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第5話 ひだるし病 後編 ー首の行方

黒髪少女、蘇芳のその問いを聞いて大蛇は口を大きく開けて笑った。

「あははは!あぁ、私は陰陽師だ。

人を救いたくて陰陽師になった!」

地響きのような声が、大広間に響く。

慈眼が蘇芳の方も見ながら言った。

「お前はもう、

年寄りを殺したくなかったんだな」

大蛇は涙を流す。

呼応するかのように木の根が育ち、

黒色の宝石が生まれ、

人の形をかたどっては消えていく。

誰かの姿になり、

止まったかと思うと消える。

そして繰り返す。


大蛇は三人を見下ろし、低く告げた。

「私は時間をとめたかっただけなのだ」

大蛇の声が、大広間の空気を震わせる。

「私はもう誰も抹消()したくない!」

蘇芳の胸が締め付けられる。

花咲病も村の子供達、

以前助けることができなかった人々の顔が

次々と浮かぶ。

胸の奥でくすぶる後悔が、

青い炎のように燃え広がった。

自分だって老いの病以外にも、

止められないものがあった。

「私…正しいことをしていたはず…でも…」

思わず呟く声は震えていた。

その言葉に慈眼は、

蘇芳を横目でとらえながら答える。

「老いは誰でも訪れるものだ、

それを止めようとしたら歪む、そうだろ?」

慈眼は冷静に周囲を見渡す。

「まして、それを病として扱えば、

なおさら、な」

木の根は天井や壁から無数に伸び、

三人を囲んでいる。

蘇芳や芹を捕まえようとする蔓を防ぎながら

慈眼は問う。

「蘇芳、おまえはどうしたい?」

慈眼の青い瞳に、

自分の情けない表情が写し出され、

時間が止まった異様な空間の中、

呼吸だけが生きている証のように重く響く。

芹は目の前の大蛇を見つめ、

好奇心と恐怖が混ざった複雑な顔をしていた。

「陰陽師だったのか…つまり、

あの病…俺たちが治そうとしてたのは…」

理解が遅れていたことに、自分でも驚く。

人々を救いたかった陰陽師は、

病を消せず、時間を止めるしかなかったのだ。

蘇芳の手が微かに震える。

もう一度、大蛇を見た。

畏れを感じるほどの美しさ。

人を助けたかった

という気持ちが伝わってくる。

今、巻き戻っているが、

起こった事実は戻せない。

時間をとめれば、喰われている人は全員死ぬ。

ここにいる全員が分かっている。

自分に再度問う。

(ケガレ)を抹消するかどうか。


大蛇の目が慈眼を捉え、低く語る。

「私は、病を消すことしかできなかった。

生きる人々を救うために、

時間を止めるしかなかった…」

慈眼は目を細め、前に一歩踏み出す。

「止めるのは簡単だ。

しかし、それが正しいとは限らない」

芹は言葉を探す。

「でも…どうすれば…?あの人たち、

助けたいのはわかるけど、もう…」

言葉は途中で途切れる。

目の前の大蛇の力に圧倒されながらも、

芹の意志は揺らがない。

大蛇は深く息を吐き、悲しげにうなずく。

「そうだ、私だけでは救えなかった。

私は……腹が減って仕方ないんだ。

止められない」

慈眼は大蛇に言う。

「昔は違ったんだがな、

歪んでしまったんだよ陰陽師おまえらは」

大蛇は慈眼をじっくり見る。

「あぁ、おまえも()()()()()なのだな」

時々慈眼は蘇芳たちにわからないことを言う。


でも、この人の悲しさ虚しさだけはわかるから

蘇芳は深呼吸を一つして言う。

「私が貴方の病を保存します。」

慈眼も芹も同時に頷く。

三人の意志が一つに重なる瞬間、

空気が震えた。

大蛇の体を覆う榊が青々と茂りだし、

瞳に埋まる黒石が怪しく光り、

時間の歪みを映す。

その光は、

捕らえられた人々の記憶や

感情の欠片を照らしていた。

蘇芳はその光景を見て、

とても悲しく、

なんて美しい光景だろうと思う。


――病はやはり美しい。


隣に立つ慈眼が、こちらへ目くばせを行う。

蘇芳と芹は周囲の根を液体で祓い、

炎を出し、

根を燃やす慈眼が近づけるように道を作った。

慈眼はその身体を覆う根を掻き分けて、

中心にある闇夜のように輝く

宝石を掴んで引き抜く。


「おまえは、立派な医者だよ」

と言いながら慈眼は、

その宝石を噛み砕き咀嚼をする。

大蛇は崩れ落ちていった。

空気が静まり返り、

時間の流れが少しずつ戻る。

周りに人の気配が戻り、ざわざわと声がする。

蘇芳は膝をつき、息を整えながら呟く。

「・・・もどった?」

というと、慈眼は言う。

「あぁ、全部喰った。胃もたれしそうだ」

そう言う慈眼の顔をじっと私は見る。

長い睫、青い瞳、白い肌。

人間と変わらない、

変容しているように思えないその姿。


大蛇がいた所に、ポツンと、

白装束を着たくたびれた顔の男が立っていた。

芹がその男を見て言う。

「せ、先輩」

呼び掛けられた陰陽師の男は芹を見て

穏やかに笑い、自分の手をじっと眺める。


「ありがとう」


と一言告げて、

泣いた。


慈眼が何かに気づいたように走り出す。

「待て!」

男は、刃を出し、自分の首へ突き刺す。

慈眼の手が空を切った。

「みるな!」

ピューと、首から弧を描いて血が吹き出す。

「なんで」

わなわなと唇が震えて声が出ない。

赤い水たまりを吸って、白装束が重くなる。

慈眼が首を慌てて押さえるが血は止まらない。

ヒューヒューとしたか細い息が聞こえていたがやがて聞こえなくなった。

ガンッ!慈眼が力一杯、床を殴る。

「くそ!くそ!」

何度も何度も殴る音が聞こえた。


芹がもう息をしてない男に駆け寄り

「先輩、お疲れ様」

と言いながら、開いたままの目を閉じさせた。

それを見た慈眼は

「おまえは、バカだよ」

とやりきれないように呟いた。


蘇芳は、慈眼達を呆然と見つめていると

視界の端にキラリと輝きが目に入った。

目の前には、闇夜の輝きを閉じ込め、

自分の尾を食べる蛇の宝石が落ちていた。

「美しい」

蘇芳はその石を拾おうとするが

その前に誰かが先に宝石を拾う。

大きな身体。

逆光で表情が見えない。


「いやはや、なんて美しいんでしょうか

老いを止める病とは初めて見ました。」

その場にそぐわない明るい声。

師匠だった。

蘇芳は初めて師匠のすることに嫌悪感を覚えた。それに触らないでー。

隣にいたはずの慈眼が飛び出した。

「触るな!」

と怒りに震えた拳を振るう。

手で慈眼の拳を受け止め師匠は

いなしながら言う。

「あまり教えないでくれますか?

貴方のせいで揺らぐでしょう?」

「おまえがちゃんと教えないからだろが!

真実をなんで言わない!」

取り返そうとする慈眼を見て

師匠が静かな口調で言う。

「老いは(やまい)

別にこれは嘘ではないでしょう?」

と優しい口調で慈眼に言い

腕をつかんでそのまま床に

押しつぶすように抑え込む。

「やれやれ、躾が必要ですね」

師匠は、首を触る仕草をする。

「やめろ!」

慈眼が、叫ぶ。

やめて、慈眼を苦しめないでほしい

と蘇芳が止めようとしたその瞬間。



乾いた音がした。

視界が傾く。



「あれ」


地面に、自分の顔があった。


一拍、遅れて、慈眼がしゃがみ込む。

「・・・・・蘇芳」


指先の震えが伝わる。



あぁ、暗い。



ひだるしの話、後半でした。

それでも、満ちたとは言えないのかもしれません。

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