第32話 U・N・オーエンは正義の味方(1)
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
宗教法人・守矢神社。
ただ「神社」という単語が出たなら通常それは、この組織を意味する。守矢様、などと呼ばれる事もある。
人を、売り飛ばしたり埋めたりしても許してくれる、ありがたい神様である。入信しない手はない。
我々は、会社ぐるみで信者となった。社長以下、末端のアルバイトに至るまで全員が、輝ける守矢の教徒である。
無論、私もそうだ。
守矢様の御加護のもと私は、神聖なる勤労に励んできた。同僚の矢野と共にだ。
金を貸し、取り立てる過程で、様々な利権を奪う。そして守矢様に献納する。
矢野と私は、互いに殺意を抱きながらも時に競い合い、時に協力し合いながら、そのようにして守矢様に尽くしてきたのだ。
ある日、守矢様が私の願いを叶えてくれた。
矢野が、失踪したのである。戸塚や本庄といった連中もろとも、行方をくらませた。
この業界における失踪、行方不明。それは、ほとんど死亡と同義である。
矢野が手がけていた商売は、私がそっくり引き継ぐ事になった。まあ守矢様だけでなく、矢野にも感謝すべきなのであろう。
目障りではあったが、仕事の出来る男であったのは認めざるを得ない。
私は、だから矢野がやらなかった仕事で結果を出さなければならなかった。
そのために私は、部下の藤川に白羽の矢を立てた。
とにかく使えない若造だった。私は、会社の損害が出ないうちに、この無能者を上手く使い捨てる必要に迫られていたのだ。
そんな藤川が、ある日突然、人間ではなくなった。
人間が、怪物に変わる。例の都市伝説を、私は目の当たりにする事となったのだ。
すぐに、神社から人が派遣されてきた。藤川を殺処分するためにだ。
私は、派遣されてきた連中と話をつけた。
「守矢様の御神徳をもってすれば。この程度、造作もない」
一見、何の変哲もないスーツ姿の男たち。5人いる。
5人とも、おかしな道具を手にしていた。
警棒ほどの長さの、棒。割っていない割り箸のような形状で、何も書かれていない御札、らしきものが挟み込まれている。
5人の男が、それを掲げて何やら念じただけで、暴れていた藤川が大人しくなった。
痩せっぽちな藤川の身体が、ステロイドでも打ったように筋肉太りして剛毛を生やし、今はまるでゴリラである。牙を伸ばした、肉食のゴリラだ。
毛むくじゃらの剛腕で、藤川は事務所の壁を破壊し、車を横転させた。このままでは、人死にが出る、というところで、この男たちが駆け付けてくれたのだ。
守矢の、退魔士。
このような怪物たちを退治する事で、守矢神社は信仰を集め勢力を拡大している。それもまた都市伝説の類と思われていたのだが。
男たちに、おかしな棒だか御札だかを突き付けられて、藤川は押されるように歩いている。実際、押されているのだ。目に見えぬ、守矢様の神通力によって。
それを発揮したまま、退魔士の1人が言った。
「こやつらの有効利用はな、我々も考えていたところだ」
「なるほど、では渡りに船という事で」
私は、藤川の巨大化した背中を叩いた。
「この男の身柄は差し上げます。お好きなように研究でも実験でもなさって下されば、はい。全て守矢様の御心のままに」
「ふん。まずは、どの程度の事が出来るものやらテストをな」
雑居ビルの、屋上である。
夜の街を行き交う通行人の流れを、我々は見下ろしている。
「さて……何人、殺せるものかな」
男の1人が、守矢の退魔士としてあるまじき言葉を口にする。
恐る恐る、私は訊いた。
「通行人を……その、皆殺しに?」
「皆は殺さんよ」
1人が、藤川の巨大な尻に蹴りを入れる。
「こやつがな、ある程度殺したところで我らが出る。そして、こやつを討滅する。それでこそ、守矢様への民の信仰は確かなものとなるのよ」
この守矢神社という外道の集団と、積極的に関わりを持つ。そして、これを利用する。
矢野が、やろうとしなかった事である。あの男は、神社の関係者を心のどこかで警戒していたようだ。
私は違う。利用出来るものは、どれほど危険な相手でも利用する。
「さあ行け、化け物。せいぜい派手に殺すのだぞ」
「そして人々を、守矢様におすがりさせるのだ。行け!」
退魔士たちに命ぜられた藤川が、よろりと歩み出す。屋上から、通行人たちの真っただ中へと飛び降りるために。
「そこまでよ、腐れ外道の悪人ども」
声がした。女の、と言うより女の子の声。
スポットライトのような月明かりの中、その少女2人は佇んでいた。
片方は、絵に描いたような女子高生である。制服と眼鏡が、これ以上なく様になっている。コスプレ風俗嬢として売り出せば、かなりの儲けが出るだろう。矢野が、そういう仕事を手がけていたものだ。
得意げに喋っているのは、こちらの少女である。
「その化け物、ふん。見るのは2匹目だけど、どいつもこいつも醜悪なものねえ。私、知ってるのよ。そいつも元々人間だったんでしょ? その醜悪さは人間の醜さ! おぞましい怪物に変わるような人間しかいない世界、さあ片っ端からぶっ壊しちゃってよユナ・ナンシー・オーエン。さっきみたいに、その正義で! 悪しき連中を滅ぼすのよ!」
そんな世迷い言は耳に入れず私は、もう1人の少女に心奪われていた。
幼い、欧米人の少女。
小さい。愛らしい。そして血まみれである。
血まみれの人形。私は、そんな事を思った。
無言で、無表情。愛らしい美貌には、感情がない。
最高級の人形だ。血の汚れも、宝石をぶら下げた翼といった感じの奇妙な装身具も、気にならない。
私は確信した。この少女には間違いなく、国家予算並みの高値が付く。裏社会の大物、程度の小金持ちが落札出来るような安物ではない。
「捕えろ。丁重に、な」
私は命じた。
守矢の退魔士5名、とは別に引き連れて来た私の部下たちが一斉に動く。
いや、その前に。
「……お……んな……ぁ……」
藤川が、動いていた。退魔士たちによる束縛と制御が、獣欲によって振りちぎられていた。
「おっ、お、おおおお女、おんな、オンナァアアアアアアアア!」
無様な肉塊を股間で膨張させたまま、藤川は獣の速度で少女2人に襲いかかった。
毛むくじゃらの剛腕が、ちぎれた。
顔面が潰れ砕け、獣欲に血走った眼球が脳漿に押し出されて飛んだ。
筋肉太りした胴体が破裂し、大量の臓物が噴出した。
噴出したものを、宝石の翼で跳ね飛ばしながら、人形が踊っている。可憐な手足が元気に躍動する様を、私は辛うじて視認した。
どれほど元気に動いても、しかし表情は変わらない。感情のない、人形の美貌のままである。
可愛らしい五指が、醜悪な肉塊を掴んでいる。藤川の股間から引きちぎったもの。
それを少女は、月に向かって高々と掲げた。滴り落ちる血やら何やらを、可憐な唇と舌で受け啜った。
すぐに少女は、肉塊を投げ捨てた。あまりの不味さに苛立っている、ようではあるが、無表情の美貌に変化はない。
投げ捨てられたものが、ビチャアッと潰れ広がった。
その間に、5人の退魔士は原形を失っていた。神通力のあるらしい棒で何かをしたようだが、そんなものは関係なく脳漿や臓物を噴射している。
私の部下たちも、同じような有様を晒していた。
人形のような少女の、愛らしい繊手が、臓腑や筋繊維を引きちぎり骨を握り砕く。表情なき美貌が、返り血に染まる。宝石の翼が、パタパタと可愛くはためく。
その光景だけを、私は呆然と眺めていた。これほど美しい光景は、見た事がなかった。
魂を奪われている私の眼前に、少女はすでにいる。ルビーにも似た真紅の瞳が、私を見上げている。
虚ろなほどに澄んだ、感情なき瞳。
吸い込まれそうだ、などと思っている間に私は引き裂かれていた。少女の可愛らしい手指が、私の皮膚と筋肉を掴みちぎり、皮下脂肪を掻き分けて臓物を引きずり出す。
絶命の瞬間まで、私は勃起していた。
博麗神社には、先客がいた。
翅を生やした少女が3人、鳥居の陰から境内を覗き込んでいる。
「ね、ねえ。やっぱり、やめにしない?」
「だだだだだらしないわねえスターは。ほら見なさい、博麗の巫女は酔っ払ってるのよ? 今がチャンスじゃないの。さあレッツゴーよ、ほらレッツゴー」
「……言い出しっぺのサニーが先頭で、れっつごー」
「ちょっとルナ! あたしの背中押してんじゃないわよ!」
「しーっ! 声、声大きいから!」
「……大きな音は私が消すけど、いきなりは無理だからね」
叫んだり声を潜めたりしている妖精3人に、森近霖之助は後ろから声をかけた。
「博麗神社に用事かな?」
「ひぃ……!」
甲高い悲鳴を上げようとしたサニーミルクの口を、他2人が左右から塞いだ。
スターサファイアが、おずおずと振り向いてくる。
「……な、何だ。魔法の森のがらくた屋さんじゃないですか」
「随分と驚かれてしまったね。君は確か、気配を感じる事が出来たのでは」
「ちょっと、境内に意識が集中してましたから……」
サニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルド。幻想郷のあちこちで他愛のない悪戯を繰り返している、3人組の妖精である。
彼女らが見入っていた博麗神社の境内を、霖之助もひょいと覗き込んだ。
巫女の博麗霊夢が、珍妙な踊りを踊っていた。
たまに見せてもらえる、秋神降ろしの巫女舞とも違う。足取りはよろよろと頼りなく、言ってしまえば千鳥足である。上半身も様々な方向へふらふらと揺らいで、白い付け袖のはためきは、溺れかけた水鳥が必死に羽ばたいているかのようだ。
上機嫌な赤ら顔で黒髪を振り乱し、今にも転倒しそうな踊りを披露する博麗の巫女。確かに、酔っ払っているようだ。
眼鏡の高さを指先で微調整しつつ、霖之助は目を凝らした。
荒々しく弧を描く黒髪を、ひらひらと舞い暴れる白い袖を、何かが超高速でかすめて行く。
球形、立方体、三角錐。3種類の分銅であった。それらが鎖を引きずりながら、流星雨の如く霊夢を襲う。
その襲撃を、霊夢は全てかわしていた。今にも転びそうな千鳥足の舞踏は、回避の舞いであった。
もう1人、踊っている少女がいる。こちらも千鳥足であった。小さな身体をぐでんぐでんと揺らし、長い髪を乱して大型の角を振り立て、可愛らしい手で鎖を振り回しているのだ。3本の鎖。
それらの先端では、3種類の分銅が凶暴な唸りを発し、霊夢を高速強襲し続ける。直撃すれば、間違いなく頭蓋が砕け、人体がちぎれる。
全てを霊夢は、楽しそうに笑いながら回避していた。
相手の少女も、同じく赤ら顔で馬鹿笑いしながら回避している。吹き荒れる弾幕の嵐をだ。
酔い踊る霊夢の左右で、2つの陰陽玉が光弾の嵐を速射し続けているのだ。
可憐な細腕で鎖分銅を操り、小さな全身をふらふらと躍動させながら、少女は攻撃と回避を同時に行っていた。
霊夢は弾幕で、有角の小さな少女は鎖分銅で、相手を殺しにかかっている。楽しげに酔っ払いながらだ。
「あはっ、ひゃはッ、あっひゃはははははははは! ちょっとぉ危ないもの振り回してんじゃないわよ、当たったら脳みそ飛び散っちゃうじゃないのよォ! 私の、のっ脳みそ、脳みそが花火みたいにパァーンてね、うふふっ、たぁまやああああああああ!」
「うひひ、きゃはっ、きゃっはははははは回る回る、目が回るぅううう! 幻想郷はよォ、いつっからこんなクルクルぐるぐる回るようになっちまったんだあああ? 落ち着け皆、回ってねえで落ち着けぇえい。いい加減にしねえと山ぁぶん投げちまうぞゴラァあああああ!」
2人とも、こうやって覗いている者たちがいる事にも気付かぬまま、楽しそうに殺し合っている。
何しろ博麗の巫女であるから、こんな妖怪の知り合いがいても不思議ではない、と霖之助は思う。
(あれは……いや、まさか……鬼?)
「ね、ねえ、がらくた屋さん」
ルナチャイルドが訊いてくる。
「これ、止めた方がいいのかしら……」
「やめておこう。僕はまだ命が惜しいし、君らもあまり妖精の不死身を過信するべきではないと思う」
霖之助は言った。
「で……君たちは何故ここに?」
「……サニー曰く、妖精の本分だそうです」
スターサファイアの言葉を受けて、サニーミルクが踏ん反り返る。
「悪戯、それが妖精の本分よ。すなわち博麗の巫女に悪戯を仕掛ける! あたしたち妖精が1度は乗り越えなきゃいけない試練」
「やめて下さい。今の博麗様に変な事を仕掛けるのは、本当にやめて下さい」
人影の塊が、境内からこちらに歩み寄って来た。
2人の少女。片方が、もう片方を背負っている。
「妖精でも、命の保証は出来ないです」
「君は……?」
「博麗神社の狛犬です。貴方にこの姿をお見せするのは、初めてかも知れません」
霖之助は今、気付いた。狛犬の像が、台座の上から消え失せている。
「とにかく香霖堂さん、いい所に来て下さいました。この人を、お願いします」
「ああ、やっぱり。ここに来ていたか」
背負われているのは、霧雨魔理沙だった。幸せそうな赤ら顔で、気持ち良さげに寝息を立てている。いや、寝言を呟いているのか。
楽しい夢を見ているのだろう、と霖之助は思った。
「ありがとう狛犬君。魔理沙の面倒を、見てくれたんだね」
「私は何も……それより、気を付けて下さいね」
狛犬の少女は言った。
「この人、放っておくと脱ぎますから……」
「悪気はなかった……とは言わない。私はね、確信を持って貴女を騙したのよ。フランドール・スカーレットが外に出て来る事は絶対にないと」
八雲紫が言った。
レミリア・スカーレットは、無言で睨み据えた。この女に浴びせるための言葉が、思いつかない。
「憎しみのあまり言葉もない、といったところかしら」
紫が微笑む。
「私に……それなら言葉ではなく、弾幕でもぶつけてみてはどう?」
「……今の私の弾幕など、恐るるに足らずというわけ」
レミリアは、ようやく言った。
「八雲紫、私はお前を許せない……だけど、それ以上に私自身を許せない。お前にその怒りをぶつけたところで、無様な八つ当たりにしかならないわ」
「八つ当たりよりも、いくらかはましな事を、してみる勇気はある?」
レミリアの全てを見透かすような眼差しを、紫は向けてきた。
「貴女にとって、あまり先延ばしにしても意味のない事だと思うわよ」
「……フランと、決着を付けろと言うのね」
自分の言葉に、レミリアは失笑を禁じ得なかった。
決着など、とうの昔に付いている。自分は、何をしても、あの妹には勝てなかったのだ。
だから、このようなスキマ妖怪に頼る事になってしまった。
「お前が、スカーレット家の家督争いに介入してきた理由……今ならわかるわ八雲紫。お前は結局、私とフランを自分の手駒に加えたかったのね。けれど残念、私が戦力になるわけはないし、フランを制御するなど不可能よ」
「その通り。フランドール・スカーレットに言う事を聞かせる、それが出来るのは貴女だけ」
紫が言った。
「私はね、貴女たち姉妹に決着を付けろと言いたいわけではないのよ。そんな必要はない……ねえレミリア。姉として、妹を助けてあげる気はあるのかしら?」
「……助ける? 私が、フランを?」
これほどの世迷い言は聞いた事がない、とレミリアは思った。
「……今度は一体、何を企んでいるの」
「スカーレット姉妹の、再会と和解。それが私の、今の望みよ」
紫は即答した。
「いつかは貴女に会える……それだけを希望に、495年間もの封印を耐え抜いてきたフランドール・スカーレットがね、今は貴女のいない場所を独りで彷徨っているのよ。だから……会いに行って、あげなさい」




