真夏~夜
両脇を土手に挟まれた川の水がオレンジの水色に変わるこの時間帯、感覚的には一日で一番暑い気がするのはきっと、燃えるような色も関係あると思う。
そんな額に汗しながら土手を歩く俺の背中には、秋山さんが依然として乗っかっている。一瞬気絶から目覚めたと思ったら、瞬く間に眠りに落ちてしまったため、俺はまだあと三十分はこうして歩かないといけないらしい。引きこもりには辛いぜよ。
「あ……悠里になんかしたの?」
ソーダ系のアイスキャンディを食わえた金髪さんにエンカウントした。今朝の様子から秋山さんがこんなんだともっと突っかかってくると思ってただけに、肩透かしを食らった気分だ。
「なにもしてないどころか無関係まであります」
「そっ」
「友達だったらもっと心配すると思ってました」
「私は別に友達じゃないし」
「……そうですか」
じゃあ今朝の異様なイラつきかたは無理矢理呼び出されたせいだけじゃなかったのか。金髪さんの横を通り歩みを進めること約二十分、思ったよりも早く到着できた。
商店街の中を秋山さんを背負いながら歩くのはかなり目立ったが所詮他人だ、関係ない。
秋山さんをカウンター裏すぐの座敷に寝かせて立ち上がろうとした、しかし振り向いた俺の背中を秋山さんががっしり握っていた。
この力加減は確実に起きてる。
「離してください」
「…………」
「起きてるのは分かってます、可及的速やかにその手を離し俺を解放してください」
「友達、じゃなかったんだね」
「その時からですか」
俺のように他人から攻撃を受けることの多い人間は観測能力に長ける、そうでないと身を守れないから。だからなのだろう、彼女の声からは失意の念が多分に感じられるのは。
留年して疎遠になった元クラスメート達の中で数少ない友人本人から、友達じゃないと聞かされた。
だが俺は知ってる。いつも一人で馬鹿みたいなことではしゃぐ彼らを見つめてきた俺は、彼ら彼女らの仲間意識の中途半端さをよく理解してる。昨日の敵は今日の友は無くてもその逆はある、何がきっかけかは分からないが、彼らの人間関係なんてそんなものだ。
「どうせ遅かれ早かれ気づくことです。嫌われてるかどうかで悩まなくて済んで良かったくらいに思っとけばいいんですよ」
「いままで一人も友達居なかった水瀬くんには分かるわけ無いじゃん」
「分かりませんよ。誰でも出来ることに凄いっていったり、言われたくないことでからかわれて怒ってない振りする理由も、嬉しくもない誕生日プレゼントもらって嬉しい振り意味も、いままで友達なんて誰一人居ませんでしたから」
中途半端だから傷も中途半端になる。どうせならもう立ち直れないほど深い傷か、三日で直るような掠り傷の両極端の方がよっぽどましだ。
お互い踏み込まず踏み込ませず、しかしお互いの踏み込む境界線をお互いの基準で推し量りあう。そうして生まれた中途半端な境界線は、簡単にかき消せる。中途半端に信頼するから中途半端に裏切られる、
一人でいれば裏切られるときも全力、信頼するときも全力。よって馴れ合いの中途半端な関係より何倍もましだ。Q.E.D証明完了。
「何で皆私に優しくしてくれなのよ! 一方通行なんてもう嫌なの」
彼女の言い分は分からなくもない。世界は、世の中、世間は、いつだって自分に優しくない。世界が愛や優しさで満たされるなんて歌詞があるが、それこそ現実逃避だ。
逃げることは悪くない、逃げることで違う道が見えるかもしれない。某人気漫画でも主人公は逃げることで修羅場を何度も潜り抜けている。敵前逃亡はれっきとした戦略の一つだり
しかし世間はそれを許さない。特に学校のような意地を張るやつの多い場所じゃ逃げることなんて禁忌だ。自分達は青春だリア充だガリ勉だ馬鹿だの言い合って、現実から逃げるがそれを他人にさせることは許さない。
世の中は俺に厳しい、逃げることも抵抗することも逃げることも許されないのだから。ならせめて俺だけでも俺を労ってやろうと決めた。
「確かに世間は個人にたいして冷たいです。でももう一人なんですから世間なんて気にせず自分に甘えたらどうですか。いつまでも中途半端に過去にすがるから辛いんですよ。もうすっぱり諦めた方がこれからのためになります」
「そんな大人になれないよ」
「俺もですよ、夕飯作らないとだから帰ります。そのタオルは捨ててもらっても構いませんから」
掴まれていた服を解放してもらい立ち上がる。夏の日暮れ、太陽の中心線が地平線下七度二十一分四十秒を遥かに越え、両脇に建ち並ぶ民家の明かりが夜の商店街を照らし人通りはめっきり減った。
大人になれば分かる何てのは嘘だ、くずった子どもを黙らせるための詭弁だ。大人になっても、近づいても分からないことは分からないままだし、理解しがたいことは増えていく。
本当の正義とか、正しい人付き合いとか、信頼すべきかどうかとか。分からないことは分からないままで、でも分からないと進めない。だからこの世は理不尽なのだ。
理不尽で残酷で残忍、ならせめて自分にだけは優しくしてやろう。理由なんていくらでもあるり周囲が自分に厳しいとか世の中は理不尽だからとか、何でもいい。
歩き疲れた体で帰宅すると小春さんに速攻で夕食を用意しろとどやされた。この人はもう少し俺に優しくてもいいんじゃないかと思う今日日頃です。




