18 解き放たれる災厄 3
「18…19…20…っと。これで全員か? それとも、他にもまだいるのかな?」
「……」
黙ったまま、特に答えは得られない。尤も、仮にまだ仲間がいるとして、それをペラペラ喋るような間抜けがいるわけはないが。
どうしようかな、とアルフが頭を掻いていると、新たに捕らえた者達の中でも年配と思われる、初老の男がゆっくりと口を開いた。
「見事、と言う他ないな。私達が来ることを、知っていたのか?」
その目線は、魔力銃を握るリィルに向いていた。
「ええ。魔力感知はずっと展開していたもの。あなた達が私達の周りに来ているのは、わかっていたわ。それに、ずっとこちらの話を聞いていたのでしょう? ポケットの中、かしら…」
そう言ってリィルが見たのは、先にアルフ達の襲撃を受けた4人の内の1人。襲撃を受ける直前、仲間達に『魔導式情報端末』で連絡を取ろうとしていたものだった。
「…バレていたか」
リィルに見つめられた男が、嘆息して下を向いた。
騎士やハンター、延いては、多くの人に利用されている『魔導式情報端末』は、通話やメッセージのやり取り、そして、端末の位置情報の特定が可能な魔導具だ。
1度使用すれば、その際に満タンになるまで、使用者から魔力を吸い上げて貯蔵するこの『魔導式情報端末』は、意図的に機能停止状態──破壊されなければ、5日間ほど待機状態が続く。
そして、この端末は、並大抵のことでは壊れない。グレイがぶん投げた岩盤に押し潰されても、機能するだろう。
つまりは、アルフの襲撃を受けても、『魔導式情報端末』は誤作動、故障は起こしていないのだ。
そして、仲間と通話状態──広範囲集音モードで繋げられたそれを、男は雷撃を食らう前に、咄嗟にしまいこんでいた。
これにより、仲間達は、アルフ達の会話を聞きながら、男達の危機や、ガイルとウルドがそこにいることを知ったのだ。
元々近くに居たこともあって、駆け付けるまでにはそう時間も掛からなかった。
対してアルフ達も、まだ仲間がいるだろうことはある程度想定出来ていたことだ。だから、リィルは魔力感知を最初から展開していた。アルフに出した丸印のハンドシグナルは、『敵を捕捉出来たから、いつでも問題ない』という意味を示していた。
「我々を魔力感知で捉えていたのであれば、とんでもない感知能力だな…。いや、最も恐るるべきは、その正確無比な射撃の方か…。まさか、唯の1人にしてやられるとは」
「それ程でもないわ。わざわざ大技を構えて、動かずにいてくれている的だもの」
「……そういことか。我々は、まんまと誘導されていたわけだ」
「あん? どういうこった? リィルの嬢ちゃん」
納得顔の初老の男に反し、質問してきたのはガイルだった。半眼になりながら、グレイが返答する。
「こいつ等がどの程度の人数でオレ達を囲ってるのかは、リィルが把握してた。けど、いつ攻めてくるか、そして、どう攻めてくるかはわからねぇ」
「けど、そのうち『いつ攻めてくるか』については、ある程度予測出来る。だって、『魔導式情報端末』を通して、こちらの会話を聞いてるんだからね。きっと欲しい情報を取り終えた後だ。オレでもそうするだろうし」
グレイの後を引き継いだアルフの言葉に、ガイルはああ、と声を漏らした。
「タイミングがわかりゃ、あとは攻め方だけどよ。それについても、こいつ等にとっちゃ、遠距離から一斉にぶっ放して、最大戦力で一気に潰すのが最適手だったわけだ」
「…何でだ?」
「ガイル。こいつ等、わざわざ目立つように大技を挙って使っていただろう?」
「……ああ、そういうことか!」
ウルドの言葉でようやく合点がいった様子のガイル。それに頷いて、グレイが続ける。
「アルフの”神月”だけでも十分かなーとも思ったんだけど、念のため、な。オレやロッティの攻撃は、単なるパフォーマンスだ。『アイツ等には近づいちゃまずい。強力な近・中距離攻撃がある』って印象付けるためのな。じゃなきゃ、いくらオレでもたかがオーク相手にあそこまでしねぇって。な、ロッティ」
アルフの攻撃も、目立つためにわざわざあんな高さから放ったのだった。落雷に似たそれは、見た目としても音としても、十分なアピールになる。
そして、グレイの岩盤投げ。そんな馬鹿げたパワープレイを行使するような奴に近づくのは危険である。
極めつけは、ロッティの放った”三手ノ災禍”だ。3属性4種の異なる法術を同時に放つこの法術は、極めて会得難度の高い法術であり、使用出来れば間違いなくBランク以上と称して差し支えない代物だ。
つまり、安全に、且つ確実に殺すには、気づかれる前に一斉攻撃で殲滅するという方法が最も理に叶った手法だった。
リィル・フリックリアという、規格外の展開範囲を誇る魔力感知、そしてとんでもない精度の射撃の使い手がいなければ。
勝ち気な笑みを浮かべ、ロッティに言葉を投げ掛けるグレイだったが──。
「ほぇ? そうなの?」
「……」
ロッティは天然でやっていただけだった。ロッティにしてみれば、あれくらいの法術など、造作もないのだった。
「…にしてもよぉ、もしそれでも敵が突撃を選んでたり、あっちの実力が予想以上に高かったらどうすんだよ?」
「その時はその時で、別の方法で対処をしたよ。加減しなくてもいいなら、幾らでも方法はあるよ」
そう言って笑うアルフ。その一見すれば何のことはない普通の笑みに、背筋が凍る思いを抱いたのはガイルだけではなかった。
「……レーヴェティアの騎士のランク付けの規格…見直した方がいいんじゃねぇか?」
「それは今度叔父さんに提案しとくよ。それよりも、だ。これでハッキリしたね。敵さんはどうやら、まだ手を休める気はないらしい」
アルフはそう言って、延べ24人にまで膨れ上がった捕虜達を見回す。
そう、アルフ達を追跡していた4人だけでも、さらなる動きがあることを予見させていたのに、それに加えてまだ20人もいたのだ。これで終わりと思うには、甚だ引っ掛かるものがある、というものだ。
「叔父さんの読みは正しかったってことになるわけか…。ね、副団長」
『──どうやらそうみたいだね。僕としては、このまま何事もなく過ぎてくれれば良かったんだけどね』
「なっ──」
その声は、グレイのズボンのポケットから響いてきた。グレイが片目を閉じながら、ポケットから『魔導式情報端末』を取り出した。
そう、拘束された男達がそうであったように、アルフ達もまた、端末を広範囲集音モードにしていたのだ。
『心配せずとも、街の方は最大の警戒・索敵態勢を敷いているよ。ああ、勿論、『召喚魔法の書』の方も護りは万全だ。敵の勢力がまだ残っていたとしても、もう時間の問題だね』
「なら、安心ですね」
『魔導式情報端末』から響く男の声にアルフはそう言って、再び男達に視線を戻した。
「さてと、色々と気になるところはあるけど、ひとまずはあんた達を連れ帰って、今度こそオレ達の仕事は終了だね」
「……1つ問いたい。我々に『鎖霊の首輪』を使わないのは何故だ? よもや、騎士の戦力をこんな縄程度で封じられるとは思うまい。確かにこの状況、我々の望みは潰えたようなものだ。だが、最期の悪足掻きに、せめてお前達だけでも道連れに、ということも有り得るかもしれんぞ?」
初老の男の視線が、アルフを射抜く。スッと細められたその眼には、大きな殺気が込められていた。
言葉通り、今にでも拘束を解いて、アルフに掴みかからん程の目力だ。
男の言う『鎖霊の首輪』とは、イクリプシアが行使する"言霊結"と呼ばれる力を封じるために開発された首輪だ。この首輪を取り付けられたイクリプシアは、"言霊結"が使用出来なくなる。
そして、これには副次的に魔力の使用も抑制する働きがある。"言霊結"を封じたとしても、イクリプシアだって魔法を使える。魔法の使用も抑えなければ、その戦力を抑えるには至らない。
そして、魔力の使用も抑えられる、ということは、人間に対しても有効である、ということだ。一般的に、犯罪を犯した者にはこれが取り付けられ、戦闘力を奪うことが推奨されており、事実騎士ならば有事の際に備えて幾つか常備しているのが常識である。
しかし、アルフ達は、コーザル等に対してもそうであったが、その『鎖霊の首輪』を使っていない。単に縄で手足を縛っただけだ。
特段変わったところのない、普通の縄だ。やろうと思えば、今この瞬間にでも、戒めを解くのは容易い。何せ、魔法等という代物が存在しているのだから。
「その質問に、答える意味はあるかな?」
「……愚問であったな」
男の目から、殺気が消え、代わりに自嘲気味た笑みが浮かぶ。
勝利の女神は自分達には微笑まなかった。計画は失敗に次ぐ失敗ばかりだ。
「ああ…レーヴェティア……。やはり良い街だな。素晴らしい魔導科学。安全で行き届いた街並み。頼もしい騎士達。正しく、この絶望的な世界に於ける、僅かな希望の1つだ」
「何が言いたいんだ…?」
「取るに足らない戯言だよ」
予てより求めてきた『召喚魔法の書』を手に入れることは叶わず。
ガイルとウルドの始末も叶わず。
レーヴェティアに潜り込ませていた潜入部隊も余さず捕らえられ。
自分達も、本来の予定とは異なる場所に計画半ばで捕らえられ。
街の守備は万全、残りの者も、遅かれ早かれ捕らえられるだろう。
コーザル達も、あんな場所に居る。
嘆きを通り越して、思わず笑えてくる程だ。これ程敗けが込むと、いっそ清々しい。
初老の男の視線が、スッと遠くを見つめる。その視線の先は、遥か西の地平線。その姿をほぼ隠した日輪を見つめるように、言葉もなく、静かに、ただ遠くを見つめている。
その視線を辿ったアルフだったが、勿論、そこに怪しいものは見当たらない。所々に木々がある程度の、広大な平原があるだけだ。
怪訝に思って、初老の男に視線を戻しかけたその瞬間のことであった。
西の空に、天を貫かんばかりの、光の柱が立ち上がった。禍々しい、黒、紫といった暗黒色の入り混じったような闇色の光だ。その色は、空を包む夜空の闇とは打って変わって禍々しかった。
夜空の闇が、静寂と安寧をもたらすならば、それは激動と破滅をもたらすような、そんな濃密な闇色の光柱だった。
次いで、耳を塞ぎたくなるような、耳障りな音が夜の静寂を打ち壊した。それは、悲鳴のような、慟哭のような、破滅的な狂気を漂わせるものだった。
「何が……起こってる…!」
アルフの言葉に、答えは返ってこなかった。皆、一様に西の空を見つめていた。だが、その表情には差があった。
「戯言ついでに、お前達に1つ、忠告をくれてやろう」
嗤う初老の男が、そう言葉を口にする。
──ああ、確かに計画は上手く運んではいない。だが、だからと言って敗北を喫したわけではない。
──ああ、確かに勝利の女神は微笑まなかった。だが、その口から零れ落ちた僅かな搾り粕を得た。
「やはりお前達は、我々を捕らえた時に、『鎖霊の首輪』を付けるべきだった。まあ尤も、それも無駄かもしれんがな…」
だが、その瞳には、強い覚悟の色が映っていた。
──何故なら、ラーノルド・トゥーレリアが、あんな場所に来ているのだから。
──何故なら、レーヴェティア最強の男は、街を護ることが出来ないのだから。
「自分達にはその実力がある。なるほど、その自信は確かに、この戦乱の世を生き抜くに必要なものだ。だが、だからこそ、傲るべきではなかった」
初老の男だけではない。拘束された全ての者に、その色は確かに存在した。
──敗北とは、その全てを諦め、打ち捨てた時に穿たれる愚者の烙印だ。
──勝利とは、最後まで抗った者が手にすることを許される覇者の証だ。
「お前達が自身の実力に溺れず、その在り方に愚直であったならば、結果はかわっていたやもしれん」
そして、アルフ達が不審に思っているその間に、初老の男を除くその場の全ての者達が、次々に己が舌を噛み千切り始めた。
それは、想像を絶する光景だった。いきなり目の前の20人を越える者達が、一様に自殺を始めたのだ。これを猟奇と呼ばずして何と呼ぶか。
絶句するアルフ達を前に、1人、また1人と、その命の灯火が失われていく。
さながら怨嗟の合唱を導く指揮者のように、絶命の呻きの中で、初老の男の声が響き渡る。
「存分に嘆くがいい! 己が甘さを! 我等、死して望みを捨てず! その身は全て、今なお苦しむ民のために! 光の雨が地上を満たす、その時まで! さあ、刮目せよ!!」
──如何せん酷い脚本だが、構わない。ここが我等の死に場所だ。さあ、舞台の幕を上げようではないか。
──この命、くれてやろうぞ。
そして、狂演の指揮者は、腕を下ろした。
ぶつり、と、最後に一際勢いよく舌を噛みきった初老の男。血に濡れ、くぐもった雄叫びがあがり、そして、とうとうその命が光を失う。
あまりに現実離れしたその光景に、年配のガイルやウルドでも、即座に動くことは叶わず、アルフ達はただただ呆然としていた。
だが、時を忘れていられたのは、ものの数十秒程度だった。
目の前の、夥しい数の死体が、一様に暗黒色の光を放ち始めた。フツフツと、まるで地獄の釜が煮えるような音をたてながら、光はより深く、より暗く、より強大になっていく。
刹那、アルフは潜在的な恐怖を感じて叫んだ。
「全員全力でこの場を離れろッ…!!」
アルフの声に我に返ったガイル達は、即座にそれに従った。ガイルやウルドに魔力感知のスキルはない。いや、この場でそれを持つ者は、アルフとリィルのみだ。
だが、それでも何かを感じ取っていた。この光が放つ異様さを。この光が秘める危険性を。
動き出しが最も早かったのは、リィルだった。やはりアルフ以上の感知能力を持つリィルだけに、これの危険をいち早く察知したのだろう。
持てる魔力を総動員して"身体強化"の法術を発動し、大きく跳躍して、アルフ達は一目散にその場を離れた。
そして、さらなる変化が訪れたのは、その数秒後だった。あと少し遅ければ、巻き込まれていたかもしれない。
24の光が、空に高く伸びていく。その光は、周囲の大地を削り取り──いや、最早それは、急速に風化しているようにも思える様相だった。
例えばそう、長い年月を経た物が崩れ落ちていくような、日光を浴びた吸血鬼が灰になっていくような。
光は、互いに歪に絡まり合い、やがて、3つの光柱となる。
どす黒い、泥沼のように濁った光が、天を衝く。やがてその光の中に、ある巨大な影を写し出すに至った。
「あれは…召喚……魔法…なの……?」
リィルがポツリと、そう呟いた。
徐々に薄れていく光の柱。そして、だんだんと露になる、その異形の姿。
生命体としてはあり得ない様相だった。薄く皮を纏わせただけのような、生を感じさせない姿。
その皮は継ぎ接ぎで、皮の隙間からは剥き出しの骨が見て取れる。ちょうど、古代竜の骨格にぼろ布でも纏わせたようだ。
ところどころに筋肉の筋のようなものも見えはするものの、何にせよ真っ当な生命体であるとは言いがたい。
胸部には、皮と骨の間から大きなクリスタルが垣間見え、あたかも心臓のように胎動している。だが、そこに生命の温かさは微塵も感じない。
塗り潰したような黒の中に浮かぶ紅輪の瞳が、その双眸が、まるで血肉に飢えた獣のように、何かを求めてギョロギョロと動く。
さらに、気になるところがあった。それは、3体の大きさがそれぞれ異なっている、ということだ。
3体の内の1体は、その全長が目算15メートルにも達しようという巨体。しかし、1体はわずか5メートル程。もう1体は、それらの中間程度の大きさだ。
だが、大きさは違えど、その風体は相違ない。その姿を一言で表すなら、「不完全」という言葉が似合うだろう。
そう、前に男達が言っていたように、召喚魔法は成功してはいないのだ。異形の化け物を喚び出した、という意味では成功しているのだが、しかしそれを制御出来ないのであれば、戦力として計上するのはもっての他だ。
だが、見た目の印象とは裏腹に、それらの放つ異質さは凄まじかった。
大きく距離を取ったことで、アルフの感知範囲からは外れているが、それにも拘わらず、肌がぴりつくような感覚を覚えたアルフ。その喉が、渇きを潤そうと唾を呑む。
あれは、ヤバい──。
「あの姿……間違いない、”ヴェグナ”だ…!」
ウルドが、恐怖の色を濃く映した表情で、そう漏らす。
「ヴェグナって、あの『カルベリアの悲劇』の…?」
「…ああ。レーヴェティアにある文献に載っていた。召喚魔法開発の失敗で喚び出された、異世界の化け物だ。……勿論、実物を見るのは初めてだが」
「けど、カルベリアで行われた召喚魔法開発の詳細は、あの街が喚び出した魔物に滅ぼされた時に失われたんでしょ? あれがそのヴェグナだとしたら、それはあいつ等が、少なくともカルベリアで使われた召喚魔法の方法を知っていたってことになる。そしてそれは、ヴェグナが出て来ると知った上でやったってことになるじゃないか!」
「オレが知るか…! だが、あの姿は確かに文献に描かれていた絵に相違ない! はっきりとしているのは、アルフ、お前の言うとおり、失われた筈の技術をあいつ等は持っていて、そしてあれが出てくることを知った上でそれを行った、ということだろう…!」
ウルドの言葉に応えるように、3体のヴェグナの内の1体が耳を塞ぎたくなるような雄叫びをあげ、その口を大きく開く。
そして、その気管も食道もない喉から、炎を吐き出された。
──ただの炎ではなかった。その色は黒く、煉獄のように禍々しく、木も、草も、土も、何もかも構わずに、その全てを呑み込まんと広がっていく。
炎に触れた物は、まるで強烈な酸でも浴びたかのように、どろどろと溶けていき、そして崩れて消えた。
その炎から、魔力とは似ていてもどこか異なるような感じを覚え、アルフはウルドの言葉が間違っているとも思えなくなってきていた。
「でもでも、あんなの喚び出してどうするつもりだったのさ! あたし達を殺すためにしたって、あたし達を狙ってるって感じじゃないよぉ! それに、その当の本人達が死んじゃってるのに!」
「…文献には、ヴェグナには知性らしきものは存在せず、その口から吐き出される黒い炎はあらゆるものを蝕むように破壊する、と──ただ辺りに破壊を広げる、と書かれていた。それ以外、詳しいことはわかっていない。何せ、かつてあれを喚び出してしまったカルベリアは真っ先に滅んだ。そして、ヴェグナが現れたのはその一件の時のみだ。わかる筈もない」
「…あの男の言うとおり……せめてオレ達を道連れにしよう、ってこと…なのか? 制御も出来ない、どう動くのかすらわからない、化け物を使って…。あんなの喚び出したところで、ただ破壊しか撒き散らさないっていうのに…」
それは、あまりに途方もない手法に思えた。だってそうだろう、化け物を喚び出した当の本人達は、舌を噛み切って絶命しているのだ。ならば、あれを喚び出して、縦しんばアルフ達を殺せたとして、残るものなど何も無い。何も得られない。ただ、辺りに甚大な被害を巻き起こすだけ。そこに何の意味があるというのか。
それが人類にとって、何の益があるというのか。
しかし、この状況に戸惑うアルフ達を他所に、リィルだけは別の事を考えていた。
大きさの異なる、制御も出来ない化け物。
かつてダルタネス大陸にて行われた召喚魔法開発の実験にて引き起こされた、『カルベリアの悲劇』と呼ばれるに至った大惨事。
化け物を喚び出してしまうとわかっていた手法。失われた筈の、その手法。それが用いられたという事実。
企てられた『召喚魔法の書』の強奪。そして、それにしてはあっさりと捕まったコーザル達。
男達の言葉──「イクリプシアの脅威」を語ったことから、そして『召喚魔法の書』を狙ったことから、彼等がレーヴェティアやヴァスタードのあるギリア大陸ではない、他の大陸の者であると推測出来る。
さらに、アルフ達を追跡してきた、4人組の男達。その男達との質疑応答。
(さっきの、アルフと4人組の男との質疑。『召喚魔法の書』についての情報とは別に、男達が気にしていたこと…。それは、コーザル達の状況と所在だった)
仲間の存命を確かめる、というのは頷ける。だが、自分達の舌の根を噛み切るような連中が、単に仲間の無事を確認したかった、というのも、何か引っ掛かる話だ。
もしそれが、仲間が生きているということ以上の意味を孕むのだとしたら──。
(もし──もしも、コーザル達が捕まることが計画されていたことだとしたら)
そして、コーザル達も、今この場で起こった、異形の怪物を喚び出す術を持っているのだとしたら──。
(でも、それで捕らえられたところで殺されてしまったのだとしたら、意味が……。いや、そうか! レーヴェティアなら……レーヴェティアなら殺されない!!)
そうなれば、殺されるようなことがないのであれば、それは捕らえられた後、処遇が決まるまではレーヴェティアの街の中に、彼等が入ることができる、ということを意味する。
そう、安全に。そして確実に。それは、つまり──
(──レーヴェティアの中で、ヴェグナが喚び出されていた……?)
いや、縦しんばそうであったとしても、仮に制御も出来ない化け物を街中で暴れさせてどうなる──?
そうなっては、最悪彼等が狙っていた『召喚魔法の書』すら、無くなってしまう可能性だってある。いや……。
(いや……そもそも、それが隠れ蓑なのだとしたら……)
「リィルちゃん?」
突然考え事に没頭するリィルに、ロッティがそう声を掛けるが、リィルは気づかない。
それどころではなかった。リィルの中に、ある仮説が立ち始めていたからだ。
(『召喚魔法の書』を狙ったという口実で、コーザル達は街中にそれなりの人員を送り込むことが出来る。そして、そこでヴェグナを喚び出す。そうなれば、街には壊滅的な被害が出る。しかも、コーザル達以外にも、ヴェグナを喚び出せる人員がいた。なら、街の中と外を同時に襲うことが出来る。もし、『召喚魔法の書』の強奪という目的がブラフであるなら……だとしたら…!)
氷山が急激に溶けていくように、リィルの頭に浮かんだ幾つもの疑念が、その仮説によって氷解していき、そして──
「──っ! そうか、そういうことだったのね…!」
とうとうリィルは、その答えに辿り着いた。末恐ろしい計画だ。それは、このイクリプシアとの戦いで荒れる世界において、あって欲しくないものであった。
「どったのリィルちゃん? 何かわかったの?」
ようやっと顔を上げたリィルに、ロッティが小首を傾げる。アルフ達も、ヴェグナの方を意識しながらも、リィルに目を向ける。
その視線を受けて、しかしリィルはロッティやアルフにではなく、グレイの持つ『魔導式情報端末』に向けて声を投げた。
「副団長! レーヴェティア近隣に、召喚魔法と思われる魔法が使用される可能性が極めて高いです! 特にレーヴェティアに潜り込んでいたという人物達。彼等はまず間違いなくその手法を持っている思います!!」