我が家へと
「わたしはね。あなたを預かり、その身に迫る危険のことを聞いた時、こう思ったのです。なんと過酷な運命を背負っているのでしょう、と。
だから、水神に誓いを立てました。あなたを守り、立派に育て上げると」
水神の神殿。その、長が座する部屋である。
テーブルを挟んで長の対面に座った女神官は、相手の話へ耳を傾けていた。
「では。それが、私がこの神殿で育てられた理由なのですか?」
「ええ。それに、星神の神殿へあなたを預けてごらんなさい。大切にするでしょう。神の使いとして。そんな環境で育った赤子が歪まないと思いますか?」
長の言葉に女神官は苦笑。
「では、神の声が聞こえないというのに私に法衣が与えられた理由をお聞かせ願いたい」
「知れたこと。あなたが比類なき実力と信仰心を兼ね備え、そして神の力を行使できたからです。あなたの力の源泉があなた自身であることは分かっていました。だから、あなたがそれに気付くことを試練として課したのです」
「力の根源が何であろうと構わない、と?」
「神のご加護は、使命の遂行に必要だからこそ与えられます。あなたには不要でしょう。それでもあなたが願えば、与えてはくださるでしょうが」
加護とはあくまでも手段なのだ、と長は語った。
「なるほど。乱用は控えましょう」
「よろしい。
しかし、あなたのその翼にも驚きましたが、あなたと共に送り出した娘がああなっていたのにはさらに驚きました。まさかこの神殿で二人も首なし騎士を目にすることになろうとは」
「はい。わたしもです。まさか、幼いころから可愛がってくれた方がまさか首なし騎士だったとは思いもしませんでした。よく出入りを許されましたね」
「我々は彼女の存在を認めることとしました。理由は明白で、鋼の戦神と交渉し、太陽神と人の類を救ったからです。あなたのお友達を敷地に入れることを許したのも、既に出入りしている者がいたからなのですよ」
「私としても―――私の中にいる彼女も、あの方には感謝しています。神獣を蘇らせるのに加担した私。そして神獣をこの世に招き入れた星神の過ちの償いを、代わって行ってくれたからです。昨夜はあのような事になって大変申し訳なく思っています」
「ならば、後で謝っておいでなさい」
「はい」
そして、女神官は場を辞した。
◇
燦々と太陽が照り付け、しかし爽やかな風が抜けていく市街地。太い水路に橋が架かっている広大な街路を歩いている黒衣の少年は、大変に物珍しそうであった。
「凄いですね……」
「…ぁ……」
「街を守るための堀の外側に、新たに市街を拡張していった結果だ、と言ってる」
五体満足な女剣士の言葉を翻訳する女神官。少年は魔法を身に着けていないため、女剣士の言葉は相変わらず分からぬ。身振りや唇の動きから読み取ることはできたが。
「へぇ……」
港町は、大河から引いた水を流した堀を防御とする都市である。拡大を繰り返していったこの土地は、堀の内側が限界を超えるたびに、その外側へ新たな市街を建築し、そしてそこを守るために堀を作る、ということを繰り返してきた。そのため、街中は堀だらけである。それは流水をいつでも手に入れられるという事でもあった。
「それになんというか、清潔ですね」
「ああ。神殿が色々啓蒙してるのさ」
髪の毛一本、木くずひとつであろうともこの都市では拾い集められる。小遣い稼ぎに集めて売る仕事をしている子どもたちがいるのだった。あらゆるものは拾い集められ、再利用される。再利用する方法を考えるのが人間というものだ。糞尿の類も、港町が支配している近隣の村々へと回収され、肥料として再利用されているほどであった。もっとも、それを可能にしているのは港町の治安の高さであろう。
「穢れは疫病を産む。疫病に対処するよりは先に穢れを取り払ったほうが安上がりだからね」
神殿は合理主義者の集まりである。世界はそうであることを、神殿に課す。
一行は進み続け、そしてある大きな屋敷の前にたどり着いた。塀で囲まれ、内には水路を引いた建物である。
女剣士の実家であった。
「……ぉ……」
彼女は不安そうだった。




