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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
28/48

第28話 春、それは試練の季節

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 際限なく降り積もる雪の下で、春がひたすら力を蓄えていたのではないか、と十六夜咲夜は思った。

 見渡す限りの、晴天の雪景色。だが雪解けは近い。

 雪の下に蓄えられていたものが今、一斉に芽吹こうとしているのが感じられる。

 景色はまだ変わらずとも、空気は、春のそれに変わりつつあった。

「いいなあ……春は、いい……」

 レティ・ホワイトロックが、愉しげに空を飛んでいる。宙を泳いでいる。

 ゆったりと衣服をはためかせる、その姿が、幻影の如く薄れてゆく。春の空気に、溶け込んでゆく。

 そんなレティに、リリーホワイトが追いすがった。涙の煌めきを、飛び散らせ引きずりながら。

「レティ……あのね、レティ………」

「泣かないでリリー。毎年の事じゃないか」

 消えゆく冬妖怪が、春告精の愛らしい手を取った。

「いや……例年通り、でもないかな。今年の冬は、少しばかり特別だったかも知れない。とても大規模なやらかしが行われて」

 ふわりとリリーホワイトを抱き寄せ、軽やかに飛翔し舞い踊りながら、レティが視線を投げる。咲夜の隣で空中に佇む少女剣士にだ。

「冬が、長引いた。リリーと一緒に過ごせる時間も、例年より少し多かった……まあ貴様のおかげかな、半人半霊」

「冬妖怪は……冬が終わると、幽霊よりも希薄なものになってしまうのだな」

 魂魄妖夢が言った。

「幽霊であれば、白玉楼の庭園の片隅にでも住まわせてやったのだが残念だ」

「365日間、貴様と顔を合わせるのは御免蒙る。冬だけでいい」

「ふん。次の冬に、また会うかな」

「おい、お前」

 霧雨魔理沙が、箒の上から妖夢に声を投げる。

「その2人に、何か言う事あるんじゃないのか」

「ない。今になって謝罪するくらいならば、最初からやらん」

「……そういう奴だよ、貴様は」

 レティが苦笑する。

 別れ際、西行寺幽々子はレティに言った。妖夢のお友達になってくれて、ありがとう……と。

 そして幽々子は妖夢に遠出の許可を与え、妖夢はこうして幻想郷までレティの見送りに出向いて来たのだ。

 友愛と呼べるものであるかどうかはともかく、魂魄妖夢とレティ・ホワイトロックは縁を持った。

 それは、紅魔館と博麗神社の縁に近いもの、なのではないか。

 思いつつ咲夜は、魔理沙の傍で空中に立つ博麗霊夢を見やった。

 ちらり、と霊夢が睨み返してくる。

「……博麗神社を通って、外の世界へ行って、フランドールを連れ戻す……やりたきゃ勝手にやればいいわ」

 霊夢にそう言われて、咲夜は俯くしかなかった。

「それはそれとして、レミリアは返さないわよ」

「…………」

「お前、博麗神社には足が向かないよな」

 魔理沙が話しかけてきた。

「……レミリアがいるもんな。だけど仲直りはしてもらうぜ」

 レティとリリーホワイトが、踊っている。互いにエスコートし合いながら、飛翔と舞踏を繰り広げる。

 春の踊りだ、と咲夜は思った。

「季節の引き継ぎが済めば、いよいよ春だ。すぐに桜も咲く……仲直りの花見宴会やるから霊夢、準備よろしくな」

「神社でやるの? まあ仲直りはいいけどレミリアは返さないわよ。あれはもう私のペットなんだから」

 こんな言葉に怒りを示す資格すら自分にはない、と咲夜は思う。

 リリーホワイトが、踊りながらレティに抱きついた。

「レティ……またね」

 涙を流し、微笑んでいる。

 レティが、何かを言おうとして言葉が見つからぬまま、リリーホワイトを抱き締める。同じく微笑みながら。

 透明な笑顔だった。日に日に透き通ってゆくパチュリー・ノーレッジを、咲夜は思い出した。

 体調悪化の止まらぬ彼女を放置して、外での弾幕戦に明け暮れているメイド長。それが自分だ。小悪魔は怒り狂っているだろう。

「さあ、リリー……」

 レティの、声は辛うじて聞こえる。だが姿は。

「雪の下で、みんなリリーを待っているよ……」

「レティ……」

 リリーホワイトは、空気を抱き締めていた。レティ・ホワイトロックは、もういない。

 呆然と浮かんでいる春告精を、霊夢が、魔理沙が、妖夢が、咲夜が、遠巻きに見守っている。

 4人で、何かを促すような格好になってしまっている。

 1度、リリーホワイトは涙を拭った。

 そして微笑み、翼を広げ、小さな両腕を広げ、叫んだ。

「…………春ですよぉおおおおおおおおっ!」

 赤と青の弾幕が迸り、全方向に嵐の如く拡散した。魔理沙が、妖夢が、慌てて避け逃げる。

「やめなさい!」

 霊夢が、陰陽玉を投げつけた。命中した。

 たんこぶを膨らませたリリーホワイトが、泣き笑いながら墜落し、魔理沙に抱き止められる。

「まったく。妖精って連中は、とりあえず弾幕なのよね……いやまあ、私が言える事じゃないけど」

「う、嬉しいと、ついやっちゃうんです」

「嬉しい時も悲しい時も、何はともあれ弾幕戦。いいじゃないか、それでこそ幻想郷だぜ」

 魔理沙が、春告精の頭を撫でる。

 魂魄妖夢が、じっと空を見つめている。春の空。

 レティ・ホワイトロックを見送っているのだ、と咲夜は思った。



 迷いの竹林には、スキマを開く事が出来ない。

 幻想郷にいくつかある、八雲紫の力が及ばぬ場所の1つである。

 竹林の奥に、不可侵の聖域が作り上げられているのだ。

「否……違うわね。作り上げたのは、私たちの方」

 姿の見えぬ相手と、紫は会話を試みた。

「元々、貴女がたが隠れ住んでいた場所の周りに、幻想郷を作り上げてしまったのは私たち……お詫びのしようもないわね、だから謝らないわよ」

「……八雲紫の謝罪は信用ならない。綿月豊姫が、そう言っていたわ」

 姿の見えぬ何者かが、苦笑したようである。

 紫は片手をかざし、たおやかな人差し指で空間をつついた。

 空間に、裂け目が生じた。その裂け目が、しかし開かない。

 紫を眼球とするなら、それは目蓋であった。目蓋が、しかし開かない。開かぬ目蓋の向こうに、何者かがいる。

 無理やりに目蓋を開く事は、出来るであろうか。

 そう思いかけた紫に、その何者かが、閉じた裂け目の向こうから言葉を投げてくる。

「やめておきなさい。私たちの領域への不法侵入、と見なさなければいけなくなるわ」

「……そうね。今ここでスキマを開いたら、貴女と1対1で戦う事になる」

「お話だけ、という事で私は貴女からの接触を、こうして受け入れているのよ……まあ、お話だけならいくらでも聞いてあげる。私たちに色々と文句を言いたいのでしょう? 吐き出して御覧なさいな、お嬢さん」

「嬉しい事を言ってくれるのね。最近は藍でさえ、私をそこはかとなく年寄り扱いするようになったのに」

 そんな、愚かな話をしたいわけではなかった。

「文句を言いたいわけではないわ。私は、ただ知りたいだけ……嫦娥は、動くのかしら?」

「動くでしょうね」

 即答された。

「自分の地位を最も脅かす者が、幻想郷で健在なのだから……命を、奪いに来る」

「蓬莱人の命を?」

「……殺さずとも、永遠に無力化する手段はあるわ」

「例えば、赤ちゃんに戻して時を止める」

 紫は言った。

「貴女たちのお姫様は、そうやって地上に降りて来たのよね。それを少し応用すれば、蓬莱人を永遠に封印しておく事も出来る」

「もちろん、そんな事はさせない。あの子は私が守る」

 まるで、閉じた目蓋の上から強い光を当てられたかのようであった。凄まじい気配が、燃え上がっている。目蓋の上からでも、眩さが感じられるほどに。

「そうね……幻想郷の賢者よ、貴女には断っておきましょうか」

 凄まじい力の気配が、声が、開かぬ裂け目の向こう側から紫を圧す。

「私は、あの子を守るためなら幻想郷をいくらでも戦場にする。人里の民、妖怪に妖精、あらゆる命を気にかけず顧みない……そうなった時のために、今から何かしら手を打っておく事をお勧めするわ」

「……そうね、結局そうなるのよね」

 戦力を集め、整える。

 今から打つべき手など、それしかないのだ。

「月の民と、戦う事になる……貴女たちか、嫦娥の軍勢か、それはわからないけれど」

「当然、貴女自身も戦うのよ。八雲紫」

 口調が、いささか説教めいた。

「年長者として1つ忠告させてもらうわ。貴女、少し策士気取り黒幕気取りが過ぎるわよ? 他者を盤上の駒として扱う快感、理解は出来るけれど……もう少し、自力で行動するという事を覚えなさい。自分で戦う力が貴女、無いわけではないのだから」

「荒事を嫌う月人の……それも賢者の言葉とは、思えないわね」

「自分が動かなければ何事も為し得ない。それが宇宙の真理よ」

 声が、遠くなってゆく。

「戦うならば命を賭けなさい。他者の命だけでなく、自身の命も……ふふっ、私が言ったところで説得力はないわね。だけど、そうしなければ貴女たちが勝てる相手ではないのよ。私も、嫦娥様も……」

 声も、気配も、眼前の裂け目も、消え失せた。

 閉ざされた目蓋の内側、言わば巨大な眼窩の如き空間に1人、取り残されたまま、紫は思う。

 自身が戦う。それは当然だが、八雲紫が命を捨てた程度で勝てる相手ではない。藍や橙にも戦わせるとして、それでも戦力が足りない。

「荒療治が……いよいよ必要ね」

 この場にいない1人の少女に、紫は語りかけた。

「……立ち直ってもらうわよ、レミリア・スカーレット」



「何とも、まあ」

 上白沢慧音が、お茶を出してくれた。

「今の幻想郷で、君ほど忙しい妖怪もいないだろうね。境界の補強に走り回ったばかりだと言うのに、私と話をする程度の用事までこなすとは」

「大事な話だからな」

 八雲藍は、まずは一礼した。

「我が主、八雲紫が本来ならば貴女のもとへ直接、身体を運んで頭を下げるべきなのだが……私で申し訳ない」

「何を言う。人里を救ってくれた恩人に会えるのは光栄だよ八雲藍。君がいなかったら、死が冥界から溢れ出していたところだ」

 慧音の、寺子屋である。子供たちが帰った頃を見計らって、藍はここを訪れたのだった。

「出来れば子供たちに君を紹介したかったよ。命の恩人としてね」

「……今後、人里の子供たちを守るのは私ではなく貴女になる。協力を仰ぎたい」

 藍は即座に、本題に入った。

「貴女の持つ、歴史喰らいの能力が必要なのだ」

「……人里の歴史を、無かった事にする。か」

 豊麗な胸を細腕で抱えるように、慧音は腕組みをした。

「そんな事で、ごまかせるような相手なのかな?」

「無論こちらでも、出来る事は全てやる」

 藍は言った。

「……人里を、戦いに巻き込まない。まずはそれが肝要なのだ。まあ余裕があれば、貴女には直接の戦いにも参加して欲しいとは思うが」

「直接の戦いならば、私などよりもずっと頼りになる者がいる」

 その人物との接触も、藍の目的の1つであった。

「彼女は……今、どこに?」

「鍛錬の最中さ。ひどく無様な負け方をしたと、本人は思い込んでいる……まあ頼む必要はないだろう。実際に月勢力との戦いになれば、言われずとも先陣を切ってくれるよ」

「問題は彼女が、八雲紫の統率・指示に従ってくれるかどうかという事だ」

 正直なところを、藍は言った。

「我が主・八雲紫は……残念ながら、声望が今一つでな」

「ああ、妹紅も言っていた。妖怪退治人として、八雲紫はいつか討たねばならないと」

 慧音が微笑む。

「ともかく、なるほど。戦力を集めるのは良いが、集まった者たちが言う事を聞いてくれない……か」

 そして、考え深げに頷いた。

「確かに……八雲紫は、背後から人妖たちを唆し操る事には長けている。だが大規模な戦となれば、自ら陣頭に立って戦う姿を示す事も必要になるだろう。彼女にその能力がないわけはないが……いや。その役目いっその事、君が務めてはどうかな八雲藍。君の方が、幻想郷の行動力ある守り手として広く認知されているよ。声望もある」

「私は、動き回るしか能がないだけだ。ともかく人里の守りと、藤原妹紅の制御。この2つを、貴女に頼んでおきたい」

「妹紅も、私の言う事なら何でも聞いてくれるわけではないのだが……」

 慧音は軽く、頭を掻いた。

 藍は、心の中から語りかけた。

(博麗霊夢、西行寺幽々子、レミリア・スカーレット……だけではありません。貴女もまた試練の時、なのではありませんか。紫様……)



 春告精の声が、確かに聞こえた。

「……はいっ。今年の『春ですよー』いただきましたぁ。ひっく」

 大木の枝に腰掛けたまま、その少女はパチパチと手を叩いた。

 小さな、可愛らしい両手。だがそれは、絶大な妖力の塊でもある。

「いやー長い冬だったね。まあ雪見酒は嫌いじゃないけどさあ」

 可憐な唇が、瓢箪にしゃぶり付く。

 傾けた瓢箪の中身が、口の中に流れ込んで五臓六腑に染み渡る。

「ぷはぁあ……あー、まったく。やっと桜が咲くかい。慌ただしい花見になりそうだねえ、ひっく」

 少女の小さな身体が、枝の上にごろりと横たわった。

 樹上に寝そべったまま、田園の雪景色を一望する。

 数日の間に、雪は解けるだろう。漂う空気は、春のそれである。

「んー、春の匂い……」

 少女の愛らしい鼻が、ひくひくと震えた。

 上機嫌な赤ら顔が、しかし少しずつ、険しくなってゆく。

「春の匂い……に混じって、なぁんか胡散臭さが漂ってるぞう。んん〜、さてはあの黒幕気取りのスキマ妖怪! 人をけしかけてばっかで自分じゃ何にもやらない奴が、何かくっだらねえ事しようとしてやがんなぁあああああああ!?」

 酒気の赤みを怒りの赤色に変えながら、少女は喚き、枝の上で立ち上がり暴れた。

「いっつもそうだ、珍しく自分から動いたと思えばロクな事しやがらねえ! おめえの若作りした面ぁ思い浮かべるだけでなあ、こちとら極上の酒がただのヤケ酒になっちまうんだよおおおおおおおッッ!」

 怒声に合わせて、酒気が発火する。

 炎を吐き散らしながら、少女は枝を踏み外し、落下していた。

 そして、巨大な角の生えた頭から雪に突っ込み、埋まった。

 その角で雪を掻き分けながら、少女は顔を出し、呟いた。

「とりあえず……ぶちのめして来るか、あのスキマ妖怪」

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