23 御さぬ力とやってきた援軍
「くそ…本当にっ、不死身だねこれは…!」
3体のヴェグナの攻撃を掻い潜りながらも刀を翻すアルフは、そう悪態をついていた。いくら腕を斬っても、脚を裂いても、あまつさえ首を落としても再生する。明らかにその生命線と思われるクリスタルは砕けず、有効な手段が見つからない。
「オォォオオオオラァアアァァアアアッ!!」
斜め下から斬り上げる形で放たれたアルフの斬撃は、その軌道から魔力そのものが飛ばされる。新緑の光は、ヴェグナの脚を深々と斬り裂いた。その一撃によって体勢の崩れた一番大きなヴェグナの顔面に、飛び上がったグレイの拳が炸裂する。グレイに殴られたヴェグナの横っ面が爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。その威力によって、ヴェグナはゆっくりと倒れていき、近くにいた中型の1体を下敷きにする。
そしてそこへ、無数の閃光が飛び交った。リィルの魔力銃による攻撃だ。
土煙が上がり、それを期にアルフとグレイは一度後退し、リィルと合流する。
煙が収まった頃には、ヴェグナは完全に再生を終えていた。
「このままじゃあ、じり貧だな…。あいつらが縮みきる前に、こっちが魔力切れになるだろうぜ、こりゃ」
額の汗を服の袖で乱暴に拭いながら、グレイがそう言った。その言葉に、アルフは小さく頷いた。
ヴェグナは、失った部位を再生する度に、僅かだが縮む。今までの戦闘、そしてレーヴェティアからの情報で、確かにそれは間違いない。だが、だからと言って再生できなくなるまで攻撃し続けられるかと問われれば、答えは否だった。
現在の戦力は、アルフ達『勝利の御旗』4名と、ガイルとウルドの計6名。対して、ヴェグナは3体。15メートル程が1体、10メートル程が1体、そして5メートル程の個体が1体。
5メートル程の大きさのヴェグナは、今や元々のサイズのおおよそ3分の2程度まで縮んでいる。このまま攻撃し続ければ、これに関しては近い未来に撃破出来るかもしれない。
だが、問題はその他2体の方だ。なまじ元々が大きい故に、小型のそれに対しては大打撃になる攻撃も、その巨体を前にするとその効力は小さくなる。目に見えて縮んでいる小型の1体をよそにして、他の2体は然程縮んできているとは思えなかった。
現状の戦況は、小型の1体をロッティ、ガイル、ウルドの3人が攻撃し、残る2体をアルフ、グレイが抑え、リィルは状況に応じて両者の援護を行う、という形となっている。
元々は小型の1体を集中的に狙う形だったのだが、小型のヴェグナが不利と見るや、他の2体が庇うような動きを見せた。結果、この2体を引き剥がさざるを得ない状況となった。
少なくともヴェグナの動きを封じることが出来るだろう強力な攻撃手段を持った3人がそれぞれバラけ、そして小型のヴェグナに戦力を集中して一気に叩いてまず数を減らそう、という作戦だ。
最初に集中攻撃していたことも相まって、実際小型のヴェグナが目に見えて縮んでいることから、確かにこの作戦は正しいのだろう。だが、相手が悪かった。如何せん、何度も何度も甦る化け物だ、小型と言えども、中々倒すには至らない。そして、それは戦闘が長引くことを意味している。
アルフはチラリと視線を正面のヴェグナから外す。アルフ達のいる場所から数十メートル離れたところでロッティ達3人が戦闘をしているのだが、その攻撃の手数が目に見えて減ってきていた。
天に向かって掲げたロッティの両手の上に、大きな炎の塊が出現する。グルグルと渦を巻く大火球が、ガイルとウルドが攻撃を叩き込んでヴェグナから距離を取ったところに放たれる。
だが、それは本来意図していた軌道を辿らず、ヴェグナの僅か横にずれた地面へと直撃した。結果的に炸裂した炎が広範囲に広がり、ヴェグナを焼くに至ったが、明らかにロッティの魔法の精度が落ちてきていることが窺える。
「はぁ…はっ……はぁ……っ…!」
苦し気に大きく息をつくロッティ。その呼吸の度に肩が上がり、流れる汗が、彼女の長い髪を頬に貼り付かせていた。
ロッティだけじゃない。ガイルとウルドも表情を強ばらせ、息を荒げている。3人とも、魔力が底を尽き始めていた。
それもそうだ。この戦いだけじゃない。ここに来るまでの間も、彼らは魔物と戦ってきていたのだし、いくらアルフの収納魔法によってしっかりとした寝床が確保出来ると言ったって、それでも街の外に出ていることに変わりはない。安心しきって休む訳にはいかない。魔力もそうだが、疲労もピークなのだった。
そして、ヴェグナの攻撃に対しての認識。ヴェグナの吐く炎は、明らかに触ってはならないものだ。万一にも喰らう訳にはいかない。必然的にその口に意識が集中してしまい、その意識の隙をついて脚や腕が振るわれる。魔法によって治癒を行いながら戦ってはいるが、段々と回復に回せる魔力の余裕が無くなってきて、傷が増えていく。
今では傷を完治させるに至っているのは、潤沢な魔力量のアルフだけだ。そして、基本的に魔力銃による遠距離攻撃を担当するリィルは負傷していないため、傷はない。
だが、他の者達は、大小違いはあれども傷を負っていた。
攻撃するにも、防御するにも、回復するにも、魔力が必要だ。
このままでは、ヴェグナが倒れる前に、ロッティ達が力尽きる──。
「……グレイ、リィル。ちょっとの間、この場を任せられる?」
どうにかするしかないと思ってそう言葉を口にしたアルフだったが、その返答は芳しくないものだった。
「…任せとけ! …って言いてぇところだけど、キツいな…。オレの方も魔力が大分減っちまってる。あんなのを2体も抑えとくにゃ、リィルの援護があっても、遠距離攻撃の手段がねぇオレじゃ難しいぜ」
「…だよね。リィルはどう思う? っていうか、あとどれくらい持ちそう?」
「…魔力量の方は心配いらないわ。私もそれなりに多いから、まだ当分は大丈夫よ。けれど、どうやってもヴェグナを倒しきるまでは持たないわ。ロッティちゃんに魔力を渡したい、ってことだと思うけど、アルフとロッティちゃんが一度離れちゃうと、私も向こうの援護の比率を上げないといけなくなるわ。そうなると……」
「キツい…ね。くそ…一度態勢を立て直す時間があれば、多少は変わってくるのに…」
アルフ達がこの場にヴェグナを留めておかなければならない理由。それは、この近くにレーヴェティアと親しくしている農村が存在することだった。
もしもアルフ達がこの場を退いてしまったら、ヴェグナのその不気味な双眸はその農村に向いてしまうかもしれない。
だから、少なくとも村民が避難する時間は稼がないといけない。退くに退けない状況だった。
「手持ちの『アウラノ結晶』も、もう使いきっちまってるしな。せめてオレがアルフから魔力を分けてもらえりゃな…」
「…魔力は人によって微妙に違うからね…。直接譲渡は、オレとロッティの間でしか出来ない…。魔導具越しになら話は別だけど、『アウラノ結晶』越しじゃあ手間も時間も掛かりすぎるね…」
魔力を分け与える──。そんな魔法は、実のところ存在しない。魔力を蓄えることの出来る『アウラノ結晶』のような魔導具を使用するならまだしも、直接手渡すことが出来るような代物ではない。
魔力と呼ばれる力は、人によって若干の違いがある。一度何らかの媒体を挟むことで渡すことが出来るのだが、直接的にそれを行おうとすると、どうにも失敗する。
下手をすれば、譲渡する筈の魔力を失うだけの結果になるどころか、魔力が暴走して負傷する、という可能性すらある。
血縁関係の者同士で行っても、それは上手くいかない。
もしそれが可能であるとするならば、それは魔力の波長とでも言うべきものが、ぴったりと一致する者同士である場合だけだ。
そして、どうやらアルフとロッティは、それに該当するようだった。
『勝利の御旗』では当たり前となっている、エアリアル・レイドを用いた移動法。だが、それは2つの条件が揃って初めて可能となる。
まず、長時間移動を行うだけの、潤沢な魔力量。そして、暴発や制御ミスによる自身の損壊を引き起こさないだけの、精密な魔力制御能力。
アルフは魔力量自体は凡そ人間とは思えない程のものだが、それを行える程の技量は持ち合わせていない。
逆にロッティは、魔力制御能力こそ高いものの、それを行うだけの魔力量が足りない。
あの馬鹿げた移動法は、魔力の譲渡という本来あり得ない手段があってこそ可能なのだった。尤も、その両方の条件を満たす者がいたとしても、一歩間違えれば潰れたトマトか何かになろうそれを気軽にやろうとは思わないだろうが…。
アルフがグレイとリィルにこの場を任せたいと言ったのも、ロッティに魔力を譲渡する時間を得るためだ。魔法の天才であるロッティの魔力が全快となれば、あちらの戦況は大きく変わるだろう。
だが、いくらリィルの援護があっても、流石にグレイ1人で大型のヴェグナ2体を相手取るのは、無謀だった。
逆にロッティにこちらに来てもらう、というのも難しかった。ロッティがあの場を離れれば、必然的にヴェグナの相手をするのはガイルとウルドの2人となる。だが、Eランク相当の実力しか持ち合わせていないこの2人だけでそれを行うのは、どう考えても無理だった。
「やーっぱ援軍が欲しいとこだな。副団長にゃ何とかするなんて強がってみたものの、こりゃマジでヤベェぜ…?」
そう言ったグレイの表情には、いつもの勝ち気な色は浮かんでいなかった。普段おちゃらけて、あっけらかんとしているグレイが、厳しい表情でヴェグナを睨んでいる。それが、事の深刻さを如実に顕していた。
「……あ」
その時だった。リィルがふと、声を漏らした。
「どうしたの、リィル」
「……もしかしたら、行けるかもしれないわ、アルフ。援軍が来たみたい」
飛び抜けた魔力感知能力を持つリィルは、こちらに向かってくる魔力を感じ取っていた。
真っ直ぐに、それはロッティ達の戦う場所に向かっているようだった。
「…4人来るわ! それだけいれば、魔力を渡す時間はあると思う!」
「……それは、ここを任せてもいい、ってことか、リィル」
「向こうの援護に気を回さなくていいなら、何とかするわ」
そう言ってリィルは、魔力銃を腰のホルスターにしまう。そして、展開される収納魔法。その収納容量は小さいものの、リィルも一応は収納魔法を扱える。
取り出されたのは、女の子が持つには不釣り合いな程に幅広な両刃の大剣だった。使い込まれているのだろう、その刀身には幾つもの傷が浮かんでいる。
「リィル…剣も扱えるの?」
「…扱える、って言うほど上等な腕じゃないわ」
リィルの言葉に、アルフは首を傾げる。言葉通りならば、じゃあ何で剣なんか使おうとしているのか、という話だ。
得意な得物ではないもので、あんな化け物と戦う──?
「それってどういう…」
「でも、これなら火力は十分になると思うわ」
やや食い気味に述べられたリィルの言葉。ピンと来ないアルフをよそに、さらなる言葉が投げ掛けられた。
「それよりアルフ、予備の武器って、あとどれくらいある?」
疑問符を大量に浮かべるアルフに投げ掛けられた言葉は、アルフをさらに混乱させるものだった。
未だに首を捻りながらも、アルフはその問いに返答する。
「ええっと…。刀があと8本。片手剣が1本。それから槍が1本…かな。それから、コーザル達一味から取り上げた武器があるけど…」
「それをこの場に残していってくれないかしら。多分それだけあれば、多少時間を稼げるわ。グレイ、1体なら抑えられる?」
「…可愛らしい女の子にそう言われちゃ、出来ねぇなんて言えねぇだろ? やってやるさ」
「オーケー。それじゃあアルフ、予備の武器を全て渡して」
大剣を地面に突き刺しながらそう言ったリィル。その所作から、恐らく自分の収納に武器を移そうということだろうと読み取ったアルフは、
「う、うん。わかった」
やや戸惑いながらも、頷いた。
何をするつもりかはわからないが、とにかくこの場を少しでも抑えてくれるというなら、素直に従おう。
アルフは収納から、しまっていた予備の武器を全て取り出した。無造作に地面に突き刺さったそれらを、リィルは収納魔法でしまっていく。
しまい切れなかった分の剣や槍は、いくつかその場に突き刺さったままだ。アルフのように馬鹿げた容量ではないリィルは──というか一般人は、まあこうなるだろう。
元々収納しているものもあるのだろうから、そんな一挙に引き渡されたところで、全てしまい切ることは叶わない。
とにかくしまえる武器をしまった後で、リィルは地面に突き刺していた大剣を引き抜き、その剣の腹をコンコンと叩いて感触を確認する。
そして、神妙な表情で剣を見つめてから、1発ね…と呟いて腰を落とす。
「大きい方は私がやるわ! グレイ、巻き込まれないように気をつけてね!」
それだけ言い残して、リィルは走り出した。一直線に駆け出したその先には、宣言通りに一番大きなヴェグナの姿があった。アルフ達を殺せないことに苛立ったように、まるで我儘な子供が地団駄を踏むが如く、何度も地面を踏みつけるヴェグナ。その眼前に迫ったリィルが、大きく跳躍して剣を振り下ろした。
「──えっ…?」
なんて事のないただのジャンプ斬りだった。それも真正面からの、何の変哲もないただの振り下ろし。子供がチャンバラごっこでもしているかのような、剣術などとは呼べないような、特に鋭さもキレもない一撃だ。だが、ただ一点に於いて、驚愕に値するものがあった。
キーン、と甲高い破砕音をあげて、ひとりでに剣が粉微塵に砕け散ったのだ。別にヴェグナに当たった訳でもない。ただ、込められた魔力の負荷に耐えきれなかったのだ。
柄から剣先までが、粉々になって宙に舞う。その金属片の舞いの中、膨大な魔力が放たれた。正しく一刀両断。15メートル近いヴェグナの巨体を頭から真っ二つに斬り裂いた青白い魔力の奔流が、ヴェグナを斬っても勢いを殺しきれずに、地面に深い傷跡を残した。
あれは武器として剣を扱っている訳ではない。ただ、魔力を放つための媒介として使用している。アルフはそう感じていた。
何かしらの物を媒介として放つ法撃は、直接身体から放つ法術と違い、その軌道を制御することや、放つ魔力を圧縮したり、といった御しきることにかけては法術に劣る。だが、詰まりはそれらに回す筈のリソースを、純粋な威力に回している、と見ることも出来る。
そう、何も考えずにただただ放つだけであるのならば、法術よりも法撃の方が威力自体は高い。
だが、本来は武器を壊してしまわないように、武器そのものに魔力でコーティングを施すことが必要だ。結界魔法とまでは言わないまでも、武器自体に掛かる負荷を軽減する程度には機能する。でなければ、例えば地面を穿つような魔力を纏うことなど、出来よう筈もない。
つまり、法撃で攻撃するに、実はこの武器へのコーティング能力が非常に重要になってくるのだった。どれだけ込める魔力に耐えうるバリアを纏わせることが出来るか。それが、法撃で戦うために必要な条件である。
だが、リィルの魔力は、そのバリアを破壊して余りある程に荒々しかった。これまでの銃による精密かつ繊細な腕前が嘘のように、力任せに腕を振るっているかのように。その様は、まるで自分の魔力にリィル自身が振るわれているようにさえ思える程だった。
ああ、確かにこれじゃあ、多量の武器が必要になるのも頷ける。そもそも1つの武器がリィルの攻撃に何回耐えられるのか、という、戦う以前の問題がそこにはあった。
というより、戦い、と称することさえ憚られる。それはもう、単なる魔力による暴力と言って差し支えなかった。
「……巻き込まれねぇように、ったってなぁ…。ったく、しゃーねぇか。アルフ、オレがリィルにぶった斬られちまう前に戻ってくれや…」
「う、うん…」
お互いに何とも言えない感じにそう言い合って、アルフはロッティの元に、そしてグレイはヴェグナの元へと飛び出していった。
そんなアルフ達のやり取りをよそに、既に3本目の剣が砕け散る金属音が聞こえてくる。
「……この調子じゃ、そう長くは持たないね…」
走りながらアルフはそう言って、渡した武器の数からおおよその時間を考える。
「…というか、武器が粉々に砕け散るってどういうことだよ…。あんなあり得ないくらい銃の時は凄いのに…」
刀身に込めた魔力に耐えきれずに折れる、というならわかる。実際に、それはアルフも経験がある。だが、流石に粉々になる様は見たことがなかった。
本来、それだけの威力を持つほどに魔力を込められるのならば、その武器に対するコーティング技術も比例してある然るべき筈だ。
仮にもし、その技術がなかったとして、それでもやろうとしたら、普通なら行き場を失った魔力が暴走する。その経験も、アルフにはあった。
まがりなりにも攻撃として放てているということは、魔力が暴走している訳ではない、ということになる。
武器へのコーティング能力が低いのか、とも考えたが、じゃあ魔力銃を使っている時はどうなんだ、という疑問が浮かんでくる。あれも立派な法撃だ。それなら、あの銃だって同じように砕け散るだろう。
「……よくわかんないなぁ…。……まあ、オレも言えた義理じゃないか」
脳裏に過ったのは、アルフの奥の手。最後の手段である法撃だ。
今はそれ以外に考えることがある、と頭を振って、その思考を外に追い出したアルフの視界に、見慣れた紅蓮の髪が見えてきた。
未だ荒い呼吸で肩を上下させ、座り込んでいるロッティの前に、そのロッティを護るように立つガイルとウルド。しかし2人とも満身創痍といった様子で、得物を杖に何とか立っている状態だった。
視線を移せば、ヴェグナとは3人の騎士が交戦しているようだった。
リィルが感知した人数は4人。最後の1人は、ロッティの隣に憮然と立っていた。その視線は、走り来るアルフに向けられている。
「……副団長。人員…間違ってるよ…」
援軍が来たことへのありがたさが、やって来た人物を見た途端に苦いものへと変化する。よりにもよって『紅蓮の炎』を寄越してくるなんて…。
果たしてロッティの隣に立ってアルフを睨み付けている人物は、ワインレッドの短髪に三白眼、アルフの兄弟子の1人で、レーヴェティア西騎士団の団長であるフィール・クォンタムの双子の弟──ライオ・クォンタムであった。




