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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第一章
22/122

【第22話】桃九郎の過去2〜回想編〜

 桃九郎は、生きる意味を失っていた。

「世のために生きろ」――命尽きる間際、桃七郎が残した言葉は、心の奥深くに突き刺さったままだ。

 だが、それは重すぎた。あまりにも重く、具体性のない言葉だった。


 どうやって“世のため”に生きればいいのか。

 何をすれば、それが果たされるのか。

 誰も教えてはくれなかった。


 桃の集いは壊滅した。

 桃から生まれた者たちはもういない。

 桃九郎は、生き残ってしまったただ一人の存在となった。


_________



桃暦145年


 そして、三十年の月日が過ぎた。

 桃九郎は四十歳になっていた。

 その間、桃から生まれたことを隠し、影のようにひっそりと暮らしていた。


(……俺がいなくても、世界は平和だったじゃないか)


 そう自分に言い聞かせることで、彼は己の無力さと向き合わずに済んでいた。

 桃の力は封じた。剣も握らなかった。

 “桃九郎”という名前すら捨て、世間から隠れて生きてきた。


 それでも時折、彼の中で問いが渦巻いた。

 桃の集いは、本当に必要なものだったのか?

 初代が築き上げた誓いと使命は、ただの幻想だったのか?


 何も変わらぬ世界が、その答えを拒み続けているように思えた。



――だが、その年。

静かな日常が音を立てて崩れた。



 王政が突如、国中に向けて布告を出した。

 「鬼の復活は時間の問題である」――そう高らかに宣言されたのだ。


 王政は続けて

 「その脅威に備えるため、防衛体制を強化せねばならない。よって国民の皆には、防衛費として相応の負担をお願いする」


 つまりは、増税だった。

 “鬼復活の日”に備えるという名目で、民から莫大な税を徴収しようとしていたのだ。


 それは国民の肩にのしかかり、民は疲弊していった。


 桃九郎は、悩み抜いた。


(鬼の復活だと!?本当に……俺がやらなきゃいけないのか?)


 その問いに対する答えが出せず、日々をやり過ごした。

 頭では理解していた。桃七郎の言葉の意味も、力を持つ者の責任も。

 だが、心がついてこなかった。

 あの夜の恐怖、失った仲間たちの顔、自分が手をかけた桃八郎の断末魔――

 すべてが心に棘のように残っていた。


 自分が再び“桃九郎”として立てば、また誰かが死ぬのではないか。

 それが怖かった。

 だから何もできずに、ただ時間だけが過ぎていった。



――そんなある日、彼の前に運命が訪れる。


 ある男が、桃九郎の家を訪ねてきた。

「すみません。桃九郎さんですよね」


「……なぜ、その名を」

 桃九郎は目を細めた。三十年、誰にも名乗ってこなかったはずの名前。

 それを口にしたこの若者は、漆黒の髪に鋭い眼光を持ち、どこか深い闇を背負っているように見えた。


「あなたを、ずっと探していました」

 青年の名はジロウ。元は王族に仕えていたという。

 語られる真実は、桃九郎の思考を凍りつかせた。


「私は最近まで王族に仕えていました。しかし……ある恐ろしい真実を知ってしまったのです」


 ジロウは真剣な眼差しで続けた。


「今、世間を騒がせている“鬼の復活”――あれはすべて、王族が仕組んだ偽りです」


「……嘘だと?」


「はい。今の王政は、腐りきっています。

鬼の復活を偽装し、民から金や食料を搾取している。

重税はそのための方便に過ぎません」


 桃九郎は言葉を失った。


「なぜ……なぜそんなことをする?」


「分かりません。ただ……今の王族は、何かに取り憑かれたように異常なのです。

そして……その背後にいるのが、“ホレス”という男です」


「ホレス……?」


「はい。――彼は、“桃から生まれた者”なのです」


「……なに……?」


 その瞬間、桃九郎の背筋に冷たいものが走った。


「桃の力が……闇に堕ちている」

 ジロウの言葉が鋭く響いた。


「桃の集いが消え、正義を導く声を失った今。

ホレスはその力を、自らの欲望のままに使い始めたのです。

このままでは、世界は破滅へと突き進む。桃の力を止められるのは……あなたしかいないんです!」


 ジロウの言葉が胸を抉った。


「やめろ……そんな大それたことを俺に押しつけるな……俺には、何もできないんだ……!」

 震える声は、桃九郎の本心だった。


 目の前の若者の“期待”は、過去の“責任”そのものだった。

 逃げ続けた三十年の、すべてを突きつけてくるようだった。


「……無理だ。もう、俺には……」


「いえ、あなたしかいないんです」


 世界を混沌へ導こうとしているのが、“桃の者”だという現実。

 初代が築き上げた誓いを、正反対の意思で利用しようとする存在がいる――


 それを聞いたとき、桃九郎の中で何かが崩れ、同時に目覚めた。


 桃七郎の声が脳裏で響く。

「この力は、世のために、民のために使え」

「それが、桃から生まれし者の“使命”だ」


 心の奥にずっと残っていた“自分を責める声”と“どうせ俺なんか”という諦め。

 だがそのどちらも、ジロウの言葉が切り裂いていく。


「……世界を救ってください」


 ジロウが頭を下げる。

 その姿に、かつての自分が重なった。


 幼き日、桃七郎に導かれ、あの屋敷に足を踏み入れた日。

 誰にも言えない孤独と、それでも守りたかった“正義”の想い――。


「……俺のせいだ」

 桃九郎は呟いた。

「俺が動かなかったから、桃の力が“悪”に使われた……」

「七様……俺は、何も出来ませんでした……!」


 膝をつき、拳を握り、嗚咽がこぼれる。

 だが、それは過去の自分を断ち切るための涙だった。


 そして桃九郎は、静かに顔を上げた。

 

 その目に、かつて失ったはずの――確かな意志が、再び灯っていた。

 揺れることのない覚悟。

 桃から生まれた者としての、宿命を背負う決意。


 しばしの沈黙の後、桃九郎は静かに口を開いた。


「……ジロウ。仲間は?」


 その言葉に、ジロウは一瞬驚いたように目を見開く。

 だがすぐに頷き、真剣な眼差しで答えた。


「……まだいません。これから募ります」

「この国のどこかには、想いを同じくする者たちが、必ずいるはずです」


 桃九郎はゆっくりと立ち上がった。

 その姿には、かつての迷いも、弱さも、もうなかった。


「ならば――始めよう」

「民のために、世界のために。そして……俺自身の贖罪のために」


 力強い言葉とともに、桃九郎は拳を握りしめる。


「ここに、反乱軍――“レジスタンス”を結成する!」


 かつて桃から生まれし少年が、己の過去と向き合い、今ふたたび歩き出す。

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