第216話 響き
【テイクンシティー 西部最端】
【ダンハシス門付近 城壁前】
「ふぅ、遠いから焦っただろーが」
ショウリュウはドカッと城壁にもたれながら、乱れた呼吸を整えていた。激しく荒れた呼吸で、肩から息をしている。
辺りにはまだ、荒れた風が行き場所を失い漂う。砂がピシピシと、服で隠れていない腕をかすめた。
「リュウちゃん、だいじょうぶぅ? ウフッ」
「だ、大丈夫に見えるかよ」
「二人も運んだんだもんね、すごいよ」
アイリはコクコク、と頷く。
汗が身体を流れていく。まさか、ここまで労力を使う羽目になるとは。
レイクはうなだれたまま白状し、噂の真実を述べたのだ。民を欺こうと流した噂、正しくはこうだった。
──夜の八の刻に鐘の音が鳴り、鐘の音と共に子供達は家を抜けだす。そして街から子供がいなくなる。
「それで?」
「子供は自ら門を出て、まだ動けぬ赤子は霧に消え、城壁に吸い込まれるだろう」
「はぁ!? 城壁!?」
「ジョウヘキ?」
「へぇ〜、そんな噂流したんだ。凝ってるねぇ」
「凝ってんじゃねーよ!!」
噂の続きを知らされ、ショウリュウは派手に脱力した。
テイクンシティーをぐるりと取り囲む、シティーを守る城壁。
よりにもよって、シティーの中央付近に位置するパレスから、最も遠い場所ではないか。スクーターを走らせても、かなりの時がかかる。
だが、失踪したニアラや子供達がそこにいる可能性は高い。時間が無いのだ。
当然、ショウリュウのあの術が再び必要となった。
「あー、まったく!! ユリナバル!!」
今までのショウリュウの風ならば、一人しか運べなかったこの術。
「お願い出来るかしら、二人で」
「はぁ……」
エリーナに、せめて二人と頼まれてしまった。
今の力で二人運べることが分かったのは収穫だが、当分は動けそうもない。疲労困憊だ。
そんなショウリュウを前に、ジェイはニヤリと笑みを浮かべて、城壁の壁を軽く叩く。
「流石に城壁は予想外やったな。でも、ショウリュウのおかげで間に合ったやん」
「まだ終わってねーだろ、中の連中は?」
【城壁内 廊下】
「目がチカチカしちゃうっつの」
城壁の中は、暗い空洞になっていた。人が通るには、充分な空間。
紫の色に光る不思議なランプが等間隔に置かれ、中を怪しく紫に照らす。
何で昔の人は、わざわざ中を開けたんだろう。街を守る壁なら、分厚い方がいいのに。
ランプの趣味も悪い。
ナエカはそんな野暮な事を考えながら、前を行くレオナルドにくっつくように、足を進めていく。
「おっ!」
前を行くレオナルドが突然立ち止まり、ナエカは思わずぶつかりそうになった。
「な、なに」
「わりぃ、ジェイさんからだ。赤ちゃん見つかったってさ!」
とりあえず安堵する。しかし、終わりではない。仕事はまだ残っていた。
「ずっと一本道なのに、誰もいないね」
「静かだよなぁ……ん?」
「あれ?」
「グルル」
シキカイトが、二人の姿に気付いてトタトタと近づいて来る。
「シキカイト」
「何でここにいるんだぁ?」
シキカイトは、二人とは別ルートで壁の中に入った筈。合流するとは、二人を追いかけてきたのか。
穏やかな光に包まれ、元のシキの姿に戻る。
「こちらにいた子達は、みんなヨーくんが連れて行ってくれたよ。あとはそっち側にいる子達だけだけど、もう連れて行ってくれた?」
「えー!! ウソだぁ、こっち誰もいなかったって!!」
「見なかったよね」
「本当かい? なんか匂いするけどなぁ」
そう言いながら、シキは再びシキカイトに姿を戻す。
匂い、まさか見逃したのかもと焦る二人が振り向いた──次の瞬間。
「たすけてえええ!!!」
誰かの助けを求める声がした。
だが、すぐに三人が振り返っても、そこには誰もいない。
「あ、あそこ!!」
ナエカが気付き、指差した先は天井。
「うわあああん!!」
「フフフフ」
半魚人の姿をした見えざる者が、子供を手にぶらんとぶら下げていた。
高い高い天井に、ピタッと足をつけて。
「フフフフ」
尖った口が、高笑いでもしているかのようにパカパカ開く。
ビラビラとヒレのついた腕では、きちんと子供を掴めていないのか、子供は不安定に揺らされていた。
──早くしなければ、子供が落とされてしまう。
「レ、レオ、あそこまでジャンプ出来る?」
「キッツイなぁ」
「グルルル」
その時だった。
コツコツ。
「ん?」
「あまり手間を取らせないで」
天井の光が遮られ、新しい影が現れる。
天井から聴こえる凛とした声、高いヒールの音。
空洞の中で反響し、連鎖して響く。透き通った音。
「フフ?」
「いい子にしなきゃ」
見えざる者が振り返る前に、エリーナは見えざる者の肩にポン、と手を置いた。
のしかかる重力。雪崩のような力が、見えざる者を押し潰す。
見えざる者は言葉にならない奇声を上げ、遥かに高い天井から真っ逆さまに転落した。
ぐしゃっと潰れる音に、ナエカは顔を背ける。
ぺしゃんこになった見えざる者は、紙切れの残骸となって散っていく。
「エリーナさん」
「これで全員助け出したわ、戻りましょう」
エリーナは子供を抱えて、にっこりと微笑んだ。
天井に足をつけたまま。




