第3話
母親は元悪役令嬢……かもしれない。
それが、私のここ最近の悩みであり、ちょっとした暇つぶしだった。
王都から遠く離れた地方のここは、齢10歳の子どもとなると、親の仕事を手伝ったり、幼い兄弟の面倒を見たりと、みんな忙しそうになる。
その昔、一緒に野原を駆け回って遊んでいた友人たちも、今ではそのほとんどが親の手伝いに勤しんでいる。
私はというと、家業は薬屋になるのだが、我が家の薬は魔法が使えないと作る事ができない、魔法薬がメインなのだ。
魔法を使わずに作る、ただの薬だったら手伝えたが、魔法を使うとなると、それはとても難しい話なのだ。
つまり、私は1人時間を持て余している。
時折、母親が薬作りで忙しいときは、店の売り子をするが、それでも暇なものは暇だ。
そもそも、母の魔法薬が優秀で、この辺の人は、全然病気をしなくなったから、薬を買いに来る人も殆どいないのだ。
カランカラン
店の売り子を暇だ暇だと言いながらしていると、久しぶりに店の扉が開く音がした。
お客さん!?と、ワクワクしながら扉の方を見ると、背が高くフードを深く被った男が立っていた。
前世の記憶を思い出し、そこらにいる10歳とは違う私にはわかる。
これは、不審者という奴だと。
カウンターの下で、不審者対策として母から渡された魔法石を握る。
この魔法石を当てれば、相手はたちまち発光するとの事。
眩しさにより、当人より周りへの被害の方がエグいと私は思っているので、出来れば使いたく無い。
「あー、えっと……ここが《東の魔女の薬屋》かな……?」
東の魔女、それは母親が町の人から親しみをもって呼ばれている通称だ。
母個人として接するときは、母の名前を呼ぶが、薬屋として接するときはその名を使う暗黙ルールがあるらしい。
「……」
「あの……?」
何も返さない私に男は戸惑っているようだった。
確かに普通の客なら、返答のない店員は怖いだろう。
しかし、この男は店に入りカウンターまで来ても、深く被ったフードを脱ごうとしない。うーん、怪しい。
魔法石を投げるか否か。悩んでいると、私の後ろの扉が開いた。
この扉は、お店兼家である我が家の、店と家を繋げている扉。そして、家に現在居るのは、魔法薬を作成している母親だけなのだ。
「あら、サラさん。お客さん?」
母は眠たげに目元を擦りながら、いつもよりゆったりと言葉を発する。さっきまで寝ていたのだろう。
「それが、」
「ソフィ!」
私が母に返答しようとすると、男は母の名前を呼んだ。
母はその声で目が覚めたのか、眠たそうにしていた目を、大きく見開いてこう言ったのだ。
「フレド様……」
男はそう呼ばれると、深く被っていたフードを脱いだ。
そこには、母であるソフィと同じぐらい歳を重ねた、フレド・アダルベルトがいた。
ーーー
フレド・アダルベルト
乙女ゲーム《魔法使いへ祝福を》に出てくる、攻略キャラの1人で、この国の第一王子である。そして何より、ソフィ・エーデルの婚約者だ。
いや、恐らく《婚約者だった》が、現実としては正しいのだろう。
あの後、お店は急遽閉店となり、護衛もつけずこんなところまできた王子を、我が家でもてなす事となった。
「ソフィ……その……」
王族の口にあうのかわからないが、ひとまず私の最近お気に入りのお茶を入れてリビングへ向かえば、とても気まずそうな王子と、見たことが無いほどに怒っている母がいた。
母は私がお茶を持ってきたことに気がつくと、いつもの笑みで「ありがとうございます」と言った。
「あぁ、ありがとう。えっと……」
「サラ・アルツナイです」
フレドもお礼を言おうとしてくれたが、私の名前がわからない様だったので自己紹介をする。
フレドは笑顔で「ありがとう、サラ」と礼を述べた。
さて、私はここに居ていいのだろうか。
ひとまず退室するか悩んだが、他の部屋で待っていてとも、ここに居てとも言われないので、好奇心で居座る事にした。
というか、フレドが出てきたという事は、ここはやはり《魔法使いへ祝福を》の世界線なのだろうか?
ストーリーよりも時が経っている点や、母親の現在の様子など考えると、なんとも言えなかったが、フレドは見た感じゲームのまま成長をしている印象を受けた。
「それで、フレド様は何用でこんな所まで、来られたですの?」
母親がピリッとする声音でそう言った。
先ほど何かを言いかけて、口を閉じたフレドに対して、苛立ちを隠していない。
そして、その声音、姿勢、反論を許さないとでも言うような、その姿は、完全に悪役令嬢そのものだった。
探しつづけたその姿に、心の中で私は、アイドルのコンサートでも見ている気持ちで、うちわとペンライトを振った。ソフィ〜!悪役令嬢して〜!!
「いつもそうですわ。貴方様ときたら、思い立ったらすぐ行動されて、一国の未来を担う人間であるという意識が薄すぎますわ。その行動で、どれだけの人間が困っているか、少しは考えたら如何ですの?」
「う、ぐぬ……」
ソフィの怒涛のラッシュに、フレドは返す言葉がない様で、最終的に胸を強く抑えていた。
私の目には、ソフィの頭上にWinの文字が輝いている様に見えた。
その華麗な姿に、思わず拍手を贈りたい。
ちゃんと、ソフィは悪役令嬢だったのだ。




