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くっ殺から始まるデュラハン生活  作者: クファンジャル_CF
第三話 闇の祭壇
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異界の魔神

そいつは、食事で忙しかった。

魔神デーモン。この異界の怪物は、そもそも人間に理解しえない存在である。この世の者とは存在のありようが異なりすぎるからだった。

今彼がひたすら貪っている娘の肉。これも、喰う必要があって喰っているのではない。何か人の類には理解しえない異質な動機によって行われているのだった。

そのあまりにも冒涜的な思考形態からなる邪悪な知性は、敵の侵入を察知した。

彼は食事を中断し、敵へ向き直った。


  ◇


「―――姉さん」

少年は、呟いた。

眼前に転がり、こちらへ救いを求めるかのように手を伸ばし、ガクガクと震え続けている全身骨格。額に邪悪なる紋様が刻み込まれたそれは、彼の姉のなれの果てに相違なかった。

「―――不死の呪い。それも偽りの生命を与えて死にぞこない(アンデッド)にするものじゃない。生きているうちに刻んで死ぬことを禁止(・・・・・・・)する呪いだ。彼女はまだ、生きてる(・・・・)。生きたまま、全身を喰い尽くされる苦痛を永遠に感じながら、無理やり生かされてる。なんてことだ。神よ」

さしもの女神官も声が震えていた。女剣士の首と戦棍で手が塞がっていなければ、手で聖なる印を切っていただろう。この冒涜的な光景から比較すれば、彼女の友人の身に起きた悲劇ですら生ぬるい。

彼女らの視線の先。その怪物は、いた。

全体の様子を一言で表せば赤ん坊。だがそんな可愛らしいものではない。落ちくぼんだ眼窩に宿るのは虚無であり、畸形的に巨大化した頭部は皺がはしり、口内でずっと咀嚼を続けている。首から下は不自然に小さく、アンバランスさが不快さを増長させていた。体毛はなく、肌の色は闇。手足の先には鋭い鉤爪。

手には、グチャグチャに切り開かれ、食いちぎられた肉塊があった。

こちらを見下ろすそいつの巨体は、人間の倍の高みにある。

「―――奴を倒す必要はない。その向う。あの祭壇を破壊すれば奴も肉体を維持できなくなって消滅するはずだ」

怪物の奥に、その祭壇はあった。

邪教によるものだろう。奇怪な文様の刻まれた石板が安置され、その上には漆黒の闇が広がっていた。あれがゲートだろうか。洞窟に充満する瘴気は、そこから噴き出しているのだった。

恐らく石板が地脈を吸い上げ、あのゲートを維持しているのであろう。

瞬間移動テレポートは使えぬ。ゲートによって次元が歪む中では何が起きるや分からぬからだった。徒歩かちで接近するしかない。

女剣士がすらりと刃を引き抜く。右手に細剣。その右には少年が並ぶ。左手には銀の刃。彼がここから逃げ出す際に瘴気にやられなかったのも、銀が持つ魔を払う力あればこそだろう。そして、最後尾。女神官は輝く戦棍を腰に下げた。左手には女剣士の生首。魔法で援護する構えであった。

戦いが始まった。


  ◇


魔神デーモンがこちらを向いた。

女剣士は疾走する。

大丈夫。奴とまともにやり合う必要はない。私か少年、どちらかが奴の脇を潜り抜け、そしてあの祭壇を破壊すればいいのだから。いざとなれば私が盾になってもいい。奴の攻撃は私に通じるであろうが。問題ない。見ろ、奴のあの不格好な体格を。まともに動けそうにないではないか。

魔神デーモンが掌をこちらへ向けた。魔法か?何やら口をもぞもぞさせおって。

警戒心を強める。

―――え?

なんだ。この内から湧き出してくる感情はなんだ。

怖い。

奴の姿が怖い。なんだあの虚ろな目は。ああ。おぞましい。手に握ったままの、人間のなれの果てが恐ろしい。一つ一つの立ち居振る舞いが怖い。あいつに殺されたらどうしよう。友人が死んだらどうしよう。ああ。―――己の化け物の姿が怖い。永遠に生きなければならないことが怖い。生の喜びを得られないことが怖い。苦痛を感じない事も恐ろしい。怖い。家族に化け物と呼ばれたら。知人に石持て追われたら。この姿で一生地上をさまよい歩かなければならないとすれば。怖い。助けて。ああ、誰か助けて……っ

―――いやああああああああああ!?


  ◇


突撃を開始した友人が座り込み、そしてその魂魄がまるで生娘のように悲鳴を上げたのを目の当たりにして、女神官はうろたえた。

あの勇敢な女剣士に一体何が!?

敵が何かしたのは間違いない。魔法か?魔神デーモンは魔界を守護する悪しき神の加護を引き出すことがあるという。―――思い出した。

「―――恐怖フィアーの加護か!」

死にぞこない(アンデッド)と化しても、女剣士の心は人のまま。故に精神へ悪影響を与える魔法を直接受けたのだった。これが魂の歪んだ不浄の生命であれば効かなかったであろうに!

女神官は考える。

大丈夫。死ぬ(・・)ような加護ではない。友人は死ぬほど震えあがっているだろうが、それよりも前に出ている少年を援護せねば!


  ◇


自分と反対側から敵へ突進する女剣士が突如立ち止まり、まるで小娘のようにガタガタと震え始めた。どころか座り込む。それを視界の隅に、少年は疾走。

恐らく魔神デーモンの魔法だろう。なんという魔力!だが自分には護符がある。あの方から、女神官様から頂いた護符が!!

少年は精神を集中。どのような攻撃にも抵抗レジストできるよう研ぎ澄ませていく。

敵が動いた。手を振り上げる。無残な姿になった肉を持つ側。姉の外側・・を振り上げ、こちらへ投じた!

間一髪。頭上を飛び去って行く。地面を転がり姉の抱擁・・をかわした少年は、勢いを殺さず立ち上がり、走る。自分は身軽さが身上だ。

それを見た敵が次の攻撃。こちらに掌を向ける。恐怖を与える邪悪な魔法だろう。来い。耐えてやる!

次の攻撃は、少年の足を叩いた。


  ◇


魔神デーモンが放った衝撃波フォースの加護。それが発した強烈な衝撃波が、少年の足元へ痛撃を与え転倒させたのを見て女神官は確信した。術の選択に間違いはなかったと。

印を切り、呪句が完成。万物の諸霊が助力し、魔法が完成する。目標はもちろんあの魔神デーモンだ。

それは、糸だった。

一本。二本。いや、幾つもの糸が無数に交叉し、網目模様を創り上げる。

鋼の如く強靭で、蜘蛛の糸のごときしなやかさ。剃刀のように鋭利で、抱擁のように敵を包み込む。

それは網。一本一本が刃の鋭さを秘めた糸によって構築された強靭無比な網が、敵の五体に絡みついたのである。

刃の網(ブレィド・ネット)と呼ばれる秘術であった。

魔神デーモンの体が切り裂かれていく。この秘術は、被術者が動けば動くほどその体を引き裂いていくのである。

―――これで動けまい。

女神官は安堵。この隙に次の術を使わねば。

甘かった。

敵たる魔界の怪物は、己の負傷など意にも介さず次の魔法を二つ同時に(・・・・・)発動させたのである。


  ◇


恐慌状態に陥り、小娘のように泣きわめく女剣士の魂魄。座り込む彼女の下。岩の地肌から、何かが蠢いた。

ぞわり

そいつは、ぬらめいていた。多数だった。吸盤を備え、軟体で、を反射した。

それは触手だった。おぞましき魔界の怪物の霊が邪悪なる魔力によってこちらの世界へと引き入れられ、そして女剣士の肢体に絡みついたのである。

―――ああ。ああ。あああああ!?いやああああああああああああああ!?

女剣士の恐怖は絶頂に達した。もはや抵抗の意志も失せ、赤子のようにいやいやするほかない。

そいつは、物理的には存在しない女剣士のを見つけ出すと、いともたやすく侵入を果たした。彼女の霊が絶叫・・していたが故だった。

それで終わらない。

下方より攻め立てる怪物どもの触手。そやつらは、彼女の体の下。その霊が備える二か所の城門・・を探り当てたのである。

抵抗の余地はなかった。

いともたやすく城門・・陥落・・させたそれらは、彼女の内側・・を蹂躙。肉体的苦痛も快楽も感じぬはずの女剣士はしかし、内側から湧き上がるおぞましき官能を確かに感じていた。蹂躙されていたのは彼女の肉体ではない。その魂だったがゆえに。

女剣士の肉体が浮き上がる。いや、持ち上げられた霊に従い、半ば魔法的存在たる彼女の肉体が引きずられたのだ。

―――いや。いや……許して……たすけて……

女剣士は、意識を手放した。


  ◇


突如出現した鋼鉄の網。それに魔神デーモンが縛り上げられたのを見て、黒衣の少年は勝った、と思った。あの女神官の力であろう。

攻撃を受けた足を確認する。大丈夫。折れていない。きっと護符のおかげ。後は敵の脇を駆け抜け、祭壇を破壊するだけ。

立ち上がろうとして、目が合った(・・・・・)。眼前の、全身骨格。まだ生きている、少年の姉の虚ろな眼窩と。

ガタガタと震えながら、彼女は手を伸ばした。少年の頬を撫でた骨の手は、冷たい。

彼女の額に刻み込まれた紋様が邪悪な光を放つ。これだ。姉に地獄の苦しみを与えているのは。

「大丈夫。待っていて」

笑顔を浮かべ、姉に告げ、そして立ち上がる。ふらつきながらも走り出そうとして。

魔神デーモンが、こちらへ手を向けていた。回避する余地はない。

その手から放たれた衝撃波フォースの加護。しかしそれは、少年を打ち据えることはなかった。

立ち上がった全身骨格が、少年の肉体を庇ったからである。

粉々になる

それをただ、少年は見ていた。


  ◇


―――くそ、強すぎる!!

女神官は額に冷や汗を浮かべていた。敵が想定を上回って強力すぎる。奴は一体あと、どれだけの加護を残している?こちらを上回る詠唱速度。しかも二つ同時に発動させるとは!

刃の網(ブレィド・ネット)を意に介していないのを見ると、生半可な攻撃は通用すまい。どうすればよい!?

―――二つ同時(・・・・)

思い至った女神官は、呪句を唱え印を切り、秘術の詠唱を開始した。


  ◇


粉砕され、断片が地面へとまき散らされる全身骨格。

それは紋様の呪力により早くも寄り集まり、再生していこうとしていた。ここまで破壊されても死ぬことすらできぬのだ。彼女は。

それを呆然と眺めていたのはほんの一瞬。少年は、姉が作った隙をつくべく飛び出した。

そこへ、鉤爪が振り下ろされた。

左の小剣で受ける。吹き飛ばされる。無様に洞窟内部を転がる少年。

奴が、四つん這いでこちらへ寄ってくる。後方で女神官が必死に詠唱しているが間に合うかどうか。

転がる。敵の攻撃を間一髪で躱す。二発。三発目が肩を掠めた。次はもう無理だ。

―――姉さん、ごめん。

少年は、死を覚悟した。


  ◇


朗々たる呪句が響き渡り、そして万物に宿る諸霊への請願が完成する。

膨れ上がる魔力は、女剣士を包み込んだ。

それは破壊の魔法だった。

女剣士の魂を蹂躙する二つの魔法。すなわちおぞましき触手の怪物を現世へ繋ぎとめる不浄の力と、そして恐怖を呼び起こし、増幅する加護を打ち砕く、魔法消去ディスペル・マジックの秘術。

女剣士の生命を支える魔法には影響はない。これは永続する魔法には力を発揮せぬのであった。

宙へ持ち上げられていた女剣士の肉体。それが支えを失い、落下。その衝撃で彼女は意識を取り戻す。

彼女は飛び出すと、腰から大剣を抜き放った。


  ◇


―――来ない。

少年の眼前。敵の爪が止まっていた。首のない麗人によって構えられた大剣によって受け止められたのである。

己が九死に一生を得た少年。その前で、女剣士は徐々に押し込まれているように見えた。あの剛力ですら抗しきれぬのだ!!

己の役目を悟った少年は、素早くその場から駆けだした。奥の祭壇へと向けて。


  ◇


前方で友人が徐々に押し込まれていく様子。それを女神官は見つめ、そして打開策を考えていた。

女剣士は消耗している。肉体ではない。魂そのものを蹂躙されたせいで、肉体の能力を支える霊力までもが衰えていたからである。あのままでは少年が祭壇を破壊するより先に、友人がやられてしまう!

女神官は、咄嗟に神に祈った(・・・・・)

星神よりの加護。女剣士に与えるものではない。自分自身に与える加護だった。

女神官は、自らの唇を、抱えている友人の生首。その口へと当てた。呪術的経路が構築され、膨大な霊力が女神官より女剣士へと流れ込む。活力賦与トランスファー・メンタルパワーの加護。

それは女剣士の首から下へと流れ込み、そしてその痛めつけられた魂魄を回復せしめたのである。


  ◇


―――ああ。暖かい。

流れ込んで来るのは、生命の営み。忘れていた生の喜びが、暖かく健やかに、女剣士の四肢へと流れ込んで来る。それは女神官の生命そのものだ。

足を踏ん張る。腕に力を籠める。大丈夫。こちらの方が力は上だ。押し返す。勢いに任せて相手を跳ね飛ばす。

そこへ踏み込み、剣を一閃。切り飛ばされた敵の腕は空中で溶け、汚泥と化して消える。魔神デーモンは魔法的存在であり、この世の外側に住まう者を殺す力を備えてはいる。だが、死者ではない。物理的攻撃に屈するのだ。叩きつけられたこの世の法則で傷つくのである。

とはいえやはりこの世の理の外側に住まう者。奴の腕はすぐさま再生が始まっていた。断面から新たな腕が生えつつあるのである。殺しきるのは難しいだろう。だが問題ない。

女剣士は踏み込んだ。


  ◇


祭壇の石板。

とうとうそこへたどり着いた少年は、石板を両手でつかみ上げた。そいつが発する魔力が手を焼くが構わない。

地面へ叩きつけられた石板は、粉々に砕け散った。

ゲートが急速に減衰し、やがて消滅する。


  ◇


―――GGGUUUUUUURRRRRRRRROOOOOOOOOOOOO!!


魔神デーモンの咆哮。

崩れていく。異界の法則で構築された怪物が。そのかりそめの肉体が消滅していく。

ゲート越境・・してきたこの怪物は魔界に戻る術がない。あちら側の肉体ごとこちらの世界へ出現したのである。存在そのものが滅ぶはずだった。

もがくそいつは、急速に腐敗し、足元から溶け、それですら蒸発していく。

やがて最後に残ったのは、汚らしい染みだけだった。

ゲートを通じて魔界になかば浸食されつつあった洞窟内の空間も清浄に戻る。瘴気が一斉に消滅したのである。既に魔物へと変じた魔界獣アザービーストどもは残るから、駆除が大変だろうが。

そして。

「姉さん……」

皆の眼前。邪悪なる魔法を刻まれた娘はまだ、生きていた。術者が滅んでなお。

少年は、女神官を振り返った。

「……すまん。魔法は打ち止めだ。太陽神に委ねるしかない」

疲労困憊となった女神官の言葉。それは、日の出まで少年の姉が苦しみ続ける、ということだった。

少年は頷くと、地面に転がり、苦痛にもだえ苦しむ全身骨格を抱き上げた。

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