決着
男が床から上体を起こすと同時に、工場の天井に設置された高出力の水銀灯が一斉に破裂するような音を立てて点灯した。
白光の明度の激変。
急激な閃光に網膜が眩み、成瀬は反射的に片腕で視界を遮る。
光に慣れた視覚の先、目出し帽のウールを乱暴に剥ぎ取る男のシルエット。
露わになったのは、見紛うはずのないスペンサーの無骨な顔面。
スペンサーは、銃床を叩きつけられた自身の顎を無造作にさすりながら、歪んだ笑みを浮かべて立ち上がる。
「……ホールドアップ。終了だ」
成瀬の肉体組織を駆け巡る激しい混乱、そしてそれに続く、静かな怒り。
部屋に続く扉が開き、先程で排除したはずの巨漢が、首に巻かれたシルバーチェーンを弄びながら室内に入ってくる。
その背後から、訓練用のペイント弾ライフルを肩に担いだ男が、軽快な足取りでそれに続く。
「うわ、怖っ! あの目、マジで殺す気だったろ。なぁベア」
「……悪くない。いい判断だった」
歩哨のロコが白い歯を見せてニヤつき、銃口を天井へと向ける。
巨漢のベアの低く濁った、一切の怪我を感じさせない声を出す。
成瀬の構えていたハンドガンが、銃口をゆっくりと下げ、指先からすべての力を抜けて行く。
腕の中にいるクアンが、申し訳なさそうに視線を伏せる。
「ごめんタツヤ、これテストだって……」
少年から告げられる冷徹な真実。
脳内であらゆるパズルのピースが強制的に噛み合い、状況の完全な把握。
張り詰めていた神経の糸が唐突に切断され、成瀬の膝が床へと崩れる。
スペンサーが左耳のインカムに人差し指を添え、無造作な手つきでチャンネルをオフに切り替える。
作戦開始から今この瞬間に至るまで、成瀬の動向、戦況報告のすべてを、その無線で傍受し続けていた。
スペンサーの視線が、床に膝をつく成瀬の頂頭部へと突き刺さる。
「キャットウォークの歩哨が、規則的な足音をわざと響かせていたことに気づかなかったか。あいつが本格的に気配を消し、死角に潜んでいたら、先に頭蓋を撃ち抜かれていたのはお前だ」
一切の感情を排した、事実のみを羅列する冷徹な批評。
スペンサーは拾い上げた目出し帽のウールを凝視し、さらに言葉を重ねる。
「通路の巨漢も、あえてお前のチョークに抵抗をせず、意識を失ったフリをしたにすぎない。落とした標的をなぜその場で即座に拘束しない。戦闘可能状態への回復を許せば、その時点で挟撃による確定的な死だ」
戦術的ミスの容赦のない指摘。
一拍を置き、スペンサーの低い声がさらに一段、冷酷な重みを増す。
「何より、なぜ単独で動いた。VSSが情報を掴んでいた時点で、組織内にバックアップが存在する可能性をなぜ想定しない。周囲への状況共有、協力を仰ぐための通信、あらゆるリスクの排除。そのすべてを怠った。戦場では、その『想定』の1パーセントの差が、そのまま死の深度に直結する」
徹底的に突きつけられるプロの洗礼。
成瀬は小さく溜息をつき、錆びついた天井のトタンを仰ぎ見る。
「……最悪だ。……完全に、はめられた」
その口元から、自嘲の言葉が静かに漏れ出る。
「独善的なヒーロー」は、手のひらの上で完璧に踊らされていた。
隊員が見せる、圧倒的なプロの余裕。
成瀬の顔に浮かぶのは、屈辱ではなく、極めて乾いた敗北だった。




