プロローグ 自称探偵
ノラは地図を読むのが苦手なくせに、分かれ道へ差しかかるたび、先に進む方向を決めたがった。
街道の途中で魔導車を止めた相棒が、助手席へ目を向ける。
「どっちだ」
ノラは膝の上に広げていた地図を回した。
「右」
「今、地図を逆さにしただろ」
「見やすい向きにしただけ」
「北は下になったぞ」
「南から見れば合ってる」
「俺達は今、南にいるのか」
ノラは窓の外を見た。
左右には同じような木が並び、道端には文字の消えかけた標識が立っている。
「多分」
「分からないなら言うな」
相棒は地図を奪い、正しい向きへ戻した。
「左だ」
魔導車が再び走りだす。
しばらく進んだところで、ノラが口を開いた。
「地図って難しいね」
「お前が読めないだけだ」
「古い事件の記録より難しい」
相棒が横目で見る。
「地図も読めない奴が、どうして事件の記録を読みたがる」
「地図は正しく描かれてるから」
「何?」
「道が繋がっていて、町の位置も決まってる。地図が間違ってなければ、間違えるのは私でしょ」
「そうだな」
「でも、事件の記録は違う。見た人が書いて、聞いた人がまとめて、偉い人が結論を決める。途中で誰かが間違えても、そのまま残ることがある」
「だから疑うのか」
「変だと思ったところだけ」
「疑えば、真相が分かるのか」
「分からないこともある」
「犯人は捕まる?」
「捕まらないと思う」
「誰かに依頼されたのか」
「されてない」
「金にもならない」
「ならないね」
相棒は前を向いたまま、しばらく黙っていた。
「それは探偵じゃない。ただの野次馬だ」
ノラは少し考えた。
「自称ならいいんじゃない?」
「何が」
「探偵」
「よくない」
「じゃあ、自称探偵」
「言い直しても同じだ」
その日の夕方、二人の乗った魔導車は、予定とは違う町へ到着した。
町の向こうには大きな湖が広がり、傾いた陽を受けた水面が鈍く光っている。
ノラは窓から顔を出し、町の名が刻まれた門を見上げた。
「ここ、どこ?」
「お前が右だと言ったせいで着いた町だ」
「途中から左へ行ったよ?」
「右へ行った分は戻ってない」
事務所も依頼人もなく、真相へ辿り着ける保証さえない。
こうして、方向音痴の自称探偵ノラと、その相棒の旅は始まった。




