【第14話】決着
稲妻に照らされたモーモー太郎の姿は、まるで神話の戦士だった。
全身を包む光が脈動し、肌の表面を微細な電流が這う。
かつて四足で歩いていた牛はもういない。
そこに立っているのは、二本の足で堂々と立ち、世界を睨み据える“光の戦士”だった。
その目は鋭く光を放ち、洞窟の闇を切り裂いている。
威圧感、存在感、そして――力。
先ほどまでのモーモー太郎とは別人のようだった。
驚いていたのはホレスだけではない。
モーモー太郎自身も、自分の姿に息を呑んでいた。
「……僕が……立ってる……? 二本足で……!?」
彼の掌から、ビリビリと音を立てて光が走る。
胸の奥から熱いものが込み上げてくる――
脳裏に浮かんだのは、あの桃色の牛・ピーチジョンの姿だった。
あの時、彼は二本の足で立ち、影の力を自在に操っていた。
――そして今、同じ立ち姿をしている自分。
(なにか関係があるのか…………)
「モーモー太郎君、それは一体……?」
岩陰から顔を覗かせたホレスが、驚きと畏怖の入り混じった声を上げる。
モーモー太郎はゆっくりと拳を握りしめた。
「分かりません……でも、一つだけ、確かに感じるものがあります」
ビシッ――!!
拳を握る音と同時に、青白い稲妻が一瞬、空気を切り裂いた。
「……すごく……暖かいんです」
「暖かい……?」
ホレスが眉をひそめる。
モーモー太郎は力強く頷き、胸を張って叫んだ。
「そして、今の僕は――鬼にも負ける気がしません!!!」
その叫びが洞窟に響き渡る。
「ほぉ……」
鬼がニヤリと笑い、ゴキゴキと拳を鳴らす。
_____
緊張が一気に高まる。
次の瞬間――
ヒュッ!!!
モーモー太郎が地面を蹴った。
爆風のような風圧とともに、その姿が掻き消える。
「なっ……!? 速い!!」
鬼の目が、初めて大きく見開かれる。
次の瞬間――
ドオオオオオオォォォンッ!!!
右前足が、雷の軌跡を残しながら鬼の腹に突き刺さった。
地鳴りのような衝撃音。
衝撃波が洞窟全体を揺らし、岩壁にヒビが走る。
「ぐはぁあああああっ!!!」
巨体が宙を舞い、岩壁に激突。
轟音と粉塵が一気に巻き上がり、視界が白く霞む。
「す……すごい……」
ホレスは、口を押さえて震えていた。
目の前で繰り広げられているのは、もはや“鬼退治”ではない。
神話の戦いだった。
鬼は唸り声を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「やるのぉ…」
顔には怒りと喜びが混ざったような表情。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
巨大な拳が稲妻を裂いて振り下ろされる。
「ふんっ!!!」
モーモー太郎は両前足を交差させ、真正面から受け止めた――
ガァァァァンッッ!!!
金属同士がぶつかり合ったような衝撃音。
洞窟全体がビリビリと震える。
「ぐっ……くそっ……! ガードしているのに、この威力……!」
腕に走る痺れ。しかし、倒れるわけにはいかない。
モーモー太郎は踏ん張り、鬼の拳を押し返すと同時に――
「お返しだっ!!!」
左ストレートが閃光のように走り、鬼の脇腹を直撃!
ドゴォォォォン!!!
「がはっ……!!」
鬼の体がのけぞる。だが、踏ん張った。
その目にはまだ戦意が宿っている。
「まだまだじゃああああああ!!!」
再び殴り合いが始まる。
光と邪気が交錯し、拳と拳がぶつかり合う。
バキッ! ドガッ! ズドドドドッ!!
二人の攻防は、もはや人の目では追えなかった。
ホレスはただ呆然と立ち尽くすしかない。
_____
荒い息遣いが洞窟に響く。
「はぁ……はぁ……」
モーモー太郎の肩が大きく上下する。
全身の筋肉が悲鳴を上げ始めていた。
二足歩行の力は絶大だが、代償もまた大きい。
(くっ……もう長くは保たない……二足歩行が解ける……!)
一方、鬼も確実に消耗していた。
額からは黒い煙が立ち昇り、呼吸は荒い。
勝負は――次の一撃で決まる。
モーモー太郎が地面を強く踏みしめる。
「行くぞおおおおおおお!!!!」
鬼が応えるように拳を振り上げた。
「来いっっっ!!!!」
光と邪気が交差し、拳と拳がぶつかる――その瞬間!
モーモー太郎は身を低く沈め、ギリギリのところで鬼の拳をかわすと――
「これで……終わりだあああああああああッ!!!!」
渾身の右ストレートが、雷鳴とともに鬼の顔面を撃ち抜いた!
バギバギバギィィィィィィンッ!!!
「ぐぁあああああああああっ!!!」
鬼の巨体が吹き飛び、地面をゴロゴロと転がる。
その口元に、転がっていた“きびだんご”が見えた。
(今しかない……!)
モーモー太郎は最後の力を振り絞り、稲妻の尾を引きながら跳躍した。
空中で団子を掴み――
「お前の主人は……僕だああああああああああッ!!!!」
ズドォォォォォォンッ!!!!
右足が、きびだんごごと鬼の口へ突き刺さる!
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
その瞬間――
パアアアアアアアッ……!!
鬼の体を覆っていた赤黒い邪気が一気に弾け飛び、洞窟全体が白い閃光に包まれた。
熱風と爆音。
そして――静寂。
鬼の瞳から、あの闘争の炎が消えた。
巨体がゆっくりと膝をつく。
「な……何だ……これは……!?」
鬼は呟き、崩れ落ちるように動きを止めた。
モーモー太郎は膝をつき、肩で激しく息をする。
力が、限界を迎えていた。
「……これで……成功……なのか……?」
ゴゴゴゴ……
鬼が、ゆっくりと立ち上がる。
モーモー太郎とホレスは再び身構えた。
その時――
「……ワシの……主人は……お前か?」
「えっ……?」
モーモー太郎とホレスは顔を見合わせた。
「な、仲間……なのか……?」
一瞬の沈黙のあと――
「ガァーーーハハハハハ!!! 力を貸そう、主よぉ!!」
鬼が豪快に笑い声を上げた。
それは、先ほどまでの殺気とはまるで違う、清々しい笑いだった。
――鬼が、仲間になった瞬間だった。




