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【病を喰らう酒呑童子と、病を祓えない陰陽師の怪異譚】  作者: 白瘡
一章 清浄編

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第6話 喰福病【病が起こる理由】

 朝の空気が澄んでいた。

 首筋が、やけに冷える。

 理由はわからない。


「蘇芳」


 後ろから声がかかる。

 振り向くと慈眼が、眉根を寄せて難しそうな顔をしている。

 首に手を伸ばそうとした手が見えた。

 なぜか、首に触れられるのが怖い。

 肩がこわばり、呼吸が浅くなる。


 慈眼はその手をおろした。

 私の目を一瞬見て、考え込むように目を伏せた。


「早く、病が喰いたい」


 私を触ろうとした手は、少し震えているように見えた。


 ◆

「病をなんでも治せるご飯を作る人間がいるらしいので探してきてくれませんか?」


 狐のような顔の師匠は、私達を呼び出して言った。

 いつもの余裕そうな声でなく、少しだけ焦りが声に滲み出ている。


ケガレでなくて、人間をですか?」


 私が心底疑問に思いながら言うと、師匠は答える。


「ええ、人間を探してください。

 陰陽師は、病を祓い、封印し、抹消する機関ですので本当に病が治るのであれば、その稀有な能力を陰陽師で保護しなければなりません」


「んで?その人間を貴族どもで独占するってか?」


 慈眼はゴキブリを見たような表情で、吐き捨てながら言った。


「いいえ、違います。これは管理ですよ」


 師匠はさも当然という顔で慈眼に言い、ニンマリと笑いながら言葉をつづける。


「今回は喰えない案件で不満ですか?」


「……あぁ、()()()()()()()、不満だらけだよ」


 師匠を睨みつける慈眼。


「不満だらけで結構。

 本当に病をなんでも治せるのであれば、慈眼が食べると反応するかもしれません。

 実験台としていってきてくださいね♪」


 師匠はなんだか、嬉しそうに言った。

 病探しでないのは残念だが仕方ない。

 私は、ただ師匠の言うことに従うだけだ。



 広間を出て中庭に向かうと、芹が大きな釜に、水を入れて煮ている所だった。


「せーり!」


 声をかけると、こちらに気がついた芹は私の首元を一瞬見て、青ざめて何かを言おうとする。


「芹!」


 慈眼が、怒鳴り付けるように芹を呼びつけて、続けて言う。


「俺は腹が減ってんだ、お前が診てるやつの病を喰わせろ」


 そのまま芹を連れていき、少し待っていると慈眼だけが戻ってきた。


「待たせて悪かったな、いくぞ?」


 私の手を引っ張る。目をあわせてくれないのが寂しかった。



 ◆

渡辺津おおさかに朝から行けとか鬼かよ」


 馬を走らせながら慈眼が悪態をつく、都の京都から半日、私達は馬で駆けていた。

 馬の息が荒く、白い息が朝の空気に溶けていく。


「ちょっと、休憩にしません?」


「あぁ」


 馬を止めて水を飲む。

 まだ目を合わせてくれない慈眼。

 こちらをちらりと見て言った。


「おまえは、なんで陰陽師になったんだよ」


 真剣な声色だった。

 自分の師匠を思い出す。


「それしかなかったから」


「それしか?」


「私、実は小さな時のこと覚えてないんです。」


 慈眼の青い瞳を見る。

 自分の顔が映り、その瞳を見るだけで鼓動が早く、胸が温かくなる。


「ただ美しいものを保存しなくちゃって気持ちが昔からあって」


「それで、今の変態の出来上がりか、休みすぎた、行くぞ!」


 慈眼は、立ち上がり蘇芳の頭をなでる。

 少し乱暴な撫で方をするせいで、髪がボサボサになり私は文句を言った。


「もう! 慈眼!」


 私の言葉を無視して、馬の準備を始める。

 慌てて周りの物を片付けた。


「生きていてくれるだけでいい」


 その声は、馬の蹄の音に消えた。



 ◆

 川沿いに出来た漁師町に着いた。

 海草の香りが町を包んでいて、町並みは古く、泥汚れのせいか少し臭う。


「今日、釣り上げた魚だよ! 買うてってー!」


「さぁ、干物やで、旅のお供に」


 大きな声を張り合うように、町人達が声をあげている。

 道行く人々の顔色が良く、明るい表情を見せていた。

 隣にいる慈眼は周りを興味深そうに見渡し、慈眼の青い瞳が、ゆるやかに和む。


  瞬きをすると、いつもの慈眼だった。


「みんな健康そうだな」


 言われて私も周りを見る。

 日に焼けた肌、海風にさらされゴワゴワの髪、人々は笑顔で忙しなく動いている。


「あれ?」


 病にかかっていそうな人がたしかにいない。

 都と比べて明らかに汚い集落なのに


「本当にいるかもしれないな」


「えぇ、病を治せる人が」


 早く調べるために情報収集をしなければと、道行く人に声をかける。


「あの、この辺に、どんな病気でも治す食事を作る人がいるって聞いたのですがーー」


 黒く焼けた肌の漁師は立ち止まって言う。


「あぁ、好き嫌いばばあのことか?

 それなら角をドーンで曲がったらな。

 一番ボロい家があるから行ったらええよ」


 漁師がすぐに場所を教えてくれた。


「すぐわかったな」


「なんだか拍子抜けです。」


 二人で言いながら、教えて貰った道を歩く。

 ーー簡単に見つかってよかった。


 ここが噂の?

 私は、今にも壊れそうなボロボロの家を見た。

 家からいい香りがする。

 ぐーっとお腹が鳴った。

 横にいる慈眼は、鼻を押さえて言う。


「なんだこれ、くっさ!!!」


 慈眼の言葉が信じられなかった。

 こんなにもお腹が空く香りなのに。

 私は、びっくりして慈眼に言い返す!


「凄くいい香りしてますよ!」


「いや、臭いだろ!」


 二人で家の前で騒いでいたら、


「やかましい、店の前で騒ぐな!」


 包丁が家から飛んできた。

 慈眼が、包丁を手で受け止める。


 ーー鋭く磨かれたその切っ先が当たっていたらと思うと、背筋が冷える。


 入り口の方からドカドカと音がして、腰が曲がった90歳は越えているであろうおばあさんが、唾を飛ばす勢いで怒ってでてきた。

 汚い。

 私は、唾に当たらないよう少し避ける。


「ご飯、食べるんか、食べんのか決めい!」


 私達は、おばあさんのボロボロの家に座っていた。

 長いテーブルを挟んで厨があり、おばあさんは内側の厨で調味料の棚からいろんなものを出して、目の前においてくれた。

 ボロボロの家のせいか、海風が隙間から入ってきて少し寒い。


 ――目の前には並ぶ、ごちそうの数々。


 身がぷりっぷりの鯛の刺身に、山椒と醤油がふりかけてあるもの。

 キノコといなりを炊き込んだご飯のおにぎり。山菜を白身魚で包んで揚げたもの。

 都でも食べることができなさそうなものばかり。

 鼻に抜ける香りはえも言えぬよい香りで涎が出そうだ。

 目の前のおばあさんは言う。


「不健康そうな顔して、カリカリな体しとるやないの?ご飯食べて元気になりや!」


 私はその言葉に遠慮なく食べはじめる。山菜を白身魚で包んだものを食べると、ジュワワって旨味が広がる。


「美味しい!」


 なんだか、体が温かく、心までポカポカする。

 その気持ちを分かち合おうと、横に座る慈眼を見た。


「うッ…!」


 今にも吐きそうって顔で口元を押さえている。

 分かち合うことは出来なさそうだ。

 おばあさんはそんな慈眼を見て、眉を釣り上げて言う。


「兄ちゃん、好き嫌いはアカンよ。

 食事は体の資本やから食べんと!ほら食べや!」


 おにぎりを口元に持っていくが


「いや、うっぷっ……マジで無理だって」


 慈眼は嫌がる。


「食べんと顔、青っちろいままやで!」


 おばあさんが、無理やり食べさせた。


  その瞬間――


 慈眼が苦しみだして気を失う。


「え、慈眼」


 私が呼び掛けるが答えない。

 どうしよ……。


「もしかして、その子、アレルギー持ちかいな?あかんわ、はよ、吐き出させな!」


 老婆が慌てたように言う。

 私は、疑問に思い問いかける。


「アレルギーってなんですか?」


「身体に合わんもの食べたときに出る拒否反応や」


「大変!」


 老婆が大きな水瓶をもってきて、慈眼に水を大量に飲まそうとした。

 そのとき、横から陶器の手がすっと伸びてきた。


「アレルギーじゃない、これは俺が鬼だから起きた拒否反応だよ」


 慈眼が目を開けて手で、押し退ける。


「俺の病を消そうとして来やがった。

 このばばあ、本当に病を消せるぞ」


 すごく真剣な目で慈眼がいう。

 老婆は、慈眼の言葉を聞いて不可解そうに顔をしかめた。


「アホなこといわんの!私にそんな力ないで」


 老婆を無視して慈眼が言う。


医食同源いしょくどうげんっていってな、食事から体は作られる。

 体に力が漲れば心も整う、おまえの飯はそれを意識してるんだろ?」


 慈眼に褒められたと思ったのか、おばあさんが少し照れくさそうにする。


  私が知らない知識だった。

 そして目尻を下げて話し出した。


「そうやで!5歳くらいの時にな、昔な、蘆屋道満って陰陽師に教えてもろてん。。

 褒められてもなんも出んよぉ」


 と言いながら、別の料理を手渡そうとしてくる。


「でも、あんた妖やないでしょ、どうみても人やないの」


 心底疑問に思うように言ってきた。

 おばあさんの言葉に私も心の中で同意する。

 だって、綺麗すぎる。


 慈眼は料理を手で止めながら、一拍おいて答える。


「俺は鬼だよ。紛れもなく」


 ほらみろとでも言うように、首だけを持ち上げた。


「ひぃ」


 おばあさんは一気に後ろに下がりガコッ!! っと自分の家の棚に頭を強く打った。


「うわぁ、痛そう……」


 私がつい呟くと、慈眼が頭をはめ直しながら合図を送るように私に目配せをする。


「あの!都にきて、あなたの力を貸してほしいんです。」


 そうして、おばあさんの手を掴むとびっくりしたように、体が跳ねた。

 そんなにびっくりしなくてもーー。


「あんた、妙に体が冷たいな」


 言われた言葉にびっくりする。

 いや、そんなに私の手が冷たかっただろうか。

 続けておばあさんは、心底嫌そうに言う。


「いやや、だって都が病を作ってるやろ?私に教えてくれた道満さんも殺しはるし、あんなとこ行ったらどんな目にあうかわからんやんか、安倍晴明さんの息子さんがいるらしいし」


 その話を聞いた瞬間、慈眼が立ち上がった。

 おばあさんへ詰め寄る。


「まて、どういうことだ?たしか5歳で道満と会ったと言っていたな、今何歳だ?」


「105歳だよ」


 慈眼が隣で固まる。

 息を呑む音が聞こえる。

 ややあってから慈眼が私へ確認する。


「おい、師匠は、安倍晴明じゃないのか?」


「はい、師匠は、息子の吉平さんですよ」


 私が言うと、慈眼の顔から、血の気が引いていくのがわかった。

 おばあさんは、慈眼の肩をさすりながら言う。


「あの男は、『老いない』って道満が言ってたよ」


 それを聞いて、妙に確信した顔で慈眼は言う。


「あれは、安倍晴明だ、俺が昔見たままの。横にいた頼光も……」


 自分の横で何やら考え込んだ慈眼を、じっとみつめる。


 私は息を飲んだ。

 年齢が、合わない。


 120歳以上の年齢じゃないと無理なのだ。

 私は師匠の得体のしれなさにゾッとした。

 たまに見せる冷たい視線。

 首がすごく冷える気がした。

 ドッドッと鼓動がうるさい。

 視界が狭くなる。


「蘇芳」


 目の前に陶器の腕が伸びてくる。

 目を覆い隠す。


「大丈夫、俺がいる」


 優しい声で耳元で囁くように告げられる。

 震えがだんだん収まっていく。

 ポンポンと背中を優しく子供にやるように叩く。


「慈眼」


 一言、呼び掛けると、困ったように笑う。

 あぁ、その顔に、息が詰まる。


「なんだ?」


 誰かと重なる気がする。

 言葉を紡ごうとすると喉がきゅっとなる。

 何かが喉にいるみたいに。

 少しの間抱きしめられていると、おばあさんが私の顔を覗きこんだ。

 にやにやと笑っている。


「あんたら、恋人かいなぁ! 熱々やん、いややわぁ」


 私は、急に恥ずかしくなり慈眼を突き飛ばす!


「ち、違いますよ!」


 顔を冷ましながら私は先程の言葉を思い出す。

 都が病を作っている? そんなはずない、私達は正しいことをしているはず。

 だって、実際都は他より病が少ない。

 ざわざわと胸がずんと重い心地になる。


 正しさを証明しないと。


 ーーだって、私達は正しいことをしているはずだ。


 何かに突き動かされるように私は老婆に告げる。


「お願いです。

 おばあさん、私達と都にきてくれませんか?」


「ばばあ、来たくないなら来なくていい」


 私の言葉を遮るように、慈眼が言う。

 焦って、慈眼に抗議をしようとするとおばあさんは慈眼の顔をみた後に、私に向かい笑顔を向ける。


「いったるわ! お礼は陰陽師からたんまりもらうで!」


「ありがとうございます!」


 正しさの証明をしたい 。

 そう思った瞬間、首の青い印が熱を帯びた。

 まるで縫合の後のように、皮膚の下で脈打つ。



 首筋には一文字、『正』という字が浮かんで消える。



 ……視線を感じる。


 慈眼が、私の首を見ている。


 怒りでもない。

 悲しみでもない。

 ーー理解してしまった目。


「……やっぱり、そうか」


 低い声だった。


「何がですか?」


 私が問いかけると、慈眼は笑った。

 いつもの軽い笑いじゃない。

 諦めたような、乾いた笑い。


「俺は、薬なわけだ。

 体だけじゃ足りなかったか」


 風が吹いた。

 おばあさんの家の暖簾が揺れる。

 遠くで波の音がする。


「万能薬だとよ」


 青い瞳が、私を真っ直ぐ見た。


「お前を使ってな」


「でもな、俺は喰われる側じゃねぇ」


 慈眼の手が、私の首に触れた。

 青い印の上。

 ひどく優しく。


「お前は、あいつの味方をするなよ」


 冗談みたいな声音。

 けれど、その指は震えている。

 どうして震えているの?

 どうしてそんな顔をするの?

 答えなければならない。

 でも、私は答えられない。

 だって、私はまだ、正しさを疑えていない。

 けれど。


 慈眼の顔をまじまじと見つめる。

 白銀の髪、長い睫、青い瞳。


 正しさがあなたを傷つけるなら。


 私は、それでも正しい方を選ぶのだろうか。

 風が吹く。

 首筋が、ひどく冷えた。


こぼれ話

医食同源:元は中国で生まれた思想で、食べたもので体が作られる。

体の不調がある時は、その不調に合わせたものを食べる。

もしくは臓器の不調の場合はその形に似た食物を食べたらいいという教え。

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