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公爵令嬢


金糸の髪にスカイブルーの瞳。

見た目も立場も本物の王子様。

優しくて、思慮深い、誰もが認める王太子殿下。

優しく微笑めば誰もが虜になる。

誰にも満遍なく愛想を振りまく、ーーーーーー節操のない()()()


あの胡散臭い微笑みが大っ嫌いだった。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



あの人を認識したのは私が4歳の時。

お父様に連れられて行かれた王城で初めて会った。

煌めく青い瞳、柔らかそうな金糸の髪。

甘く輝く笑顔で声をかけられた。


『初めまして、私はフェルナンド。従姉妹殿よろしくね。』


当たり障りの無い挨拶だった。

だから当たり障りの無い挨拶を返したのだけれど、王子殿下は何か腑に落ちない様でマジマジと私を見ていた。

後から思うと、渾身の微笑みに見惚れなかったのがダメだったんじゃないかと思う。

それも仕方ない。

うちにはあの程度の顔なら転がっている。

殿下と1番近いのはお父様。

ほぼ殿下と同じ色素で構成されていて、毎日のように私に愛を囁き、キスをする。

一のお兄様は金糸の髪だけど、瞳の色がお母様のエメラルドグリーン。甘やかされて、溺れそうだ。

二のお兄様はほぼお母様の要素で栗色にエメラルドグリーン。美味しいお菓子を届けてくれるけど、餌付けされている気分になってしまう。

三のお兄様は栗色の髪にお父様のスカイブルー。他3人の過保護さをみているせいか、余り絡んで来ない。兄妹らしい距離感で案外気に入っている。

私は………お父様と同じだわ。

だから王子を見ていると鏡を見ているようで、気持ち悪い。

ナルシストじゃあるまいし自分に似た顔を見てうっとりするはずもないでしょう?

だから自意識過剰の王子様なんだ、そう思った。


自分の微笑みに絆されない変な女と認定された私の扱いは粗雑(ぞんざい)だ。

人がいればニコニコ笑ってるけれど、人がいなくなると一変する。

仏頂面で愚痴大会が始まるのだ。

主に私は聞いているだけ。

吐き出される言葉は右から左に聞き流す。

意見が欲しい訳ではない。

ただ自分の内に溜まった鬱憤を吐き出したいだけ。

その点私なら大丈夫だと思ったのだろう。

同じ血筋で、醜聞になる様な噂を流すはずもなく、しかも殿下に興味がない。

けれど、ある日吐かれた言葉は聞き流せなかった。


『お前達は良いなぁ。甘やかされて、好き放題できるだろ?俺なんか結婚相手さえ自由にならない。お前達が羨ましい。』


確かに王子には婚約者がいる。

宰相閣下の娘で、私と1つ違い。

陛下の勅命で宰相閣下は泣く泣く婚約させた、とも聞いていた。

アールデン侯爵家を取り込む為の完全なる政略だ。

紫の瞳が印象的な可愛い子で、王子様の微笑みの餌食になった憐れな子。

王子様が大好きで、努力家で、ピンと一本筋の通った美しさを持っている。

そんな彼女じゃ不満だとでもいうの?

彼女以上の人はいないのに?

しかも、甘やかされて、好き勝手出来て、羨ましい?


見当違いも甚だしい。


私たち兄妹にも大きな枷はある。

お父様は国王陛下の弟、つまり王弟という事だ。

今は臣下に降っているけれど、根っこは同じ。

王の為、国の為、と育てられて来たのだ。

お父様の最上は王、延いては国。

王家に子がひとりしかいない以上、スペアーを作るのは当たり前で、故に兄が3人もいた。

隣国に嫁がせる駒か必要だったから、私が生まれた。

私には生まれた時から未だに顔を合わせた事のない婚約者がいるのだけれど、王子殿下はそれを知らないのだろうか。

一のお兄様は公爵後継であり、殿下のスペアーとして厳しく育てられている。

二のお兄様は国外との伝手を作る為に留学中で、一のお兄様のスペアーだ。

女を望んで作った3番目は残念ながら男だった。まずスペアーとなる事はないから、三のお兄様には騎士への道が引かれた。

そして待望の(わたし)が生まれ、もともと体の弱かったお母様は体を壊して儚くなった。

それは全部、殿下を、未来の王を支える為の布石なのに。

本人がそれをわかっていないのは屈辱だし、怒りを通り越して、呆れるしかない。

表では優秀で、慈悲深く、思慮深い、王子殿下。

それが上辺だけで、全て()()なのだと気がついてしまった。

自由に焦がれ、無い物ねだりの、自己中王子。


私達は殿下の為に進む道が決められている。

自分達では選べない、行く先が決まった道のりだ。

殿下とは違う道だけれど、目指すものは同じ、国の安定と繁栄。

これからその(いただ)きに立つ本人がそれを理解していなかった、そう思うとやるせない。

王座に1番近いのに、王には相応しくない。

それを覆い隠すあの胡散臭い微笑みも、その胡散臭さに気がついていない愚かさも、それを誰にも言えないでいる自分も大っ嫌いだ。


人は変わる事が出来るだろうか。

たとえ変わらなくても、周囲がまともなら、アールデンの御令嬢が隣にいれば国は成り立つだろうか。

あの人の性根を叩き直してくれる、そんな人物の登場を願う事しか出来ない。


正統な王位継承者は、彼の人だから。




♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎




それを聞いたのはたまたまだった。


「ねぇ、シルキー。殿下には婚約者もいらっしゃるのよ?無闇に近づくのはお止めなさい。嫌がる殿下に付きまとっているとか、媚を売って側に寄られて迷惑に思われているとか、悪い噂が凄いのよ。ふしだらな女だと思われたら、良い縁も結べないわ?」


人気のないバルコニーの片隅で誰かを諌めている令嬢がいた。

諌められているのは、先程殿下とダンスをしていた噂の令嬢だ。


「媚びなんかじゃなくて、話しをしているだけです。私といると癒されるんですって。羨ましければあなた()フェル様に媚でも売って仲良くしてもらったらどうですか?」


なんとも問題だらけの発言だ。

言葉選びが雑すぎるし、相手を馬鹿にしているのが見え見えで、分かり易すぎる。

中でも最大のタブーは、


「あなた、殿下をお名前で愛称でお呼びするなんて不敬すぎるわ。」


それだ。

王太子殿下を愛称で呼ぶのは家族か婚約者ぐらい。

それを平然と『フェル様』か。

畏れ多いとは思わないのかしら?


「ふふ、やっぱり羨ましいのでしょ?フェル様が良いって言ってくれたのよ。お嬢様はもっと愛想を振りまいた方が良いんじゃない?そうじゃないと結婚相手が捕まえられないわ。その為にわざわざ王都まで来たのでしょ?」


ああ、これは酷い。

この2人はこれで決裂だろう。

こんな非常識女と付き合ったいたら、自分の首も締める。


「ーーーあなた、自分の常識で人を測るのはやめなさい。ここでそれは通用しない。最終的に困るのはあなたのお父上よ。」


「私、悪い事なんて何もしてない!フェル様とお話しして何がいけないの?それにお父様に困る事があったらフェル様にお願いするもの。脅しになんか屈しない!」


そう言い捨てて、走り去った。

意見した令嬢は疲れた様子でバルコニーの手すりを握り締めると、空をみて静かに息を吐いた。


噂通り


貴族社会のルールも礼儀作法もまるでわかっていない、子爵令嬢。

高位の令嬢にもあの態度ならば、今後どこからも誘いは来ないだろう。

殿下も早く彼女から興味を無くせば良いと、その時は軽く考えていた。

しかし気がつけば、引き返せない所まで話が進んでしまった。


婚約破棄だ。


殿下のくせに陛下の許しもなく行われた茶番。

無理矢理に王家から結んだ契約を、たかが愛の為に破り捨てた。

国に対する裏切りだし、王に対する反逆。

しかも多勢の中で行われた事で、有耶無耶にする事も出来ない。

殿下から宣言されたテレミア様にも大きな傷が付く。

それもわからずに得意げに愛を語った殿下に反吐がでそうたった。

このスキャンダルで社交界は騒めいて、王家を批判するもの、テレミア様の不貞があったのではないか、などあり得ない噂まで蔓延して収集がつかなくなった。

やらかした本人達は人前に姿を現さなくなり、テレミア様も沈黙を貫いたまま。

そんな時にお父様から『小さなお茶会』を開くよう要請された。

私から出される家族への招待状。

絶対参加が義務付けられる、召喚状だ。

そこで告げられた、衝撃的な事実。

三のお兄様は事故だと言ってはいるが、実際に殿下はテレミア様を突き落とした。

その事実は変わらない。

このまま終わるはずがない。


それからの展開は早かった。

王家としても長く放置は出来ない問題だ。

先立って、シルキー嬢の罪を贖う為にトロガ子爵が爵位の返上を願い出た。

陛下はそれを許さず子爵位を男爵位へ降格、臣籍降下させたフェルナンドを婿入りさせる。

フェルナンド王太子殿下はいなくなり、トロガ男爵フェルナンド卿の出来上がりだ。世間には病気療養とされ、療養地となるカントを譲渡、執政官を配置して生涯そこに封じられる事となった。

体のいい厄介払い、所謂幽閉生活の始まり。領地から外には出る事を許されていない。

カント。王家の直轄地ではあるが、農地しかない猫の額のような土地だ。普通に治れば税を納めても生活はできる。仮にも王太子だったのだからそれくらいは出来てもらわなければ困る。あの娘は王都へ来る前の延長のような生活だし、フェルナンドは真実の愛とやらを選んだのだ。どのようなモノが待っていたとしてもふたりでいられれば本望だろう、たとえ子が出来なかったとしても。

どんなに望んでも王族の血を受け継ぐ子は生まれない。毎日、毎日、子種を殺す秘薬が盛られているから。果たしてフェルナンドがそれに気がついているのかは定かではないが、もし男爵夫人に子が出来たとしてもフェルナンドの子ではない。不貞の末の子であり、男爵位を継ぐ事は許されないだろう。

もしも、もしも王命に背けば、王が選んだ使用人と言う名の監視人が報告を上、数日後には病死と発表される。

自分の運命を自分の手の内に握っている事に気がついているだろか。ふたり共に嫌なことからは目をそらすタイプだからどうなってしまうのか。

不意に、あえて緩い環境に置き、自分達から道を踏み外す事を望んでいる誰かの悪意を感じてブルリと震えが走った。

国にも、王にも深い傷を付けた者に情けをかける謂れはない。自ら落ちて行くのを虎視眈々と待っている。



「どうした?風で冷えたか?」


三のお兄様の声で考え込んでいた意識が浮上した。

何も話さず、淡々と歩く妹を心配してくれていた。


「大丈夫ですわ。少し考え事をしてしまって。」


お願いして離宮の庭園の散策に同行してもらっていた。

全てが終わって、どうしても行きたい所があったから。


「もう、着きますの?」


「ああ、そこから少し道をそれる。足場が悪いから気をつけて。」


桟橋への手前で木々の間を抜ける。

何故こんな所を入って行こうと思ったのか、わからない。


「もう時期ではないが、花の香りがあの辺りまで漂っていた。それで興味が湧いたのではないかな。」


少し行くとお兄様は緑が茂る木の前で立ち止まった。


「これだ。ーーーー小さな紫の花が満開だった。」


私を支える反対側の手には大切そうに、薄紫の小さな花を持っている。何処ぞの温室で咲いた、季節外れのその花を譲ってもらったらしい。

テレミア様が大切そうに持っていた、フェルナンドが奪ってシルキーに贈った、薄紫の可愛い花。一房でも香ってくるのだから、この木いっぱいの花が咲いたら、桟橋近くまで届くだろう。

振り向けば、直ぐ湖のほとりが見える。

近づいて覗いて見ると、湖面までかなりの高さがあった。

ここをテレミア様は落ちていった。

ここでフェルナンドは見ているだけだった。

どんな気持ちだったろう。

あれ程好きだったフェルナンドに助けてもらえず絶望しただろうか。愛は憎しみに変わっただろうか。

10年も寄り添っていた婚約者を見送ったフェルナンドは、何も感じなかったのだろうか。

今となってはどちらにも聞くことは出来ない。



母は愛を信じて、壊れてしまった。


テレミア様は愛に破れ、失意の内にいなくなった。


フェルナンドは愛に溺れて、箍が外れた。


シルキーは愛し方を間違えた。


そう考えると、愛とはなんと恐ろしいものか。

人を惑わせ、狂わせ、生き方さえ、人生さえも変えてしまう。


「私は、愛なんていらない。」


なくて良いから、平穏で、凪いだ人生が良い。


「……そう思っていてもいつの間にか胸の内に入り込んで来る。気がつかないうちに、そっとな。」


兄上は手の内に収めたライラックの花を優しく見つめて、湖に落とした。

湖面に揺れる紫が、美しく、哀しくうつる。


「ライラックの花言葉を知っていて?」


湖面を、静かな瞳で見つめていた兄が空を見上げた。


「………知っていたよ。」


頭上には雲ひとつなく、スカイブルーが広がっていた。







最後まで読んで頂いてありがとうございます。

沢山の感想も頂いているのですが、実はまだ読んでいません。途中で読んでしまうと自分の中のお話が変わってしまう気がしまして。

これから読ませて頂きます。

思っていたよりも沢山の方々に読んでもらえた事に感謝しかありません。

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