第三話 毒が違う
「この人たち、毒に詳しいんだよね?」
昨日の続きだった。
机の上には、旧体制の特殊研究部門に所属していた者たちについての資料が並んでいる。
「だから調べられたんだろうな」
「じゃあ、分かるかも」
「何が」
「毒」
「まだそれか」
「最初からそれだよ」
ノラは一番上の資料を開いた。
本事件では、職員たちが二度に分けて薬液を飲まされている。
最初の薬液を飲んだ直後、男はすぐに次を飲むよう指示した。
時間を置かず、順番を崩さず、自分も同じように飲んでみせている。
事件後、使われた毒物について調査が行われた。
死者の状態や残された薬液などから、毒物の種類についても鑑定が行われている。
「これだよね」
ノラが指した。
「昨日も見た名前だな」
「この毒を持ってる人を探したの?」
「それだけじゃないだろうが、入手できる人間は調べただろうな」
「じゃあ、この人たちが出てきた」
「そういう順番らしい」
ノラは次の資料へ移った。
特殊研究部門に所属していた者への聴取記録だった。
事件で使われた毒物について、専門知識を持つ者の意見が記されている。
数枚めくったところで、ノラの手が止まった。
「……あれ?」
「今度は何だ」
「違う」
「何が」
「毒」
相棒が顔を上げた。
「さっきの見せて」
「どれだ」
「毒が書いてあったやつ」
最初の資料を引き寄せる。
二つを並べた。
ノラが片方を指す。
「こっちは、これ」
「ああ」
「こっちは違う」
特殊研究部門の関係者は、本事件で使われたものについて、別の毒物である可能性を述べていた。
「じゃあ、最初の毒じゃないじゃん」
「待て」
「違うって言ってるよ?」
「この人がそう言っている」
「だから違うんでしょ?」
「鑑定結果が変わったとは書いてない」
「でも専門家だよ?」
「専門家の意見だ」
「同じじゃない?」
「同じじゃない」
ノラは二枚を見比べた。
「じゃあ、どっち?」
「まだ分からん」
「専門家なのに?」
「専門家が違うことを言ってるから分からんのだ」
「役に立たない」
「専門家に謝れ」
ノラはさらに資料を探した。
同じ人物について、別の日付の記録があった。
「あった」
「何が」
「この人、また話してる」
相棒が隣から覗く。
以前の聴取では、本事件で使われた毒物について、ある種類の可能性を挙げている。
ところが、後の記録では説明が変わっていた。
事件で使われた毒物について、以前とは異なる見解を述べている。
「……違うよね?」
「違うな」
「同じ人だよね?」
「名前は同じだ」
「じゃあ、どっち?」
「本人に聞け」
「もういないよ」
「だから資料を読むしかない」
ノラは二つの日付を確認した。
「最初はこっち」
「ああ」
「後がこっち」
「そうだな」
「なんで変わったの?」
「書いてないか?」
「探してる」
前後の資料をめくる。
聴取の内容は残っている。
毒物についての説明もある。
だが、なぜ見解が変わったのか、その理由までは書かれていない。
「ない」
「じゃあ分からんな」
「でも変わってる」
「それは分かる」
「最初が間違ってた?」
「分からん」
「後が間違ってた?」
「それも分からん」
「どっちも間違ってた?」
「増やすな」
「だってあるでしょ」
「可能性ならな」
ノラは頬杖をついた。
目の前には、最初に読んだ事件の資料。
毒物の鑑定についての資料。
特殊研究部門の関係者が述べた見解。
さらに、その人物が後になって述べた別の見解。
同じ毒物について書かれているはずなのに、全部が同じ方向を向いているわけではない。
「困った」
「何が」
「どこから手に入れたのか調べたいのに」
「そうだったな」
「何の毒か分かんなくなった」
「……そうだな」
「毒が違ったら、手に入れる場所も変わるよね?」
「可能性はある」
「じゃあ先に、何の毒だったか決めないと」
「お前が決めるな」
「じゃあ誰が決めるの?」
「当時の鑑定だろ」
「でも、この人は違うって」
「だから、それを今調べてるんだろ」
「ややこしい」
「七十年前の事件を簡単だと思うな」
ノラはもう一度、特殊研究部門の関係者の資料へ戻った。
「この人、最初に話したのいつ?」
相棒が日付を見る。
「事件の後だな」
「こっちに変わったのは?」
「少し後」
「その間に何かあった?」
「さあな」
ノラは人物についての別の記録を探し始めた。
「今度は何を探してる」
「この人」
「毒は?」
「この人が毒の話を変えたんでしょ?」
「そうだな」
「じゃあ、この人に何があったか見れば分かるかも」
相棒も資料を一冊取った。
「名前は?」
「ここ」
「……これか」
二人で頁をめくった。
経歴。
所属。
事件後の聴取。
その後の記録。
ノラが一枚を抜き出した。
「これ」
「何だ?」
「この人、途中で立場変わってない?」
相棒が受け取った。
二つの日付を見比べる。
「……変わってるな」
「いつ?」
相棒はもう一度、日付を確認した。
「事件の後だ」
「なんで?」




