第212話 後出し
「み、皆様どうか……」
バートのお付きの彼は、床に頭を押し付けるように頭を下げた。
あれほど大騒ぎしていた街の者達も、異様な状況に空気を読んでか、お付きの者からこっそりと距離をあけていく。
エリーナは微笑むと、スッとしゃがんで彼と視線を合わせた。
「落ち着いてください。ニアラお嬢様、バート社長の娘さんよね。まだ赤ん坊だったかしら」
「は、はい。寝室でお休みになっていたのですが、うるさい奇妙な鐘の音がして。窓を開けようとお嬢様から一瞬目を離したら、もうお姿が見えなかったのです」
──奇妙な鐘の音。
そのワードに団員達だけでなく、周りの民もハッと顔色を変える。
噂は、噂ではなくなった。
「それはもう、奇妙に大きな音で。そ、それだけでなく、家の者が怪しげな影を目撃したのです!」
「ひぃ!!」
聞いていた一人の民から、悲鳴が上がる。
ラナマン一族の屋敷だ。見えざる者を、その目で捉えた者がいたのか。
ラナマン家は今、屋敷の者総出で探しているらしい。勿論、バートも。
そして、このお付きの者は決死の覚悟で、剣の団に助けを求めに来たのだ。バートの命で。
街に異変があるのかとシティーに来てみれば、まさに噂が広がって大騒ぎになっていた。
「見えざる者が、お嬢様を……」
その顔は青ざめ、わなわなと震えた。
お嬢様が居なくなったのは、自分の責任だと重圧の波が彼を襲う。
エリーナは、笑みを浮かべながらも口元にグッと力を込めた。
エリーナの様子に気付いたのか、ルノもチラッとこちらに視線を送ってくる。この感覚は、久しぶりかもしれない。
この胸のつっかえは、どう表せるのか。こうなることを、本気で考えなかったのか。
一体何故。
「どうして、あの人達はこのことをもっと早く教えてくれなかったのかしら」
「だ、団長さん……」
──そうだ、どうせ自分達は後出しでなければ動けない。
誰かの声が届かなければ、動けはしないのだ。誰かの恐怖や、悲しみの声が。
来た時には、とっくに見えざる者が暴れている。
「キライなのよ、歯がゆいことは」
そして、指示を出そうと口を開こうとした、その時。
「待ちたまえ、待ちたまえ! 待ちなさい」
誰かの焦った声が、民の作った列に割り込んだ。
レイク局長だった。
気取ったスーツに身を包み、必死の形相で民達をこの場所から離そうとする。その後ろには、同じく似たスーツを着込んだ何人かのお供。
エリーナは、どこか冷え切った目で彼等──いや、レイクを見据えた。
「ほら、見せ物じゃないんだ。退がった、退がった」
「随分と遅かったようですわね、レイク局長」
「き、君達……」
エリーナの迫力に圧されるレイクだったが、その視線はすぐにバートのお付きの者に向けられた。
「ラナマン家のお嬢様がいなくなったと」
「は、はい」
「確かか」
「はい! 屋敷に鐘の音がして、見えざる者がお嬢様を……」
レイクはお付きの者の話を聞くと、その顔色をみるみる変えていく。顎を震わせ、歯が落ち着かないのかカチカチと音を鳴らす。
お付きの者の話から、現実から、目を逸らして逃げ出すように。
「そんな馬鹿な、そんな筈はない」
「何が、そんな筈はないと?」
そう尋ねながらも、エリーナの頭の中には一つの考えがあった。
考えたくもない、一つの結論。
「あの噂が、あの噂が真実である筈がない。何故、ラナマン家の娘が本当にいなくなったりするのだ、あれは」
その言葉に、ジェイがカッと目を吊り上げる。
「真実な筈がないやなんて、どういう意味や」
「ひっ」
「誘拐がある筈無いって、何でそんなはっきり言うんや。まさか、あんたら!」
そこまで来ると、ほとんどの団員には伝わったらしい。
真っ先に動いたのは、ショウリュウだった。上、を相手にガッと詰め寄る。
「おーおー、そういうことかよ。自分達で噂流したから、本当じゃないってことかよ!」
ショウリュウの言葉に、ようやく気付いたアイリは思わず口を抑える。
レイクは震えながらも、口を開いた。
「そ、そうだ。このように噂を流すことにより、民の危機意識を高め、更に見えざる者が現れた際の民の行動を調べることで──」
「ふざけんなよあんた!」
──なんてことだ。
エリーナは、クラッと頭の意識が揺らぐのを感じた。
レイクの胸ぐらをガッと掴んだ、ショウリュウの怒号が響く。
「勝手に噂流されたら、こっちには本当に襲われてんだかどうだか、分かんねーじゃねーかよ!! しかも、噂を利用されて襲われてんじゃねーか!!」




