19 解き放たれる災厄 4
「なっ…!」
「ほぇ…?」
口々に疑問の声を漏らすアルフ達を差し置いて、リィルは『魔導式情報端末』を見つめたまま、そこから返ってくる反応を待つ。
『…君は、新しく加入したというリィル・フリックリアさん、だったかな? どういうことだい?』
グレイの持つ端末から返ってきた声は、訝しむ色を孕んでいた。だが、リィルは負けじと言葉を発する。
「私達の前で、実際にヴェグナと思われる魔物が現れました。敵は恐らく他にもいる筈…。レーヴェティアの近くにまだ潜伏していてもおかしくないです! それに、特に前に捕らえたという人物達…。その人達は、ヴェグナを喚び出せると考えてかかるべきです!」
『…状況は端末を通して聞いてはいたけど、召喚魔法か……。にわかには信じがたいけど、団長の予測通りか…。ウルドさん、あなたの言った通り、その場にいるのはあのヴェグナで間違いないのかい?』
「……恐らくは。あの見た目、口から吐かれた黒い炎…。そう考えて間違いないと思います」
『…アルフ、その場にいた、君達が捕らえていた者達は、どうなったんだい?』
「舌を噛み切って、自殺しました。その後、黒い光に包まれて…魔物が3体現れました。男達は、光に呑まれて消えました」
『まるで生け贄だね……。ともかく、リィルさん、君の考えは尤もだ。団長も同じ可能性を懸念していてね。街中に潜んでいた者達は念のため街の外で拘留しているし、『鎖霊の首輪』も取り付けている。仮にそれが召喚魔法だとしても、魔法を封じられては使えないと思うよ。だから、残る問題は他にも街の周りに敵の手の者がいる場合だ。備えてはいるけれど──』
その言葉が終わるかどうか、といった時だった。3体の怪物が、まるで何かを喜ぶような、そんな狂気に満ちた咆哮を上げた。そして、それに続くように、東の空に光の柱が噴き上がる。
「あれは……!」
天を貫かんばかりの、暗黒の光柱。それは、今この場で見たものと同様のものだった。
『──リィルさん! 君の言うことは的中したみたいだ…! 恐らくそちらと同様の現象がこちらで起こっている! くそ…どういうことだ……『鎖霊の首輪』が効かないなんて…!』
端末から響いた、焦りの色が濃く浮かんだ声色。そして、それを嘲笑うかのように、事態はさらに惨劇へと加速する。
1つ、また1つと、光柱が増えていく。光の柱は、まるで何かを囲うように、計12箇所に現れた。
「おいおいおい…! どうなってんだよこりゃあよぉ……!」
『……こちらに出現したのも、ヴェグナみたいだ…! 捕らえた奴等を集めていた場所以外からも出現報告が上がっている! 救援を送りたいところだけれど、こっちも事態が深刻だ…! 幸い街中には現れていないけど、完全に街を囲まれている! そちらの近場に出ているチームを向かわせるけど、ヴェグナが相手となると、向かわせられる人員も限られてくる! あまり期待出来ないと思ってほしい!』
「……了解だぜ、副団長」
グレイがそう返答して、ポケットに端末をしまう。しかし、その表情はアルフ達同様に、固いものだった。
「街中に出なかった、ってのがせめてもの救いか。叔父さんの判断で街の外で連中を拘留していなかったら、最悪だった…」
「それでも街の危機にゃ変わりねぇな。こっちもこっちで、やべぇのが3体。援軍は期待できないと来てる。こっちはこっちで何とかするっきゃねぇってことだな」
未だ黒い炎を吐き出す3体の怪物。そのどれもが、アルフ達を狙っているというより、ただ単に周囲に破壊を撒き散らしているだけという状態だ。
だからこそ、こうやって話をする時間もあるが、かといって、このまま3体の怪物が向かってこないとも限らない。どころか、もし近隣の街や村の方に向かい出したら、それこそ被害は大きなものになる。
そして、それと同様のもの──いや、もしかすると、こちらに現れたものよりも大きいかもしれない。ともかく、そんなものが複数体。
レーヴェティアは、確かに優秀な騎士を多く持つ、非常に優れた街だが、騎士だけで回る街など存在しない。詰まる所、戦闘能力を持たない、一般の住民もいるのだ。
街を護ることは、騎士の最優先の責務だ。その街が未曾有の危機に晒されている以上、潤沢な応援など、望むべくもない。
そもそも、まだレーヴェティアまでそれなりの距離がある。仮に街に危機が迫っていなかったとしても、応援が来るにはそれなりの時間がかかるだろう。
グレイの言うように、この場はアルフ達だけで何とかする以外になかった。
「リィル、今の内に教えておいてほしい。街に潜んでいたっていう連中もこのヴェグナを喚び出す術を持っていた、っていうことは今さら疑う必要もないけど、それにしたってあの数…あれはもう、『召喚魔法の書』を狙っているとも思えない。レーヴェティアを滅ぼそうって勢いだ。あれじゃあ、肝心の『召喚魔法の書』も一緒に無くなりかねない」
アルフの言葉に、リィルは小さく頷いて、静かに息を吐いた。
「……ええ、アルフ、その通りなのよ。彼等の狙いは、『召喚魔法の書』じゃない。レーヴェティアそのものにあったのよ…」
「レーヴェティア…そのもの? どゆこと?」
「『召喚魔法の書』を狙った、というのは飽くまで口実。本当の狙いは、レーヴェティア内に戦力を──コーザル達を潜り込ませることにあったのよ」
「口実…? それに潜り込ませるって…。でも、捕らえられちゃ、意味がな──いや、違う…」
アルフは言いながら、副団長の言葉を思い出していた。それは、「『鎖霊の首輪』が効かない」というものだった。
そう、『鎖霊の首輪』が効かないということは、仮に『鎖霊の首輪』を取り付けられていようとも、ヴェグナを喚び出すことが出来た、ということだ。
そして、仮にそれが可能なのだとしたら──。
「街中で、召喚魔法を、発動するつもりだった…? わざと捕まって、街の中に入って…」
「お、おいおい待てよ! 幾らなんだってそりゃあ暴論だろ! 捕まっちまっちゃあ、どうなるかもわからないんだぜ? 殺されたかもしれねぇってのによぉ!」
「……レーヴェティアなら、殺されない」
「…えっ?」
「ガイルさんとウルドさん、お二人がさっき言った通りなんです。レーヴェティアなら、まず間違いなくその場で殺されるようなことはない。ヴァスタードならともかく、レーヴェティアなら。仮に数人が戦闘で死んだとしても、全員がその場で命を落とすことはない。少なくとも、その処遇が決まるまでは、絶対に…」
「──っ」
奇しくも自分達の身がそれを体現しているということに、ガイルとウルドは指摘を受けて気がついた。
そうだ、犯罪者となった自分達に、ラーノルドは何と言ったか。そして、少なからず、そのラーノルドの前に来るまで、自分達はどうであったか。
リィルの言うとおりだった。仮に犯罪者と言えど、レーヴェティアなら、即座に首を跳ねられるようなことはない。そして、犯罪者の身の振り方が決まるまでは、拘束・無力化こそされども、命までは奪われない。
それは、つまり──。
「…捕まってしまえば、普通に潜り込むよりも怪しまれることなく街に入れる。そして、実際に『鎖霊の首輪』も効かなかったってことは、確実に街中でヴェグナを喚び出すことが出来る。奴等は、レーヴェティアに入れさえすればよかった」
「ええ…。そして、街の中にヴェグナが現れて混乱したところで、街の外からも…という手筈よ。今、街の周りにヴェグナが現れたように」
「だが、レーヴェティアに潜伏していた者達はどうなる? それなら捕まる前にヴェグナを喚び出せば良かったのではないか?」
「……恐らくですけど、ヴェグナを喚び出すにはある程度の人数が揃っている必要があるんだと思います。しかも、適性があるのかも…。今この場に現れたのも、24人に対して3体。しかもサイズが異なっている。人数が多ければ多いほど…、そして、適性が高いほど、より強力な個体が喚び出せるんだと思います。その適性が最も高いメンバーが、コーザル達だったんだと思います…」
「……なるほど。だとすると、潜伏していた連中が捕まったのもある意味自然な流れか…。普通に集合していたら何かしら怪しまれても、捕まって一ヶ所に集められるのであれば、不審点もない。『鎖霊の首輪』によって無力化されている、という認識があるせいで、寧ろ警戒心も緩む。そこに、主戦力のコーザル達がやってくる…というシナリオか」
「けどさ、コーザル達は街の中に入れなかったわけじゃん。それはどゆことなの?」
「それが敵側にとっての誤算だったのよ。本当は、街の中に侵入させる筈だった。でも、団長が疑念を抱いた結果、コーザル達はレーヴェティアに侵入できなかった。でも、これは同時に、嬉しい誤算でもあった」
「嬉しい誤算? …侵入出来なかったのに?」
「……そうか、叔父さんが…レーヴェティアを離れた。そういうことか…!」
遅れ馳せながら、アルフも気づく。敵の本当の狙いを。
「叔父さんは、レーヴェティアで最強の騎士だ。それが街にいないってことは、必然、街を護る戦力が…その最大戦力が無くなるってことになる。つまり──」
「──最大戦力を欠いたレーヴェティアを討つこと。現状の敵のプランはそういうものになったのよ…」
「なっ…そんな話があって堪るかよ! 第一『召喚魔法の書』はどうなんだ! リィルの嬢ちゃんの言うとおりにそれが口実だったとしても、あいつ等があれを欲していたのは事実だろ! 実際、あいつ等はあれの在処を気にしてたじゃねぇかよ!」
ガイルが声を荒げるが、アルフは首を横に振りながら答えた。
「…確かに、それはそうなんだけど。だから、狙いの内の1つではあったんだと思う。けど、それはきっと、ついでなんだよ。あわよくば、程度だったんだ」
「あ…? どういうこった?」
「簡単な話なんだよ。そもそも、盗む必要がないんだ。だって、レーヴェティアを討てさえすれば──レーヴェティアが手に入りさえすれば、自ずとそれも転がり込んで来るんだから」
息を呑んだのは、ガイルだけではなかった。そして、それにウルドが反論を口にする前に、リィルが続きを口にする。
「勿論、ヴェグナが暴れたら、もしかしたら、『召喚魔法の書』は失われてしまうかもしれない。でも、それよりも、レーヴェティアを討つということに、意味があったのよ」
「んーと、レーヴェティアでヴェグナを喚び出して、街を壊して…そんで……街を手に入れる?」
そのロッティの言葉に、アルフとリィルが頷いた。
「そう、レーヴェティアを…というより、レーヴェティアのある場所が欲しかったんだ、あいつ等は」
「ヴェグナ達なら、喚び出しちまえば、勝手に暴れてくれる。後はヴェグナが消えて弱ったところを叩けばいいって寸法だな。普通に攻め入るより犠牲は少なく、そして確実性も高いってか」
それまで黙っていたグレイが、そう言ってほとほと呆れたとばかりに肩を落とす。
「けど、けどよぉ。何でレーヴェティアを討つ必要があんだ? レーヴェティアを討つって事ぁ、人類の大事な拠点を落とすようなもんだぜ?」
「それについては、あのおっちゃんが死ぬ間際に答えてくれてたじゃねぇか。『その身は全て、今なお苦しむ民のために』ってな。レーヴェティアっていう、”イクリプシアの脅威に晒される可能性が低い安全な場所”が欲しかったんだよ。そしてそれにプラスして、運がよけりゃ、『召喚魔法の書』や他にも魔導科学の技術をゲット出来る、ってな具合だろうな。安住の地と、高い技術力。その両方を狙えるお得な街なわけだな、レーヴェティアは。確実にそれが為せると思える力があるなら、よりいい条件に張るのは当然だよな、そりゃ」
それは、グレイの言うとおりだとしたら、少なくとも、彼等の出身の街からすれば、彼等は英雄に他ならない、ということを意味していた。
だってそうだろう、自分達の命を賭して、民が安全に暮らせる場所を──少なくとも、今より安心して生活の出来る地を手に入れようと戦っているのだから。
アルフ達、引いてはレーヴェティア側からすれば堪ったものじゃないが、それでも敵側からすれば、ある意味では正義を為していると言える。そこに、レーヴェティアの住民という夥しい屍が敷き詰められているとしても。
「…だが、レーヴェティアを狙うというのも、納得しきれない部分がある。他にも狙える街はあったのではないか…?」
「それについては、ある街が絡んでいるとすれば、多少説得力が出るかと思います…」
「ある街…?」
「……ヴァスタードです」
「ヴァスタード…だと…!?」
「ええ。飽くまで推測ですけど、今回の一件を企てた組織は、ヴァスタードに対して、自分達の実力を誇示する必要があったんじゃないかなと思います。ヴァスタードは、この地上で最も力を持つ街です。そこに実力を認められれば、その後の展開も有利になってくる筈。それに、強大な力を持った街を制圧する力を持っていると知らしめることが出来れば、ヴァスタードの魔導科学の力を手にすることに、その交渉のテーブルに着かせることに繋がるかもしれません。そして、そうする上で、最もそれを効果的に示せる街は、レーヴェティアを於いて他にありません。だって、レーヴェティアは、ヴァスタードに勝るとも劣らない力を持つ街なのだから」
「……仮に『召喚魔法の書』や、レーヴェティアの魔導科学が手に入らなくても、ヴァスタードからそれを引き出せばいい。むしろ、目の上のたんこぶを取り除けて、かつ実力をアピール出来る。そして、イクリプシアに狙われることが少ない住み処まで手には入る。……なるほど、そうなると、レーヴェティアほどその条件に好ましい街はない、だろうね…」
「ええ…」
ヴァスタード──。その街の存在が裏に在ると仮定することで、こうもレーヴェティアが狙われた理由が現実味を帯びてくる。
恐ろしい街だ。このヴェグナの召喚は、前の状況を見る限り、どういう原理か、術者の死に起因するようだ。
どころか、そもそも迂闊に殺すことも出来ない。死がこの召喚魔法発動のトリガーならば、殺せばヴェグナが現れてしまう。
そして、死んでしまえば、真実はわからなくなる。
真実を語る者は皆、余さず死んでしまう。仮に、ヴァスタードと繋がりがあったのだとしても、それを知ろうにも死体は語らない。
そもそも、ヴァスタードにはレーヴェティアを狙う必要がない。ヴァスタードを責め立てようにも、そのためのピースが無い。
さらに言えば、ヴァスタードからすれば、別にレーヴェティアでなくても良いのだ。ただ力を持った街であれば。イクリプシアに対抗しうる戦力を輩出する街であれば。
レーヴェティアが滅ぼされようと、寧ろそれだけの力を持った存在が現れたと考えれば、両手を挙げて喜ばれることだろう。
「今にして思えば、元々ヴァスタードにあった『召喚魔法の書』が狙われたことも、それがレーヴェティアにあることを知っていたってことも、ヴァスタードが絡んでるって考えると頷けるね…。その癖、もし本当にヴァスタードが関与していたとしても、実際に事を起こしているのは、ヴァスタードの人じゃないだろうし。当人が死んじゃあ、真相もわからないままだ。ヴァスタードを責めることが出来ない。その上ヴァスタードは、人類の戦線でも最重要な街だから、仮に黒幕だったとしても迂闊に手を出せない。ヴァスタードが弱ることは、その実、人類の生命線を傷つけることに等しいんだから…」
「……くそ、胸糞悪い話だな…本当に…!」
ウルドが地面を蹴飛ばしながらそう吐き捨てる。行動にこそ出さなかったが、皆思うことは同じようなものだった。
アルフだって、冷静な風に言葉を口にしているが、握られた拳は血が滲むほどの力が込められていた。
「……とにかく、あれこれ考えるのは後にしよう」
力んだ拳を解き、頭を振って、アルフは考えを棚上げする。そう、今は他にやるべきことがある。
「何にしても、レーヴェティアに迫った危機を……目の前のヴェグナ達をどうにかする方が…先だ」
「…ああ、そうだな。訊くまでもねぇと思うけど、あいつ等と戦う、ってことでいいんだな、アルフ?」
「……うん。放っておくわけにも、いかないからね…」
「勝算……あんのか、アルフよぉ?」
「さて…ね。とりあえずは、あのあからさまに弱点っぽい、胸のクリスタルを狙うくらいしか、思い付かないかな」
ガイルの問いに答えながらアルフが見たのは、暴れるヴェグナの左胸に輝く、骨と皮の隙間から覗き見える、粗削りな暗黒色のクリスタルだった。それは、大きさの異なるどの個体にも存在する、およそ弱点らしい弱点と思える場所だった。
絶えず拍動をするあれは、生物に於ける心臓と考えて良さそうだ。
「……何とも先行きの暗いこったな…ったくよぉ。奴さんの炎を食らったら、たぶん一発でお陀仏だ。つまりは出たとこ勝負ってことじゃねぇかよ」
「そうとも言うね」
苦笑するアルフに、ガイルはため息をつきながら、腰の鞘から刀──ガイルの元々所持していた剣は、レーヴェティア内の浴場前での戦闘で壊れているため、アルフの予備の刀である──を引き抜いた。そして、チラと横を見るガイル。その視線の先で、ウルドが頷いて、背負っていた槍を手にする。
「いいの、2人とも。もしかしたら、死ぬかもしれないよ?」
「死ぬのは御免だな…。だが」
「ガキ共を残して逃げ帰っちゃ、今度こそ団長に顔向けできねぇってもんだろ」
「それに、この鬱憤を晴らすには丁度良い手合いだろう」
「……ロッティとリィルは?」
「あたしはアルフが戦うなら戦うよー!」
「私も戦うつもりよ。さっさと片付けて、街に向かいましょう!」
その色に違いはあるものの、2人とも強気な笑みを浮かべている。
頷いて、最後にもう一度グレイに視線を移したアルフ。それに対してグレイが頷いたのを見て、アルフは深く息を吐いた。
「それじゃあ、一丁、怪物退治と洒落込もうか」




