【第57話】 散りゆく者たちの誓い
桃十郎は怒涛の勢いで王政軍に切り込み、敵兵を次々となぎ倒した。その姿はまさに戦場を舞う鬼神そのものだった。
「うおおおお!」
圧倒的な速度と力に、王政軍は為す術なく崩れ始める。だが、桃ブーツが与える力は強力な反面、決して長くは続かない。この力が切れた時こそ、同盟軍の真の窮地となる。
一方、別の死闘も限界を迎えつつあった。
特秀同士の戦い――タオズとポクスン、そしてメロコトン。
「くっ……強すぎる……」
「なんだよこいつ……前より遥かに強くなってやがる……」
二人の体には無数の傷が刻まれ、立っているのがやっとだった。
「双子よ、ここまでだ。潔く死ね」
メロコトンは冷たい言葉とともに大剣を高々と振りかぶった。
(終わりか……!)
その刹那――風を切る鋭い音と共に、一人の男が凄まじい勢いで飛び込んできた。
ガキィィン!!
大剣を両手でしっかりと受け止めたのはヨサクだった。
「なに……?」
メロコトンは一瞬、戸惑いを隠せない。
「何をしてるんです!タオズ!ポクスン!あなた方は特秀でしょう!?まだ戦えるはずです!」
ヨサクは気迫に満ちた声で叫ぶと、全力でメロコトンの剣を弾き返した。
「三人なら勝てます!一緒にこの男を倒しましょう!」
「ヨサク……仕方ねぇな……」
「欠陥品のくせに偉そうに言いやがって……」
三人の視線が一つに交錯した。
「雑魚が何人集まろうと無駄だ!」
メロコトンが叫ぶと同時に、壮絶な剣戟が再び巻き起こった。メロコトンは大剣を流れるような動きで振り回し、三人を同時に押し込んでいく。鋭い斬撃が次々と繰り出され、その速さと威力に圧倒されそうになる。
「くそっ、速すぎる!」
「連携で崩すぞ!」
タオズとポクスンが絶妙なタイミングで鉤爪を交互に繰り出す。しかし、メロコトンの守りは完璧に近かった。
一方ヨサクは隙を見つけては鋭い突きを放ち、メロコトンを牽制する。戦いはまさに一進一退。誰もが一瞬でも気を抜けば命を落とす、極限の攻防が続いていた。
そしてその時、ほんの僅かな隙がメロコトンに生じた。
「そこだぁぁぁ!」
タオズの鉤爪が、メロコトンの左胸を貫く。
「ぐっ……貴様ぁ……!」
メロコトンは後退りし、傷口から流れる血を押さえる。
「……この俺が傷を……」
「次の攻撃で決めるぞ!」
ヨサクの声に三人は再び飛び込んだ。激しい攻防の中、着実にメロコトンを追い詰めていく。
ザンッ!
メロコトンの足がポクスンの鉤爪に裂かれ、バランスを崩す。
「終わりだ、メロコトン!!」
タオズが勝利を確信し、その鉤爪を敵の喉元に突き出したその時――
「殺すなぁぁぁ!!」
ヨサクの必死の叫びが響いた。タオズの動きが止まる。
「もう十分です!戦えない相手を殺す必要なんてない!」
しかし、その情けをメロコトンは見逃さなかった。
「甘いな……」
片腕一本で大剣が閃いた。
ズパァァーーン!!
「ぐはっ……!」
凄まじい斬撃を受け、タオズとポクスンは倒れた。
その瞬間、世界から音が消え、時が止まったような錯覚がヨサクを襲った。
(そんな……嘘だろ……!?)
ヨサクは絶望の淵に立たされ、自分の判断を後悔した。
(私が……私が止めなければ……こんなことには……!)
倒れていく二人の姿が、スローモーションのようにゆっくりと視界に映る。その姿はヨサクの心に深く刻まれた。
(また……また私の選択で……仲間を……)
胸を締め付けるような悲しみと無力感がヨサクを支配した。
「この俺が……こんな奴らに……」
その一撃を放ったメロコトンもまた、力尽きて倒れた。
「タオズー!!ポクスンー!!」
ヨサクは叫びながら、血塗れの地面に崩れ落ちた二人に駆け寄った。彼らの胸はわずかに上下している。だが、それももう長くはなかった。
「ヨサク……お前は……本当に……甘すぎるんだよ……」
タオズの声はかすれていた。
ヨサクの瞳から涙が溢れ落ちる。震える手でタオズの体を抱きかかえながら、何度も首を振った。
「俺のせいだ……俺が……俺の判断が……また仲間を……っ」
「情けねぇ顔すんな……お前は間違ってなんかねぇ……」
ポクスンが微笑む。だがその笑みは、もう力を失いかけていた。
「早く……戻れ……ヨサク……戦場が……お前を待ってる……」
「ヨサク……絶対に……勝てよ……」
二人は、互いに背を預けるようにして横たわりながら、静かにその目を閉じた。
その姿は、戦士としての誇りを最後まで貫いた者たちの、美しい最期だった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ヨサクの悲痛な叫びが、空を裂くように響き渡った。
その声は戦場全体に届き、すべての者の心を強く揺さぶった。