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札幌、北の境界線 ―― NORTHERN BORDER ――vol.2:摩天楼のセプテンバー、しめ縄の聖夜  作者: akira


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第一章:『ディマジオの背中、しめ縄の聖夜』

1980年代、札幌。

平岸の白い喫茶店で「借り物の名前」に守られていた僕は、いつの間にかこの街を動かす冷徹な力学の一部に組み込まれようとしていた。


 商業の中心がパルコへと移り変わり、若者たちが新しいブランドに熱狂する一方で、僕はマスターのセドリックを転がし、ススキノの裏通りで「しめ縄」を売って歩いた。それが単なる正月飾りではなく、この街の「血流」なのだと理解しながら。


 ディスコ55(ディー5)に響き渡るアース・ウィンド・アンド・ファイアーの『セプテンバー』。

 ダブルベッドの上で知った、生々しくも滑稽な大人の入り口。

そして、闇に呑み込まれかけた親友を救うために打った、孤独な博打。


面白ければそれでいい。そう思ってアクセルを踏み続けた、あの不純で黄金色の季節を、もう一度だけ振り返ってみようと思う。


『札幌、北の境界線』―― vol.2

ここから先は、もう引き返せない夜の話だ。

 1970年代後半から80年代にかけて、札幌の地図は急速に、そして残酷に塗り替えられていた。

 狸小路のサンデパートや紅屋で安物の服を漁っていた僕らの前に、

1975年にパルコが華々しく登場し、大通周辺が若者の聖地となる一方で、ススキノの松坂屋は苦戦を強いられていた。水商売の客を目論んだ戦略は、立地と時代の風を読み違えたのか、1979年にはヨークマツザカヤへとその姿を変えた。


 マスターの装いも、あのオフ・ホワイトのジャケットから、スポーティーでどこか威圧感のある『ディマジオ』へと変わっていた。世に言う「シティヤクザ」風のスタイルだ。背伸びをしたい盛りの僕も、無理をして高価なその服に袖を通した。同じブランドを纏うことで、マスターの背中が少しだけ近くなったような気がした。


 かつて小学生の頃、親に連れられて行った『喫茶トップ』で飲んだココアには、この世の全てがあるような感動があった。純粋に甘く、温かい、あの白い湯気の向こう側。だが、今の僕が立っているのは、そんな無垢な記憶からは程遠い場所だ。


「……これ、置いていくよ」


 マスターに連れられ、しめ縄を抱えてススキノの店を回る。

新宿通りの『力寿し』。阪神ファンの威勢のいい大将が、最高の握りを作り出すその店を横目で眺めながらビルを回る。

 しめ縄は「いい値」で買い取られていく。それは商売というより、儀式に近かった。


 客からの電話で馬券を受けるだけの、単調なノミ屋の仕事。

そして、年末のしめ縄売り。

 札束が飛び交うその光景を見て、僕はそれが「みかじめ」であり、この街を動かしている「しのぎ」という血流なのだと理解した。


「マスター、これって……」

言いかけた言葉を、僕は飲み込んだ。

 ディマジオに身を包んだ今の僕は、もう『トップ』でココアに感動していた少年ではない。

 

 マスターを助手席に乗せ、夜のススキノを流すセドリックの窓から、パルコの明かりが遠くに見えた。

 あそこには、僕がかつていたはずの「明るい世界」がある。

けれど、僕が今ハンドルを握っているこの道は、しめ縄の藁の匂いと、大人の汚れた札束が支配する、冷たい『北の境界線』だった。

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