事件解決後の代償
中間テストが終わり、合唱コンクールの日がやってきた。
事件解決後に雅哉が犯人だと大きく噂になり、義隆の無期限の停学は取り消しになった。
夏希のほうは事件を解決したことで、他のクラスの全く知らない男女から声をかけられることが多くなり、戸惑いが大きいのは確かだ。
仁から言わせてみると、「友達が増えるからいいじゃん」とお気楽なのであった。
そして、合唱コンクール当日は、一、二限目が三年生、三、四限目が二年生、五、六限目が一年生という時間割りだ。
昼休みが終わる二十分前、教室に集まり発声と一回通しで課題曲を歌い、会場となる体育館へとクラス全員で向かった。
夏希のクラスは、十クラス中六クラス目なのである。
夏希は自分のクラスの番まで緊張した面持ちで待っていた。
そして、全クラスが歌い終えると、生徒会役員と音楽教師で優勝と準優勝の上位二クラスが決定する。
音楽教師が舞台上に立つと、学年全員の表情が引き締まった。
「準優勝は一年三組です」
それを聞いた途端、三組全員が喜んでいるのがよくわかる。
「優勝は一年七組です」
続けて、音楽教師が言うと、夏希のクラスは椅子から立ち上がり抱き合ったりしている。
「七組は来月の合唱コンテストに出場決定です」
合唱コンテストについて何も知らない夏希は、
(マジで…? …ていうか、合唱コンテストってなんだよ?)
喜びつつも、わけがわからないでいる。
「優勝した七組には、もう一度課題曲を歌ってもらいます」
音楽教師は夏希のクラスにもう一度課題曲を歌うように指示して、舞台下へと降りた。
その日の放課後、夏希は仁と美夕と共に合唱コンクールの優勝祝いに渋谷に出た。
三人にはまだ合唱コンクールで優勝の余韻が残っている。
あの後、教室に戻ると夏希達にとってもう一つの報告があった。
担任代行をしていた教師と哲平がやってきて、明日から哲平が正式に担任になることが決定した。
夏希達は今日二度目の喜びに満ち溢れていた。
担任代行の教師と哲平から、優勝祝いにペットボトルの飲み物が一人一本配られた。
渋谷に着いた三人は、まずプリクラを撮ることになり、その後買い物をすることにした。
「あのさ、合唱コンテストってなんだよ?」
夏希は恥ずかしそうな表情をして二人に聞いた。
「そういえばこのこと言ってなかったな。合唱コンで優勝したクラスは、合唱コンテストに出場出来るんだ。オレらの学校は、合唱コンテストの常連らしいぜ」
仁は合唱コンテストに出場出来ることが嬉しいのか、笑顔で答える。
「毎年、高度なものを求められるらしいから来月のコンテストまで練習が厳しいと思うぜ」
美夕も付け加えて言う。
「マジかよ?」
「…らしいぜ。オレの三つ上の先輩で、同じ高校で二年の時に出場したんだってよ。合唱コンテスト二週間前になると、毎日放課後に二、三時間の厳しい練習だったんだって。でも、そのおかげで四位入賞したらしいけどな」
仁の聞いた話に、げっという表情をする夏希。
(そこでも優勝したら達成出来たっていうのがあるんだろうな…)
夏希は歩きながらそう思う。
「合唱コンテストでも優勝出来るように頑張ろうぜ!」
仁の呼びかけに頷く二人。
「あ、ここだ。オレが行きたいって言ってたパン屋さん」
美夕は指を指し言うと、そそくさと中に入る。
三人はパン一つとジュースをセルフサービスで買い、席へと着く。
「夏希が転入してきてから色々あったな」
ボソッと呟く美夕。
仁も同感したように、
「うん。でも、オレは夏希が“事件解決する”って言い出した時、“何言い出すだよ”って思ったね」
「あれはボクの口任せで言ったんだよ。実は本当のことを言うと、転入してきたばっかりでみんなに印象づけようと思ってな」
ハハハ…と笑いながらの夏希。
「夏希の考えてる事って腹黒いよな」
美夕は小さな声で仁に言う。
仁は面白おかしく笑いながら頷く。
「腹黒いって…失礼な奴だな」
「なんだ…聞こえてたのかよ」
苦笑する美夕。
「口任せでよく事件解決出来たな。解決出来たから良かったものの、もし解決出来なかったらどうするつもりだったんだよ?」
仁はコーラを飲みながら聞く。
「さぁ…どうしてたかなぁ…? 少なくとも停学になって、“一年七組の赤谷っていう女子は、事件解決するって警官に言って結局、事件解決出来なかった”って言われていただろうな」
と、事件解決出来なかった時の事を考えながら答える夏希。
(まぁ、事件をそのままにはしたくないって思ってたからな。その思いがボクの心を掻き立てんだろうな)
パンとジュースが置かれているトレーを見つめて思う夏希。
「まぁ、これで良かったんじゃねーか? 夏希の処分もねーし、事件解決出来て、あの二人の警官も何も言わねーだろ?」
美夕は納得したような表情で言う。
「そうだな。合唱コンも優勝したからな」
夏希はそう言うと、伸びをした。
そんな夏希を見て、仁と美夕は顔を見合わせて笑った。
パン屋を出ると、三人は再び歩き始めた。
すると、背後から聞き覚えのある声に振り向く三人。
「あ、警部…」
「今日は一人ですか?」
「あぁ…。村木君は非番なんだ」
瀬川警部は一番最初に会った時のような優しい表情で答えた。
「今日は三人で買い物かい?」
「それもあるけど、今日、合唱コンがあってオレらのクラスが優勝して、それの祝いだ」
仁が答える。
「それはおめでとう」
瀬川警部はそう言うと、夏希をチラリと見る。
夏希は険しい表情で瀬川警部を睨み返す。
「今回は赤谷さんの協力がなければ、事件の解決には至らなかった」
完敗した、という表情を三人に向けた瀬川警部。
「ネクタイピンはどこで拾ったんだ?」
「音楽室だよ。事件の事で何か証拠がないかと仁と二人で音楽室に来た時に見つけたんだ。事件の事で何か役立つかもって思って持っていたんだ」
夏希はすまなそうに答えたが、表情には出さなかった。
「そうか…。証拠隠滅罪に問いたいところだが、今回は見逃してやろう。僕と交わした二つの約束が守られたからな」
「そりゃあ、どうも」
ぶっきらぼうに礼を言う夏希。
「しかし、少ない情報の中でよく事件の解決が出来たもんだ。実際、僕らも増田君以外の犯人はわからなかったからな」
瀬川警部はため息まじりで言った。
(あの状況では、増田以外犯人だと言える人間がいなかった。だからって状況証拠だけで物的証拠のない増田をそのまま放置したくなかった。それに反抗的な増田が殺人をやったという噂も消したかったんだ)
夏希は右手に持っていたカバンの持ち手をキツく持ち思っていた。
「今回の事件、夏希が解決したこと上司に報告したのか?」
ふと思い出したように美夕が聞く。
「報告したよ。怒られたがいつまでも隠し通せるものじゃないってわかっていたからね。でも、そのうち一年七組には何かお礼をさせてもらうよ。事件のことで不安にさせて、赤谷さんに事件を解決させた上に、増田君を犯人扱いにさせてしまったという負い目があるもんでね」
瀬川警部は自分が思っていることを伝えると、仁はガッツポーズをした。
「原口君は素直な子だ」
「あ、いや…」
瀬川警部の一言に、顔を赤くする仁。
「武本はどうしてる?」
「赤谷さんの言うとおりに自供しているさ」
瀬川警部の答えを聞くと、夏希は納得したように首を縦に軽く振った。
「それじゃあ、僕は署に戻るが、楽しんで買い物をしてくれよ」
瀬川警部は三人に言うと、人ごみの中へと消えていった。
「オレらも行こうぜ」
仁は夏希と美夕を促す。
「服買いに行こうぜ!!」
美夕は先頭に歩きながら言った。
「オレも服が欲しい!」
仁も美夕の後に歩く。
(まだ転入してきたばっかだけどいい仲間が出来た)
と、二人の後ろ姿を見て微笑みながら思う夏希。
そして、夏希も二人の後を追いかける。
三人は夕暮れの渋谷の街へと軽快に歩き出した。




