幕間:スペンサーの悪巧み
デスクの上には、ウィスキーのグラスと、成瀬の最新のリハビリデータ、ドクターから預かっている「成瀬の左肩のレントゲン写真」が置かれている。
スペンサーは、成瀬を正式な隊員へと昇華させるための最終試験を脳内でシミュレーションしていた。
ナルセには、要人救出のドクトリンを叩き込んだ。
だが、どうも一人で動きたがる節がある。ヒーロー願望か。
そんなものVSSには不要だ。正しく間違えさせるために、さて、どれが最適か。プランは3つある。
1つ目は、主治医であるドクターがVSSの敵対組織に連れ去られたとしよう。
例えばそうだな、買い出しに付き合わせてナルセの目の前で連れ去るのはどうだ?
ドクターからのリハビリは厳しくても素直に聞いているし、時折見せるコチラへの反抗心も無い。
なにより、命を救われたとゆうのは、ナルセにとって大きな貸しであろう。
そんな人物が目の前で攫われたら……
いや、ドクターはVSSの専属医師として名前が通ってる。
下手に動けば、近隣住民からVSSに通報が来る。
そうなれば、VSS全体が動いておかしくない。
組織的な救出パッケージにヤツ一人の速度が適う事はない。
リアリティに欠けるな。
何より、元カノをダシに使ったら、今度こそ俺の心臓を止められそうだ。
2つ目は、現場の指揮官、つまり俺が拿捕されたパターン。
仲間の救出パッケージもドクトリンの一つだ。
教本の忠実な実行を促すには最適。
だが、指揮官が落ちるのなら、その部隊は壊滅的なダメージを追っている状態だ。
民間軍事会社のVSSにとって、隊員の喪失は最大の損害だが、ヴィクターが救出プランを許可するとは思わない。
たとえ許可が出ても、ナルセ一人に任せる判断は、経営的にあり得ない。
これでは演習だとバレるか。
3つ目は、ウチで保護している子供。ナルセが庇ったクアン。
アレは、ナルセが一番重きを置いている。
詳細な事情は知らないが、あそこまでの怪我をしても定期的に目を掛けているなら、ナルセの背負うべき「過去」なんだろう。
クアンはVSSの正式な保護対象ではない。孤児院にいる限りの保護を約束しているに過ぎない。
ナルセがヴィクターに楯突いたとしても、孤児院の外で事件が起きたなら、ヴィクターは「ガキ一人のために、社の兵力は割けない」とでも言うだろう。
これなら、ナルセは独断専行し、正しく間違えるだろう。
スペンサーはカルテのリハビリ達成率:82%」という数字を指でなぞる。
「……死ぬ気で努力しやがったのは認めてやる。だが、実戦はどうかな」
***
ベースにある会議室の大型モニターには、孤児院の周辺地図と、複数の監視カメラ映像が映り、机には数枚の作戦指示書が置かれていた。
スペンサーによって召集された隊員のロコとベアが席に座り、その傍らで、主治医のリンが不機嫌そうに腕を組んで立つ。
「――以上の理由から、検証結果は一択だ」
スペンサーがタブレットを操作し、赤色のマーカーを画面上に表示させる。
「ひゃはっ、相変わらず悪趣味なシミュレーション組むねえ、スペンサー」
会議机に両足を放り出していたロコが、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「スペンサー、これいつ考えたの?」
リンが冷ややかな声を出す。
「昨晩だ」
「やっぱりね。あんたが一人で酒を飲んでいる時はロクなことを考えないわー。三十を過ぎてからの重傷は、二十代の頃とは戻りが違う。せっかく拾って治療してあげた素材を、壊すような真似したら、あんたたちの給料から医療費としてをがっつり払ってもらうからね。」
リンの視線が、スペンサーを射抜く。 スペンサーは視線を逸らさず、モニターの数値を指し示す。
「無理をしてでも、奴が動けることを証明しなければ商品価値はない。さっさと実戦投入し、投資したリターンを回収する」
「ヴィクターみたいなことを言うのね……」
リンが小さく溜息をつく。
ロコが椅子の背もたれに深く体重を預け、白い歯を見せる。
「なるほど。訓練を見てても、あいつにはヒーロー願望がありそうだと思ってたんだ。それを矯正したいわけだ」
「成瀬が独断専行せず、最初から俺たちを頼ったらどうするのよ」
ロコの問いに、リンが反応する。
「ヴィクターには、できるだけ突き放せと話をつけてある。あの男は演技が下手だからな。言うことを言わせたらさっさと撤退させる。勝手に動きそうなら、多少の手助けも演出のうちだ」
「VSSが動かない理由として『社長のケチ』を使うわけか。ヒール役は嫌いじゃないぜ」
ロコがニヤリと笑う。 スペンサーが、ロコとベアに視線を向ける。
「作戦を説明する。対象にはシスターから事情を説明し、ロコ、ベアと共に工場へ移動してもらう。クアンにはGPSを持たせるから、余計な所に寄るなよ」
「リン。お前はシスターに演技指導をして、成瀬に電話をかけさせろ。緊迫感を煽るんだ。無理なら声色を変えてお前がやれ」
リンは不満げに鼻を鳴らす。
「ロコは歩哨役だ。成瀬の動きがあまりにお粗末なら、ペイント弾で撃って構わない。ベアは護衛役。体格差を考えれば、無策で突っ込むことはしないだろう。正しく動いているなら、適当なところでやられてくれ」
「……もし突っ込んできたら?」
「パワーで圧倒しろ」
わかった、とベアが頷く。
「それとこれだ」
スペンサーが、机の上に二組の衣装を置く。
派手なバスケットボールのユニフォーム。
安っぽいシルバーのマイアミキューバンチェーン。
そして、黒い目出し帽。
「マジかよ、この格好。笑える」
ロコがユニフォームを手に取り、肩を揺らす。
「おい。こっちも不本意なんだ。笑うな。対象に因縁のある組織の人間は、こういう格好を好む」
「はぁ……あんまりやりすぎないでよ」
「善処しよう。」
「ロコ、ベア、準備しろ。明朝0700、ナルセに『最悪の目覚め』をプレゼントだ」
こうして、成瀬の入隊テストが始まった。




