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1日後に死ぬ勇者夫人  作者: とみやま象


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6/6


「リナリー、おかえりぃぃぃっ!」


 聞きなれた声に目を開ければ、ああ懐かしや……夫がべそべそ泣きながらわたくしに頬擦りしている。


 チュッチュするな。しょっぱいわ。


 左手でガッ、と夫の顎を掴み、右手に手繰り寄せたシーツで涙に濡れた顔を拭いてやる。あら、動けるわ。


「ここはどこですか?」


 蛍石フローライトの埋め込まれた白壁に囲まれた窓のない八角形の部屋。明かりは大理石の床に並んだ水晶灯だけで、仄暗い。


「霊廟だよ」


 夫に背を支えられ身を起こして見れば、そこはベッドではなく、わたくしはまだ、ドーム型の蓋を外した柩の中にいた。


 これはあれか?ウェブ小説によくある死に戻りってやつ?


「はっ、まさか反魂の珠を手に入れて魔王に?ゼノ様、角はどこ……巻角は?!」


 わたくしは夫の髪をグシャグシャとかき回し、耳の後ろの角を探した。


「魔王?ふふふ、くすぐったいよ」


「だって『深淵に沈みし反魂の珠を手にせし者は、ひとつの魂の復活と引換に自らの魂を暗黒に染める』って」


「ああ……そんな伝承だっけ。最初はね、リナリーが俺を置いて逝ってしまったら、魔王になろうが屍鬼になろうが、もちろん反魂の珠を探しに行くつもりだったよ。でも、その必要がないことを教えてくれただろう?」


「ん?」


 まったく心当たりがないが?


「ジェニーが光魔法に目覚めて光血腫病こうけっしゅびょうを治療できるようになるって」


「いえ……それは、そういう夢を見たという話であって……」


「でも、俺はその夢に賭けた。ジェニーは俺に似て生まれながらに魔力量が多いし、リナリーから受け継いだ光魔法の素質があることもわかっていたからね。実際に魔法に目覚めて治療ができるようになるまで、危篤のリナリーをパーシャル魔法で仮死状態のまま霊廟に安置しておいた」


 おお、冷凍睡眠コールドスリープ!わたくし、SF小説の金字塔さながら『夏への扉』をくぐって未来に来ちゃったの?


「ジュヌヴィエーヴは?」


「リナリーの願い通り、昨年から村の外れの療養所に通って光血種病患者の治療をしているよ」


「光のお医者様になってくれたのですね」


「今は仮設の療養所だが、王都から光魔法の使い手を呼び寄せて講習会を重ねていてね、王が莫大な支援金を出したから、じきに本格的な専門施設が建つ。名前は『聖リナリー病院』かな」


「いいえ、そこは『聖ジュヌヴィエーヴ病院』ですわよ。ああ、娘が偉業を成し遂げてくれて、親として鼻が高いですわ。そして、娘のおかげで、死んで起きたら体が軽いですわぁ」


「ははは、死んでいないよ。リナリーは重篤だったから、仮死状態のままでジェニーが1年間治療魔法をかけ続けて、完治したのでそろそろ起こす時期かなと思っていたところでさ……そこへあのゴミカスが!」


 え……怖いのだけれど……霊廟から出されてパーシャルが解けたということは、もしも柩泥棒が成功していたら、王弟が蓋を開けてキスしたタイミングで目覚めていた可能性もあるってこと?


 おえぇぇぇぇぇっ。


 想像したわたくしはガクブルと震えつつ夫にしがみついた。


 考えてみたら、王子様のキスで目覚める童話って、された側には選択権も拒否権もないじゃないの。強制わいせつの加害者が王族だったからハッピーだろう?有難がって結婚しろ?そんなシナリオのどこにトキメキが?ただの犯罪でしょ。酷くない?


「大丈夫だよ。リナリー本人にはもちろん、柩にだって指一本触れさせていないからね。しっかり成敗しておいたから」


「守ってくださりありがとうございます」


 よっ、スパダリ!また会えて嬉しいよ。改めて、愛しているよ、夫!


「でも、泥棒に入ったとはいえ、まさか王族を殺したりはしていませんわよね?」


「護衛数人と一緒に凍らせて森に棄てたけれど、後から探しに来た従者に荷馬車を貸してやったから、王都に連れて帰ったと思うよ。一応、王宛の書簡に事の次第と解凍方法と『ちゃんと対処しないと次は命の保証はしない』って最後通告を記して渡しておいた。まあ……ああいう変態は死ななきゃ治らないだろうが」


 そうね。ストーカーって、話が通じないから、同じ人間だと思って接してはいけないのよ。接近禁止命令が出ているにも関わらずこちらの生活圏に侵入してきたら、決して目を合わさずスタコラサッサと逃げて猟師に緊急銃猟で駆除してもらうしかないアーバン熊みたいに度し難い生物なのよ。


 待って……16歳で光魔法に目覚めてから1年経つということは、わたくしに瓜二つに育っているはずのジュヌヴィエーヴは現在17歳の娘盛りではないの!危なくない?専属侍女や護衛は付いているの?わたくしの侍女たちはずっと柩を囲んで飲み食いしていたみたいだし、わたくし限定スパダリのこのスカポンタンに娘に対する細やかな配慮ができていたとは考え難い。


「ゼノ様、ジュヌヴィエーヴに会いたいです。シールドを解いてくださいませ」


「いやだ、もうちょっと……あと30分だけ二人きりでいたい」


「もう……」


 困った人……と、ため息を吐いた瞬間、



 バリバリバリ、ドドーン!!



「ゴラァ、クソ親父がぁ!テメエのしょぼいシールドなんざ、瞬殺じゃー!」


「チッ、小童こわっぱめ……」


「…………え?」


 ナニガオキマシタカ?


「うああぁぁんっ!おっ母!」


 オッカア?


 爆音とともに粉砕された壁の一角から、健康的に日焼けした金髪金目の美少女が駆けてきて、ボスン、と柩に飛び込んだ。


「ジュヌヴィエーヴ?大きくなっ……」


 ……ていない。あれ?小さいぞ。最後に見た6歳の姿からは確かに成長しているけれど、17歳にしては幼い。


「あはは、それ、どこのお嬢様さ?ジュヌヴィエーヴなんて呼ばれたらケツが痒くなっちまう。ジェニーって呼んでよ」


「ケ、ケケケっぅ?……ゴホン、えぇと、ジェニーは今、何歳なのかしら?ちゃんとご飯を食べて幸せに暮らしていたの?」


「もうすぐ12歳だよ。アタイの幸せは6歳の春で終わったんだ。女神ピノの祝福祭の昼におっ母をパーシャル保存してから、クソ親父の頭はイカレちまった。アタイに光魔法養成ギプスを付けて『血の汗流せ、涙を拭くな』と地獄の魔法特訓の日々さ。魔法の発現には危機感が必要だとヒグマの前に立たされた時は、もうダメだと思ったね。でも、またおっ母に抱きしめてもらえる日が来ると信じて、試練の道をド根性で駆け抜けてきたよ」


夫!おまえ、ふざけんなよ。


「ふん……娘よ、父の愛ある指導があってこそ、羆を一撃で仕留められる一人前の光魔法使いになれたのだ。おかげで熊拳ゆうしょうの珍味が楽しめる今があると感謝するがいい」


「るっせえ、黙ってろクソ親父!」

「そうよ、ゼノ様は黙っていて!」


 わたくしは夫の腕を振り払い、娘のまだ丸みに乏しい細く小さな体をギュッ、と抱きしめた。


「ごめんね、ジェニー!お母様が夢の話なんてしたばかりに……グスッ」


 母親の病気と母親至上主義のイカレポンチな父親のせいで、娘に多大なる苦労をさせてしまい、申し訳ない。


「違うよ!おっ母は何も悪くないから泣かないで。血種に見立てた赤い氷を仕込んだ雪の排球バレーボールを『雪を溶かさずに中の氷だけを光波レーザーで消滅させろ』としこたま投げつけてきやがったクソ親父のことは、いつか絶対ぜってぇ深淵に沈めてやるけど、苦しくったって悲しくったって、おっ母を治すためなら平気だったよ。約束通りにこの国№1の光の医者になれてよかった!褒めて、褒めて!」


「うん、うん、いい子ね。偉い、偉いわ!お母様を治してくれてありがとう。ド阿呆なお父様のことは、お母様がよーく叱っておきますから、できれば深淵には沈めないであげてね。これからは、寂しい思いをさせて苦労をかけた分、誰よりもジェニーと一緒にいて、いっぱい、いっぱい甘やかしますからねぇぇ!」


「おっ母!」

「『お母様』ですよ。さあ、呼んでみて」

「おっ母さま!」


 よし。小さい『っ』はいらないが、素直だし、今はちょっとくらい言葉が乱暴でもまだ12歳ならば矯正可能だ。付きっきりで母の愛情を注げばきっと大丈夫。


「えへへへ、おっ母さま、やわらかくっていい匂い。今日から一緒に寝てもいい?」


 か、可愛い!


「もちろんよ!」


「えー、ダメ。リナリーと誰よりも一緒にいるのは俺じゃなきゃいやだ」


 空気の読めない夫が娘をポイ、と柩から放り出した。


 はあ?夫!おまえ、マジふざけんなよ。


「ゼノ様、それは親として……」


 夫に向き直り、説教しようとした時、



 ドッゴーン、バラバラバラ!



「オラァ、表へ出ろやクソ親父がぁ!今日こそ引導を渡してやらぁ!」


「おう、相手になってやるぜ。少しは父を楽しませてくれよ、小童!」


 壁が崩れて柱だけになった霊廟から、陽光まぶしい庭に出て行く夫と娘。


 尊属殺人、待ったなし?


「あら~霊廟が破壊されちゃいました~」

「いいのでは?霊廟はもういらないし~」

「ですよね~主、おかえりなさいまし~」

「お部屋の準備は整えてございますよ~」


 侍女たちがわらわらと現われ、柩の中から抱き上げられて車椅子に乗せられ、明るい芝生の上を進んでいく。


 進行方向の左手に見えるのは、誰かが窓ガラスを壊して回った校内暴力全盛期の校舎みたいな廃屋。


「……あれは?」


「特訓中にご息女が破壊した旧館です~」

「早急に修繕致しますので心配ご無用~」

「右手に見えますのが新館居住区です~」


「か、家庭内暴力?」


「いいえ~親子関係は割と良好ですよ~」

「喧嘩するほど仲がいいと言いますし~」

「拳で語り合った後はワッハッハです~」


 良好?仲がいい?……あれが?


「うらあぁっ、タマ取ったるぅ!台車アターック……あうっ!イタイ~」


 台車を乗り物代わりに360(スリーシックスティー)のトリックで突っ込んで行った娘は、猫の子のごとく首根っこを掴まれて空中から回収され、夫に尻を叩かれて悲鳴を上げた。


「ギブ、ギブ!」


「馬鹿者!それは果樹園の収穫用台車だろうが!さっさと返してこい!厨房に寄って詫びの菓子折を持って行けよ!」


「……うぃーす」

「返事は『押忍オス』!」


 違う、返事は「はい」だ、夫!


「ご息女は少々おてんばですが、健やかにお育ちです~」


 おてんばの範疇を超えて荒くれているじゃないの。盗んだ台車バイクで走り出しているじゃないの。


「至高の金のご息女が金絲猴きんしこう(サル)にご成長……ププッ」


「うまい!クッション一枚持ってきて~」


 いや、侍女!何がクッション一枚じゃ。全部没収じゃ。もう限界じゃ!


「うっ、うう……びええぇぇん!」


 わたくしは堪らず泣き出した。マジ泣きである。だって、考えてもみてほしい。家族の幸せを願いつつ天に召された(と思った)のに、5年余りの冷凍睡眠から目覚めたら、夫の虐待紛いのスパルタ指導によって娘がグレていて、家庭が崩壊しているなんて……びええぇぇん!どういうことなの女神ピノ!もう信仰してやらないからな!


「あ~あ、泣~かした~泣かした~」

「勇者とご息女が主を泣~かした~」


 侍女たちが囃し立てて車椅子の周りをぐるぐる回っていると、夫と娘が血相を変えて飛んできた。


「リ、リナリー?どこか苦しいのかい?」

「おっ母さま!光療養波ヒーリングシャワー!」


 ええい、むやみに光を放つのはやめろ。目が眩むわ、娘!


「なぜ喧嘩をするのですか!」

「「シ、シテイナイヨ、ナカヨシダヨ」」

「ジェニー、この人はあなたの何?」

「クソ親「何ですか?」

「……おっ父さまです」


「よろしい。では、直ちに持ち出した物を返却し、謝っていらっしゃい」


「押忍!」

「返事は『はい』!ゼノ様もご一緒に!」

「「はい!」」

「……ふう」


 病み上がりの起き抜けの体で泣いて怒鳴れば、さすがに疲れる。


「ゼノ様、ジェニーの教育方針について、お話があります」


「うん、行き届いていなくてごめん。うちの親とミッテ家には、リナリーの蘇生まではとにかく光魔法の修業が優先だと介入を控えてもらっていたけれど、これからは淑女教育もビシバシ……」


「ビシバシ?教育とは、何でも厳しく詰め込めば良いというものではありませんわ!ゼェーハァー……」


 動悸、息切れ、眩暈がするわ。


「はいは~い、積もるお話はおありでしょうが、一旦侍女ドクターストップです。主には、これから食事を摂って休憩していただきますので、2時間後に主寝室にお越しくださいまし~解散!」


 わたくしは侍女たちに連れて行かれ、甲斐甲斐しく世話を焼かれた。


 久方ぶりの食事がうっすいスープのみだったのは切ないが、5年余りも眠っていたのだから仕方がない。


 見慣れない屋敷の一角を車椅子で少しだけ案内してもらった後、主寝室のベッドに運ばれた。


 さすがに眠くはない。クッションを背に座り、両腕を高く上げて伸びをする。


 1日後に死ぬと思っていたのに、5年後に目覚めるとは夢にも思わなかった。


 ここはもう知らない世界だ。


 現在の聖女は男爵夫人。大した権力は有していない。


 この世界の聖女がサイコパス殺人鬼なのか、ただの不遇な女性なのかは、わたくしにとって最早どうでもいいことだ。


 もしも彼女が不遇から抜け出すチャンスがあったとしたなら、それはもう随分昔に夫が忠告した通りに『勇者パーティーの女性仲間に相談する』ことだったろう。


 魔王討伐の後、ユリア様はガラスの天井を突き破り近衛騎士団長に就任し、男女平等社会を目指す活動をされていたし、伯爵家の双子は実家が陞爵しょうしゃくして侯爵令嬢になった後、それぞれが法律家に嫁ぎ、女性の人権を守る活動をされていた筈。ココの収納魔法なら、神殿やロドリゲスから匿う際のDVシェルターになり得た。


 勇者の嫁になるのが一番手っ取り早かったろうが、それが叶わなかったからと言ってわたくしの関知するところではない。


 遺産相続?司法が許すなら、貰えばいいと思う。悪者が悪行によって大金を手にすることが許せない!と憤る世の人々の正義感もわからなくはないけれど。悪口で貶めて噂を広めて……って、手間と暇がかかると思うの。好きでもない他人に自らの意識を割くのは、時間の無駄ではないかしら?


 所詮は余所の家のこと。

 何より自分の家が大事!


 まずはミッテ家に相談してジュヌヴィエーヴの侍女選抜から始めて……と考えていると、扉が開いて夫と娘が現れた。


 二人とも風呂に入って部屋着に着替えて来たようだ。


 喧嘩をして叱られたので、仲の良さをアピールしようとしているのか、親子で手を繋いでいる姿を見て笑ってしまう。


 手招きすると、二人は小走りで近づいてきてベッドに上った。


 え?わたくしが真ん中なの?川の字で寝るなら、普通は子が中棒じゃないの?


「くふふふっ、おっ母さまとお昼寝~」


 ゆるく三つ編みに纏められたジュヌヴィエーヴの金髪頭を撫でていると、あっという間に寝落ちしてしまった。娘、可愛いなあ。


 川の字の中棒を誰が務めるかという些末な問題はまあいい。こんな愛しい時間が戻ってくるとは、望外の幸せだ。やはり女神ピノに感謝しなければ。


 さて、問題の夫である。


 先刻までは、正座させて48時間耐久説教じゃー!くらいの気持ちでいたのだが、落ち着いた今、改めて顔を見つめると、不平や不満よりも、感謝や信頼や愛情ばかりがこみ上げてくる。


 この世に生きる誰にも、明日の命の保証はないのだ。

 わたくしは今日、運良く目覚めたけれど、やっぱり1日後に死ぬかもしれない。


「ゼノ様」

「うん?」

「わたくし、いの一番に言うべきことを失念しておりましたわ」


 夫の両頬に手を伸ばして顔を引き寄せ、わたくしは最愛のボンクラ勇者の鼻に「チュッ」と音を立ててキスをした。



「ただいま」



<了>



 完結できてホッといたしました。

 目の前にあるものを片付けながら生きて行かねば。1日後に死ぬかもしれませんものね。

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