動く死体
「やれやれ、酷い目にあった。カタが付いたら後で荷物を取りに戻らないとな」
「……ぁ……」
「―――」
そこは明るく照らし出された洞窟の入り口。自分の得物に光明の秘術を付与した女神官は、光を発する戦棍を振り上げ周囲を確認していた。
岩妖精の住居である。
岩妖精は完全な闇でも目が利く。とある賢者の研究によるとどうも熱を直接見ているらしい。自分の体の熱が光源となるわけだ。なんと便利な。
とはいえ彼らも人の類であるし、他種族との交易もするから、入り口近辺においては採光用の穴がいくつもあけられているのが常であった。
今彼女らがいるのはその、入ってすぐの広い空間である。
魔界獣の群れを突破した後、彼女らはここへたどり着いたのだ。敵中を突破する際、女剣士は獅子奮迅の活躍をした。疲労せぬ体、剛力、不死。これらをそろえた彼女がいなければたどり着く前に全員が果てていたに違いない。こと、多勢を相手にする場合彼女ほど心強い味方はいないだろう。
「しかし瘴気が濃いな。あの魔界獣もこれを浴びて森の獣が変異したんだろう。少年。これを」
女神官から少年へと手渡されたのは、木でできた護符。女神官が秘術で作った魔法の品である。水神に仕えている女神官としては忸怩たるものがあるが、彼女が水神の護符を作っても加護を発揮せぬのだからこの際贅沢は言っておられぬ。女神官自身が首から下げている聖印は神殿より授けられたもの。ちなみに女剣士が神殿より授かっていた水神の護符は効力を喪失していた。この世の理の外に住まう者には神は加護を与えないからだ。まあ強力な魔法そのものである彼女は瘴気では変質しないので問題はないが。
少年が護符を首にかけるのを確認すると、一同は周囲を改めて検分した。
そこに残っていたのは、控えめに言っても惨劇のあとであった。
血。肉片。まき散らされた汚物。犠牲者の遺体が存在しないのが不気味である。少年の話から考えれば、彼らは自らの足で歩いて行ったのであろうが。どちらに行ったのかはさておき。
「―――この奥です」
少年が緊張した面持ちで指し示した先は、一寸先も見えぬ細い道。
女騎士が先頭。灯りを手にした女神官が続き、最後尾を少年が守る編成。
横穴の前を通り過ぎるときは、女剣士がいちいち顔を突っ込んで確認する。奇襲を受ければたまったものではない。
そうして進んだ先。
そこに、その空洞はあった。
空気が一変した。今までの瘴気が霧だとすれば、そこに淀むのはまるで雪。そう思えるほどの濃密さが漂っている広大な空間だった。
そして多数の人影。背が低くがっしりした体格。老若男女様々な彼らは岩妖精であろう。だが、明らかに生命あるものではない。体が切り裂かれ、目はうつろで、動きはぎくしゃくしている。動く死体と呼ばれる死にぞこないであった。邪悪なる魔力によって死ぬことすらできずにさまよい、生者を襲う怪物である。彼らは手にしたツルハシで掘削作業を行っていた。主人たる魔神の巨体がこの洞窟から出られるよう拡張工事に従事しているに違いない。
そして、彼らの中には2体だけ、岩妖精ではないものがあった。人間の男女である。
「―――父さん。母さん」
少年が、呆然と呟いた。彼は、両親が死ぬ瞬間を見ていた。だからこうなることは予想していたが、しかし実際に目の当たりにした衝撃は大きい。
女剣士が、腰に帯びた2本のうち、大剣を引き抜いた。動く死体は死にぞこないとしては最下級である。物理的暴力に屈するのだ。
旋風が巻き起こった。
空洞を縦横無尽に駆け巡る首なし騎士の圧倒的暴力は、たちまちのうちに闇の怪物どもを一掃する。死にぞこないとしての格があまりに違う。
その様子を、少年はじっと見ていた。親しい人々。商売を通じて付き合いのあった岩妖精たち。そして両親。魔界の魔力によって辱められた人々の遺体が粉砕され、両断され、そして正しき死の眠りに就くさまをずっと、見つめていた。
全てが終わり、そして女神官が告げた。
「―――行こう」




