らなかったが。旅をしていた彼女の剣技にほれ込み、技を習ったのだった。少年の小剣は彼女より授かったものである。かつて倒した敵から奪ったものだと聞いていたが。
「お師匠様も、死者だったんですね……」
「……ぅ……」
「はい。生きていても死んでいても、お師匠様には違いありませんから」
「…ぁ……」
女騎士は不思議な縁だ、と思った。まさか自分が鍛えた男の子が、かつて自分の乳房を口にした赤ん坊と共にこの街へやってきたのだから。
「……家族は、死にました」
「……ぉ……ぅ……」
人は、たやすく死ぬ。危険こそが、この世における日常とも言えた。だから人の類は、どんなにつらいことがあっても前を向いて生きる。そうしないとくじけてしまうから。
女騎士は、少年へと休むよう促し、少年もそれを受け容れた。
「……おやすみなさい」
「……ぅ………」
◇
「先日は申し訳ありませんでした。そして、これはもう一人の魔法としての言葉です。星神と魔法の失態から起きた事態を、よくぞ収めてくださいました。感謝しております」
「…ぁ……」
少年が寝静まったあと。部屋を訪れ、女騎士へ深々と頭を下げたのは翼を出した女神官だった。女神官は謝りに来たのだった。昨日女騎士を傷つけてしまったことを。
女騎士は立ち上がると、翼持つ女神官を抱きしめた。
「……ぁ……」
女神官への言葉。それは、自分が別のものへ変化するとまどいは分かる、と告げるものだった。死を潜り抜け、そして内なる悪しき欲望との戦いを続けている女騎士にとって、女神官が直面している問題はかつて己が通って来た道でもある。
「―――ありがとうございます。そういっていただけると、救われます。
実は、お別れを言いに来ました。明朝出立せねばなりません」
「……ぁ」
「はい。追撃の命が下りました。私と友人、そしてそこの彼。この三人で、賊を討ちます。書庫より鋼の戦神にまつわる魔導書を奪った、首なし騎士を」
「…ぅ……」
「ええ。来ていただければ大変心強いのですが、あなたには神器の欠片を守っていただかなくてはなりませんから」
「……ぉ…」
「はい。無事に戻ります。必ず」
そして、ふたりは離れ、女神官は部屋を辞した。




