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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
33/48

第33話 U・N・オーエンは正義の味方(2)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 霖之助の膝の上で、魔理沙は幸せそうに酔い潰れている。意識を失いながら、赤ら顔でへらへらと笑っている。

「魔理沙が、ここまで正体を無くすとは……一体どんな酒を飲んだのだろう」

「あ、あれじゃないの? あの瓢箪」

 ぐでんぐでんと揺れ踊る鬼の少女に、ルナチャイルドが愛らしい人差し指を向ける。

 酔っ払いの踊りを披露しながら弾幕をかわし続ける、小さな身体。その腰に、見るからに酒が入っていそうな瓢箪が、確かに結わえ付けられていた。

 魔理沙がその酒を飲んだ、あるいは飲まされたのだとしたら、霊夢もそうだろう。

「ひゃはっ、あっはははははは、ほぉらホラ! こんなのもォ、いっちゃうわよ!」

 光弾を速射し続ける陰陽玉を左右に従えたまま、博麗霊夢も千鳥足で踊っていた。白い付け袖をひらひらと舞わせる細腕が、光を投げる。キラキラと鋭利な、光の疾風。

 針、であった。何本もの、封魔の針。

 それらが伊吹萃香を襲撃し、だが刺さらず、彼女の眼前で全て弾けて飛び散った。

「ぎゃはははははは! どうしたオイ。こんなのがぁ、どーしたってええええ!? ひっく」

 酔い踊る小さな身体の周囲で、鎖が超高速で渦を巻き、封魔の針を弾き飛ばしていた。

 陰陽玉からの光弾を千鳥足で回避しながら、萃香は鎖を振るっている。左右の可愛らしい手で、3本の鎖を。

 攻防一体の鎖の嵐が、霊夢を襲う。球形、立方体、三角錐。3つの分銅が、博麗の巫女を粉砕せんと獰猛な唸りを立てて宙を裂く。

 酔っ払ったまま、霊夢は全てをかわしていた。よたよたと危なっかしい回避をしながら針を投射し、陰陽玉を操って光弾を放つ。

 かわされた光弾が、境内のどこかを誤爆する事なく砕けて消える。まるで、目に見えない壁にでもぶつかったかのように。

 霖之助は訊いてみた。

「君の力、かな?」

「神聖な場所を守るのが、私の能力ですから……」

 博麗神社の狛犬、である少女が応えた。何とも頼りない口調ではある。

「あなた方に流れ弾が当たらないよう、努力はしますけど……出来れば、逃げていただいた方が」

「それが良さそうかな……君たち、すまないが魔理沙を運ぶのを手伝って」

 妖精3人に霖之助が頼み事をしかけた、その時。

「うぉい、つれないじゃないか誰だか知らんけど。滅多に見れない鬼の戦い、見ていけよぉお」

 萃香の言葉に合わせ、岩が降って来た。

 霖之助と魔理沙、妖精たち。計5名の左右後方を塞ぐ形に、いくつもの大岩が石畳の上に落下していた。

 サニーミルクが、スターサファイアが、ルナチャイルドが、青ざめ悲鳴を上げて抱き合った。岩など飛び越えて行けるはずの妖精たちがだ。

 攻防一体の酔いどれ舞踏を披露しながら、鬼の少女が笑う。

「もうちっと待ってろって。博麗の巫女の、裸踊りを拝ませてやっからよォ」

「あら霖之助さん、来てたのねぇ。私の裸踊り、見たい? ねえどうよ、きゃっははははははは!」

 霊夢の馬鹿笑いに合わせて、弾幕が激しさを増した。2つの陰陽玉がまばゆく発光し、光弾の嵐を迸らせる。

 迸った弾幕を、萃香はついに回避しきれなくなった。小さな身体が、直撃を食らって爆発飛散する。

 飛散したものたちが、霊夢の周囲に着地した。四方から、博麗の巫女を取り囲んでいる。

 4人の、伊吹萃香。小さな身体は、さらに一回り近く小さくなっていた。

 見回しつつ霊夢は、いくらか冷静になったようである。

「……私、酔っ払って幻覚を見てる……わけじゃあ、ないみたいねぇ。ひっく」

「鬼がよォ、幻術なんてぇチンケなもん使うわけねーだろお?」

 4人の萃香が、口々に言った。

「私の形に固まってる妖力をよう、ちょいと緩めて分裂したのよ」

「この伊吹萃香、その気になりゃあ百人にだってなれるぜい。ひとり百鬼夜行、ぎゃはははは」

「おるぁ博麗霊夢、寄ってたかって脱がしてやンよぉー!」

 一回り小さくなった鬼少女4人が、一斉に鎖を振るった。3種の分銅が、四方から霊夢を襲う。

 逃げる場所は、上空しかない。霊夢は跳躍し、全ての分銅をかわした。

 跳躍の頂点で、しかし霊夢は捕縛されていた。紅白の巫女装束の上から、幾重にも鎖が巻き付いている。

 5人目の伊吹萃香が、空中にいた。

「捕まえたぁー! ひっく」

「……鬼は、嘘をつかないって聞いたけど」

 鎖でがんじがらめにされたまま、霊夢は呻く。

「こういう、騙し打ちはするわけね」

「へっへへへへ。4人しかいないなんてぇ、ひとっことも言ってなぁーい」

 鎖で霊夢を捕えたまま、萃香は着地していた。

「てなワケでぇンッフフフフヘヘヘヘヘ、ぬぬぬ脱がす前に揉んじゃおっかなぁー」

「…………ふんっ」

 霊夢が気合いを入れた。鎖で縛られた少女の全身に、霊力が漲る。それが霖之助にはわかった。

 鎖が、ちぎれ飛んだ。

「ありゃあ……」

 呆気に取られる萃香の身体を、霊夢はガッチリと捕獲した。

「4人くらいになれる奴とね、戦った事あるわけよ私」

 じたばたと暴れる鬼の少女を、霊夢は己の膝の上に固定した。

「あいつのは『攻撃の出来る目くらまし』って感じでね、まあ厄介だったけど。アレと比べると、あんたのは全っ然ダメねえ。五等分しただけじゃないのよっ」

 萃香の可愛らしい尻が、パァン! と音高く鳴った。霊夢が平手を叩き込んでいた。

「痛ぁい!」

「力も、それに鎖の強さもね、何もかも5分の1。そんなんでぇ、私にっ、勝てるわけ、ないでしょ?」

 楽しげに霊夢は、萃香の尻を叩き続ける。

 その周囲で2つの陰陽玉が飛翔旋回し、光弾の雨を降らせ続けた。泣き叫びながら逃げ惑う、他4人の萃香に向かってだ。

「痛い、いたいっ、いたぁい! 痛いよー、やめろぉおおお!」

「駄目でしょー。少しばっかし人数が増えたってぇ、弱くなっちゃったら意味ないでしょお? ほぉら、ほらほらっ」

 尻を叩く音が、リズミカルに響き渡る。萃香の泣き声と一緒にだ。

 スターサファイアが、おろおろと言った。

「ね、ねえ。これはちょっと本当に、そろそろ止めた方が……」

「……そうだね。妖怪退治と弱い者いじめは、違うはずだ」

 立ち上がろうとする霖之助の肩を、何者かが軽く掴んだ。

「まだまだ、ですよ。香霖堂さん」

「君は……」

「毎度、清く正しい文々。新聞ですっ」

 いつの間にかそこにいた射命丸文が、敬礼をする。文々。新聞には、香霖堂の宣伝をしてもらった事もあるのだ。

「香霖堂さん、もう少し見ていましょう。伊吹萃香は、これからです」

「……そうなのかい? 僕には、小さな女の子が霊夢に泣かされているようにしか」

「伊吹御前はね、笑い上戸である以上に、泣き上戸なんです。つまり……あの方は、泣き出してからが本番です」

「いっ痛い痛い! やめろ、やめろ畜生やめろぉおおおおおおおッ!」

 萃香の慟哭が、咆哮に変わった。

 それに応じて、またしても岩が降って来た。

 巨大な岩が、3つ、4つ、博麗神社の石畳に激突する。

 霊夢は跳躍し、天空よりの落石をかわしていた。

 伊吹萃香の姿は見えない。5人とも、消え失せている。巨岩の下敷きになってしまったのか、と霖之助が思った、その時。

 岩、ではないものが降って来た。

 轟音と共に天下って来た巨大なものが、岩を踏み砕きながら着地していた。

 博麗神社、全体が震動した。

 膝の上の魔理沙もろとも、霖之助は一瞬だけ宙に浮いた。

 サニーミルクが、スターサファイアが、ルナチャイルドが、怯え抱き合いながら同じく一瞬、宙に浮いた。

 岩が、全て砕け散っていた。飛散する破片を、霊夢がことごとく回避する。酔いが覚めてきたのか、足取りは確かなものである。

 ひらりと着地した霊夢が、巨大なものと対峙した。

 巨大なる悪鬼。霖之助にも、そう見えた。

「よくも……よくもォ……こんな、辱めを…………ッッ!」

 泣きじゃくりながら怒り狂っているのは、伊吹萃香である。

 別に巨大ではない。分裂する前の、元の大きさである。

 いつの間にか集合・合体を済ませながら、それでも小さな身体が、しかし凄まじい妖気と闘気を立ちのぼらせていた。

 立ちのぼる揺らめきの中に、巨大な鬼神の姿が浮かび上がっているのだ。

「博麗霊夢……てめえ、もお許さねえぞゴラァ」

 可愛い顔を、今や酒気ではなく羞恥と怒りで赤らめながら、萃香は鋭く美しい牙を剥いた。

「絶対、裸にひん剥いてやンからなぁああああ!」



「チルノちゃんには、とても大事なお仕事をしてもらいます。紅魔館の門番です」

 大妖精が、厳かに告げた。すっかりメイド長の風格だ、と紅美鈴は思った。

「美鈴さんを助けてあげてね。これは最強のチルノちゃんにしか出来ないお仕事だから」

「あいっ、わかりました大ちゃん」

 チルノが、びしっと敬礼をした。

「悪い奴が攻めて来ても、あたいと美鈴でやっつけちゃうよ!」

「その意気だ。頼りにしてるよ、チルノ」

 美鈴は、チルノと拳を合わせた。

「よろしくお願いしますね、美鈴さん」

 大妖精がしとやかに一礼し、紅魔館の邸内へと飛び去って行く。

 紅魔館の門前に、美鈴とチルノが残された。

 メイドの仕事など出来るはずのないチルノを、要するに美鈴は押し付けられたという事だ。

「頑張ろうなっ、美鈴」

 ぶんぶんと手を振って大妖精を見送りながら、チルノは言った。

 美鈴は応えた。

「……お前は、あんまり無理するなよチルノ。頼りにしてるとは言ったけど」

 何しろチルノには紅魔館において、彼女にしか出来ない大仕事があるのだ。美鈴でも、それに十六夜咲夜でも、チルノの代わりは務まらない。

「お前はな、妹様の大切な玩具………げふん、遊び相手なんだからな」

「……フランは、外の世界に行っちゃったんだよね。咲夜が言ってた」

 俯き加減に、チルノは言った。

「美鈴……外の世界って、どうやって行くんだ?」

「難しいな。博麗神社からは、行けなくなっちゃってるし」

 美鈴は、腕組みをした。

「……行けたら、行くのか?」

「フランを、助けに行かなきゃ」

「……ありがとうな、チルノ」

 美鈴は、チルノの頭を撫でた。

 自分は一体何をしているのだ、とは思う。こうして門前を務めていたところで紅魔館には今、守るべき主がいないのだ。

 留守を守るのも、自分たちの務め。そう思い込む事は出来る。

 助けに行かなければ、とチルノは言うが、フランドール・スカーレットが今現在、助けが必要な状況にいるとは思えない。彼女を脅かすものが外の世界に、存在するとすれば太陽くらいだ。太陽は、避ける事が出来る。

(妹様のために、私たちが出来る事なんて……)

「フラン、きっと寂しがってるぞ」

 チルノは言った。

「お姉ちゃんにも、咲夜にも、美鈴にも、会いたがってるに決まってる」

「そ、そうかな……」

 チルノは、そう言えばパチュリー・ノーレッジとは面識がほとんどない。ずっとフランドールに、ぬいぐるみの如く扱われていたのだ。寝たきりの魔法使いの事など、気にかける余裕はなかったに違いない。

 そのパチュリーまでもが今、紅魔館には不在である。

「私……何も出来てないんだなあ。紅魔館の方々のために」

 今度は美鈴が、俯き加減になった。

「駄目な門番だなぁ、本当に……」

「美鈴……」

 チルノが、慰めようとしてくれているのだろうか。

「……紅魔館って、外の世界から来たんだよね。どうやって?」

「どうやって、って……パチュリー様いわく、とんでもない魔力だか妖力だかで幻想郷の側から引っ張り込まれたらしいけど」

「その魔力だか妖力で、外の世界へ行けるんじゃないかな」

「……パチュリー様がいらっしゃるなら、詳しく訊いてみたいとこだけど」

 美鈴は、顎に片手を当てた。

「紅魔館の中を、くまなく調べてみれば……その魔力か妖力の残滓みたいなもの、もしあれば私なら感じ取れる。それを辿って外の世界へ」

 行ける、かどうかはわからない。行けない、と判明したわけでもない。

「……やってみるか、チルノ」

「フランを迎えに行こう!」

「氷精チルノ……この度の異変解決、一番の功労者は貴女かも知れないわね」

 声がした。涼やかな、女の声。

「要所要所で、貴女は霧雨魔理沙や十六夜咲夜を導いてきた。貴女自身は何かを意識する事なく……わからないわ、興味深い。貴女という妖精には、単純な弾幕戦の能力ではない、未知数の何かがある」

「何者……」

 美鈴は身構え、息を呑んだ。

 その女は、空中に裂け目を開いて、そこから優美に身を乗り出している。優美な繊手で扇を開き、こちらを見下ろしている。

 そんなふうに姿を現わすまで、美鈴は気配を全く感じなかったのだ。

「紅美鈴、貴女もよくやってくれたわ」

 名乗ってもいない美鈴に、その女は馴れ馴れしく話しかけてくる。

「レミリア・スカーレットに、立ち直るための第一歩を踏み出させてくれたわね」

「……立ち直る、だと……レミリアお嬢様が、立ち直る……だと!? 馬鹿野郎、そんな必要がどこにある!」

 美鈴は吼えた。

「レミリア様は今、博麗神社で平和に過ごしているんだ! お前がどこの何て妖怪か知らないけど余計な事するなよ、絶対するなよ? レミリア様に手ぇ出すなよ!? おい、わかってんのか!」

「そこまで彼女の事が心配なら……いいわ、一緒に来なさい」

 ぱちん、と扇が閉じた。

「本当はね、貴女を迎えに来たのよ十六夜咲夜。ついで、というわけではないけれど紅美鈴と氷精チルノにも来てもらいましょう」

 十六夜咲夜が、いつの間にか美鈴の傍にいた。

「咲夜さん……」

「わかっているわ、美鈴」

 軽くチルノの髪を撫でながら咲夜は、空中の裂け目から微笑みかけてくる女を見上げ睨む。

「精彩を欠いている、と言いたいのでしょう? 私が、メイド長として……大妖精と比べて」

「い、いえ……そんな事、思ってない……事もないですけど精彩欠いてるのは私も同じですし」

「ちょうど良いわ。この妖怪を退治して、気合いを入れ直す事にしましょう」

 たおやかに見えて力強い咲夜の五指が、何本ものナイフを扇状に広げてゆく。

「レミリアお嬢様に関して、何事か企んでいるのであれば……可能な限り吐かせる。不可能ならば企み事もろとも潰す。いいわね、美鈴」

「合点です咲夜さん。要するに、いつも通りという事で」

「えっ弾幕戦? 弾幕戦やるの? あたいもやるー!」

「まあ待ちなさい。でもね、そう。そういう事なのよ」

 裂け目の縁に頬杖をつきながら、その女は言った。

「スカーレット姉妹だけではないわ。貴女たちを含む、紅魔館という勢力そのものが今、試練の真っただ中にある……乗り越えてもらうわよ。さあ、ついて来なさい。外の世界へ行きたいのでしょう?」

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