啓示
戦いとは魔法である。
本来続いていくはずだった生命の流れ。それを断ち切る行為はすなわち、運命そのものを変更するのにも等しい。故に戦士とは魔法使いである。刃とは祭器であり、武術とは魔法の儀式そのものだ。
真に極められた剣技とは、だから強大な魔法に等しかった。
◇
月光が照らし出す夜の湖。
そのほとり。足首ほどの深さの水辺で、刃を振るう美しき女体があった。
首がないそれは、女剣士の胴体。一糸まとわぬまま刃を振るうその様子は、まさしく剣舞。魔法のごとき流麗な動きは実に洗練されていた。
一連の動作を終えた彼女は、やがて刃を収めた。
誰が見ても称賛するであろう舞。しかし、それを行った当人は不満だった。
斬れない。
思い浮かぶのは女神官の顔。
彼女を斬れる流れが思いつかぬ。いや、刃を当てることはできるであろう。だがそこから先に進む方法がどうしても思いつかぬのである。
もちろん友人を殺したいわけではない。だが、これは剣士としての本能のようなものだった。己に斬れぬものなどあってはならないという強い自負。
そもそもあの力。いかなる刃も通用せぬ力が女神官に備わっているとは。古城で披露されるまで、女剣士はちっとも知らなかった。
まるで、神話の半神のごとき力。すぐれた知性。そして星神の庇護。まさか。まさかとは思うが―――
かぶりを振る。
思えば、女剣士は友人の事を何も知らぬのだ。女神官自身が自らの事を知らぬのと同じように。生涯の大半を共に過ごした仲だというのに。
女剣士は湖から上がり、衣を身に着け始めた。
◇
大地に広がる田園地帯を照らし出す日はまだ高い。そこは街道沿いに存在する小さな村。家屋は木造と石造りの構造を組み合わせたものが多い。この地を守護する地母神の神殿でも、幾つかの建物はそれぞれ用途ごとに石造りと木造の双方があった。そこの片隅には宿坊もある。光の神々は同じ陣営の兄弟神・姉妹神であるため、その神殿は基本的に共存共栄で、全ての神殿は他の神の巡礼者も受け入れていた。
巡礼を続ける修行者は神殿より提供される宿坊を拠点として聖地を礼拝し、救いを求める人々に手を差し伸べ、あるいは闇の勢力と戦いながら旅を続けるのである。そして、巡礼者はまた、各地の情報を伝達させていく役割をも担っていた。彼らがいることで、各地の神殿は情報を共有し続けることができるのである。
女神官もこの地母神の神殿で、村の者の相談に乗ったり、病や傷を手当したり―――よほど重症でなければ治癒の加護は用いぬが―――していたのである。少年も拙いながら、それらの仕事を手伝っていた。彼女らの足元には女剣士が隠れている。いざとなれば魔法でごまかす手筈であった。
今、ここでは女神官が、村人の攻勢に追い詰められていた。感謝に感謝を重ねられてたじろいでいたのである。
「ありがとうございます!本当に、本当にありがとうございました!!」
何度も女神官へ頭を下げているのは農民の女。その傍らには小さな子供が立っている。頭を打ったという子供のために、女神官が星神へ加護を願い奉り、そして無事に子供は意識を取り戻したからだった。
「すべては神の思し召しだ。感謝するなら私ではなく神にするようにしなさい」
「はい!ありがとうございました…!」
あえて星神という言葉を避けた水神の女神官に、何度も何度も農民の女は礼を言い、そして去っていった。
「……悪いことは何もしていないのになんというかこう、罪悪感が浮かんでくるな」
信じていようがいまいが力を与えてくれているから使っているが、こうも気前よく加護を与えてくれる星神には不気味なものを感じざるを得ないのが女神官としての偽らざる内心であった。
「……ぁ……」
「何?気にしても分からないなら気にしない方がいい?けれど分からないのが不気味でね」
女剣士の言葉に女神官は苦笑した。理由もわからず与えられている力である以上、ある日突然消えてなくなっても女神官としては文句のつけようもない。だからこそ女神官は秘術を身に着けたともいえる。自らの力と断言できるものが欲しかったから。知識欲もあったが。同期からは「お前も神獣を呼び出さないように気を付けろ」と言われもした。
ふと気になって、窓から天を見上げる。
あそこに今も、星神の神獣は封じられているのだろうか?
―――否
聞こえた。
啓示。生まれた時から女神官の魂の奥底にあった祭壇。それを通じてもたらされた預言。
―――神獣は解き放たれた。お前が解き放った
巨大な―――あまりにも巨大な言葉が、女神官の魂魄を打ちのめす。
わたしが、星神の神獣を解き放っただと?
それは、いったい。
問い返す女神官。それに答える声はなかった。
◇
雑用を片づけ、女神官のもとへ戻って来た少年。彼が見たのは、床に跪き、手で体を支えている女神官の姿だった。
「だ―――大丈夫ですか!?一体何が」
少年が助け起こした彼女は、顔面蒼白。額からは脂汗を流し、震えていた。その体は信じられないほど―――それこそ女剣士かと思うほどに冷たい。
「……平気だ。啓示が降りた」
「……啓示」
啓示。神よりもたらされる言葉。そのほとんどは、ごく曖昧な内容。指針にとどまるというが。彼女が一体どんな啓示を受けたというのか。
少年が崇敬する女性は、無理やりに浮かべた笑みを顔に貼り付け、言った。
「だいじょうぶ。本当に、何の問題も、ない……」
少年にはとても、それが大丈夫だとは思えなかった。




