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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
26/48

第26話 そして誰もいなくなる

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 校舎の屋上に、魔法陣を描いた。描き方は間違っていなかったはずだ。

 知っている限りの呪文を唱えた。神にでも、悪魔にでも、すがりたかった。

 駄目だった。幻想の世界には、行けなかった。

 幻想の世界へと自分を連れて行ってくれる使者を、呼び出す事も出来なかった。

 夜になってしまった。学校から、追い出された。

 溜め息をつきながら今、宇佐見菫子は夜道を歩いている。とぼとぼと足取り弱く。

 独りぼっちの帰り道。慣れたものだ。寂しいとは思わない。

 高校に入っても、友達など出来なかった。

 要らない。心から、菫子はそう思う。

 あの今野も、有賀にしても西にしても、最初のうちは友達面をしていたものだ。

 菫子は彼女たちの友達であり、やがて奴隷となり、鬱憤を晴らすための玩具となった。

 それが、すなわち友達なのだ。

 今野も有賀も西も、殺された。

 それに関してだけは、あの菅原教諭に感謝してやっても良い、と菫子は思う。

 今野たちを粉砕殺害した後、菅原も殺処分された。

 それを実行した十六夜咲夜は、菫子を残して旅立った。幻想の世界へ行ってしまったのだ。

「駄目、なんだ……」

 菫子は呟いた。

「あのくらいの事が出来ないと……幻想の世界へは、行けない……」

 呟きながら、立ち止まる。止まるしかなかった。

 前方を、塞がれている。

 菫子は見回し、振り向いた。

 左右にも、後ろにも、回り込まれていた。

 ニヤニヤと下卑た笑顔が、菫子を取り囲んでいる。

「いいじゃんイイじゃん、いーじゃんよぉ。この子ならイケるよ収益化」

「ちぃっと地味め、なのが最高だよなぁ」

 身なりの良くない、若い男が5人。大学生に見えるが、真面目に学校へ行っているようには見えない。働いているようにも見えない。

 そんな男たちが、菫子を勝手にスマートフォンで撮り始める。

「地味めのJK、ド派手に動画デビューってえコンセプトでよぉ、ひとつ頼むわ」

「何だよ、下レギンスかよぉ」

 1人が、制服スカートの下にスマートフォンを突っ込んでくる。

「JKなら生パンじゃなきゃ駄目だろお? ホンット空気読めねーよなぁ最近のオンナはよお」

「…………!」

 逃げ出そうとする菫子の腕を、男の1人が無遠慮に掴む。

「だぁめだよ逃げちゃあ。ここで逃げたらキミこの先一生、日の当たらない地味子ちゃんのまンまだよぉ?」

「俺らがデビューさせてやるからぁ、な? 喜んどけよ。こんなチャンスめったにないんだから」

「とりあえずインタビューからいこうか。君、初体験いつ? それともまだ? 見た目通りなんだ?」

「じゃなおさらデビューしとかなきゃ。大人の階段、上ろうぜェー」

 執拗に向けられてくるスマートフォンを、菫子は睨んだ。

 あの時、目覚めた力。あれから自分なりの訓練を怠ってはいない。

 スマートフォンが、火花と煙を吹いた。

 今のところは、これが精一杯である。

「あっぶね……何だぁ、これ!」

「ひゃっはははははは! バカおめえ、半島製のヤツなんか使ってっからそーなるンだよぉ」

 高架線の下。人通りが、全くないわけではない。

 サラリーマンらしき男性が1人、何も見えない振りをしながら足早に通り過ぎて行く。

 こういうものだ。自分の身は、自分で守らなければならない。

「とりあえず、よ……ここで始めちゃう? それとも場所変える?」

 男の1人が、自分たちの車に親指を向ける。大型の国産車が1台、近くに停められていた。

「……わかるよね? 君」

 ねっとりと嫌な声が、菫子の愛らしい耳に吐きかけられる。

「やる事ヤッた後で、どっかの山ん中……捨ててく事だって出来るんだから、な? 大人しくしようぜ」

「乗ろっか、とりあえず」

 男たちが、菫子を車内に押し込めようとする。

 スマートフォンを1台、破壊するのが精一杯。だが、やり方次第では、この男たちの眼球くらいなら破裂させられるかも知れない。

 菫子がそう思った、その時。

 声が、聞こえた。

「博麗の巫女……貴様!」

「魂魄妖夢。フランドールを止めててくれて、ありがとうね」

 姿は見えない。

 見えないどこかで、何者が会話をしている。

 どうやら喧嘩、と言うより戦闘をしながら。

「生きてたら、生かしといてあげるわ……夢想封印」

 爆発音。

 虹色の光が見えた、と菫子は感じた。

「大丈夫よレミリア。あんたの妹……夢想封印の1発2発で死んでくれるほど、おしとやかな子じゃないから……」

 それきり、姿なき何者かの声は聞こえなくなった。虹色の爆発光も、消え失せた。

 その代わりに、天使が降って来た。いや、悪魔か。

 天使のような悪魔。悪魔のような天使。

 可憐な姿が、ふわりと路上に着地し、よろりと転倒し、すぐに起き上がる。

 唖然としている男たちを、その少女は無感情に見回した。

 虚ろなほどに澄んだ、真紅の瞳。

 人形だ、と菫子は思った。この上なく上質のルビーを瞳の材料に用いた人形。

 小さな身体に赤系統の衣服をまとい、愛らしい背中から奇妙な装身具を広げている。

 いくつもの宝石を生らせた枝。翼のつもり、なのであろうか。

 いや、これは間違いなく翼である。菫子は何故か、そう確信した。

 異形の翼を広げた天使、あるいは悪魔。

 呆然としていた男たちが、徐々に獣性を取り戻してゆく。

「よくわかんねーけど……何だよ、可愛い子じゃね?」

「よォしよし。キミもさぁ、一緒に動画デビューしようか」

 男の1人が、馴れ馴れしく少女に手を伸ばす。

 その手が、腕が、ちぎれた。

 まるで人体ではない、壊れやすい物のように、引きちぎられていた。

 悲鳴が、耳障りに響き渡り、すぐに消えた。声帯も、気管も、脛骨も、捻じ切られていた。

 人の形を失った男の身体が、倒れぶちまけられる。大量の臓物が、ビチャビチャと路面に広がった。

 少女が具体的に何をしたのか、菫子には見えなかった。

 返り血にまみれてなお愛らしい可憐な姿が、そこに佇んでいる。

 男たちは、下卑た半笑いの表情を凍り付かせ、固まっている。

 起きながら悪夢を見るような視線を浴びながら少女は、引きちぎった生首を高々と掲げた。可憐な細腕で、月に捧げんとするかのように。

 滴り落ちる血を、小さな口で受けている。

 可愛い唇が、赤く汚れ染まった。

 その赤さの中から、鋭く美しい牙の白さが浮かび上がる。

「吸血鬼……」

 呆然と、菫子は呟いた。

 天使ではない、悪魔でもない、あるいはその両方である少女が、男の生首を思いきり投げ捨てた。怒りの仕草。あまりの不味さに、苛立っている。

 愛らしい美貌は、しかし相変わらず無表情だ。ただ返り血まみれである。

 投げ捨てられたものが、路面に激突し砕けた。頭蓋骨の内容物がグチャアッと潰れ広がった。

 そんなものは一瞥もせず、吸血鬼の少女はゆらりと歩み出す。赤い靴が可愛い、と菫子は思った。

「てめ……」

 何か喚こうとした男の、腹の辺りを、少女は無造作に掴んで引き裂いた。可憐な五指で、ポスターでも剥がすかのように。

 凄まじい量の臓物が、ぶちまけられた。

 その近くで、もう1人の男が転倒した。片脚をもぎ取られていた。

 泣き叫ぶ男の顔面を、赤い靴の似合う小さな足が踏みにじる。頭蓋が破裂して脳髄が溢れ広がり、眼球が転がった。

 残る2人の男が、車に駆け込んで行く。大型の国産車が、走り出す。

 逃げて行く。いや、即座に方向転換し、こちらに突っ込んで来る。小さな吸血鬼を、轢き殺そうとしている。

 避けもせずに少女は、奇妙な翼を揺らめかせた。

 小さな光の球が、いくつも生じた。球、と言うより弾か。

 突っ込んで来た大型車を、光の弾幕が直撃する。

 爆発が起こった。

 ガソリン臭い火柱が立ちのぼり、国産車の残骸も人体の破片も、一緒くたに燃えながら飛散する。

 宝石の翼をぱたぱたと動かして、吸血鬼の少女は浮揚している。小さな身体は返り血や臓物の汁気にまみれ、爆炎に照らされて、今やこの世のものとは思えぬほど禍々しく、そして愛らしい。

 相変わらず表情のない、人形の美貌。その横顔を呆然と見つめ、菫子は思わず命名していた。

「……U.N.オーエン……悪人だけを、狩り殺す……」

 自分が笑っている事に、菫子は気付いた。

「私を連れて行ってくれる、幻想の世界の使者……何よ、ちゃんと召喚……出来てるじゃない……」



 西行妖が、咲かぬ桜に戻ってしまった。

 満開寸前であった花は今や盛大な桜吹雪となり、冥界全域でゆったりと吹き流れている。プリズムリバー三姉妹の奏でる、穏やかで物悲しい楽曲に合わせてだ。

 そんな風景の中核たる、裸の巨木。花弁の失せた無数の枝は、天空を掻きむしる骸骨たちの手を思わせる。

 リリーホワイトが空中で、そんな西行妖の幹にすがりつき、泣きじゃくっている。

 レティ・ホワイトロックは声をかけた。

「私にも聞こえたよ。西行妖は……リリーに、ありがとうを言っていた」

「レティ……ねえ、私って何……?」

 春告精らしからぬ泣き顔が、振り向いてくる。

「幻想郷の皆さんに……レティにも、博麗の巫女さんたちにも、いっぱい迷惑かけて……そこまでして、お花ひとつ満開にさせてあげられない私って……」

「……そんな事を言っちゃ駄目だ、リリー」

 レティは、そっとリリーホワイトの肩に手を置いた。

 地上から、博麗霊夢が声を投げてくる。

「あんたたちは何にも悪くないわよ、春告精に冬妖怪。一番悪い奴らは、ほら」

 お祓い棒が向けられた先では、ぼろ雑巾のようになった西行寺幽々子と魂魄妖夢が、桜の巨木の根にもたれかかって半ば座り込み、半ば倒れている。

 霊夢が、歩み寄った。

「……これ、凄い武器よね」

 右手に持った小剣を、妖夢に差し出している。

「だけど私、お祓い棒の方が性に合ってるから。返すわ」

「……博麗霊夢……お前、本格的に剣術を学ぶ気はないのか……?」

 死にかけながらも、妖夢は剣を受け取った。

「お前なら……私など問題にもならぬほどの剣士に……」

「私、修行とか努力とかしない人だから」

 言いつつ霊夢は、幽々子の方に視線を移す。睨む。見据える。

「……欲しかったわ、貴女の……どろどろとしたもの、ぎらぎらと輝くもの……」 

 妖夢と身を寄せ合ったまま、幽々子は弱々しい声を発した。

「私のものに、ならないと……わかった途端、尚更にね……未練が、燃え盛っている……」

「…………」

 霊夢は応えない。幽々子を、ただ見据えている。

 幽々子の方は視線を外し、こちらを見上げてきた。

「貴女たちには……本当に、申し訳ないと思っているわ……リリーホワイトに、レティ・ホワイトロック……」

「いや、私は……」

 そんな言葉を返すのが、レティは精一杯である。

 幽々子の謝罪は続く。

「それに……妖夢……私は貴女に対して、とてつもない罪を……犯してしまうところだった……」

「何を……」

 妖夢は、辛うじて生きている。

「……おっしゃるのですか? 幽々子様……」

「私……妖忌と、あの人をね……祝福してあげたかった……だけど心の奥底では……あの人を、許せなかった……」

 幽々子も、生きていると言えるかどうかはともかく、辛うじて存在は維持している。

 この戦い、この敗北によって、彼女はむしろ己の存在を確かなものにしたと言えるだろう。

「私のせいで、妖夢が……この世に、生まれてこなかったかも知れない……」

 幽々子の涙が、キラキラと蝶に変わりながら消えてゆく。

「ああ妖夢……貴女に対する、どんな謝罪の言葉も空々しい……」

「……白玉楼で、暢気に過ごしておられる姫君。私にとっての貴女は、そのような存在ですよ幽々子様。最初からです」

 妖夢が、弱々しく身を起こす。幽々子を庇うような形になった。

「それ以前の貴女の事など、興味はありません……いえ興味はありますけれど、それは魂魄妖忌に語らせるといたしましょう。いずれ、また出会った時に」

「妖夢……」

「今、私はここにおります。それが全てです」

 自分はいなくなる、とレティは思った。

 今この場で最も存在の消滅に近いのはレティである。体内で、急激に力が失せてゆくのが感じられる。

 幻想郷に、春が来る。

 自分は、もう存在してはいられない。この蝶たちのように消えゆくだけだ。

 十六夜咲夜が、いくらか遠慮がちに歩み寄り問いかける。

「西行寺幽々子……貴女には、まだ訊きたい事があります。力尽きているようだけど答えてくれるかしら?」

「……外の世界へ行きたいのなら……冥界よりは博麗神社から、の方がいいわ」

 幽々子が言うと、霊夢が咲夜を睨んだ。

「私が留守の時に……勝手に、博麗神社を通り道にしてくれたみたいね」

「大目に見ていただきたいわ。外の世界でなければ、調達出来ないものがあるのよ」

 咲夜が、ちらりと視線を返す。

「それに今は、妹様……フランドール様が、外の世界にいらっしゃる。貴女のせいよ、博麗霊夢」

「ははあ、それはかわいそうに。外の世界の連中がね」

 霊夢は言った。

「慌てて助けに行く必要ないと思うわよ? あいつを脅かすような奴が、外の世界にいるとも思えないし……何しろね、私を1度はぶち負かしてくれた化け物よ」

「……じゃこれで2敗目だな、霊夢」

 黙り込んでいた霧雨魔理沙が、ようやく言葉を発した。

「わかってるよな。お前、西行寺幽々子に負けたぞ……殺されたんだぞ、1度」

「……言い訳はしないわ。面倒かけたわね魔理沙、それに十六夜咲夜」

「私は別に。それよりも」

 咲夜が、じっと霊夢を見据える。

「……魔理沙に、何か言う事があるのではなくて? いえ、言葉は無意味かしらね」

「何かって……」

 そこで、霊夢は気付いたようだ。

 魔理沙が俯き、震え、ぽろぽろと涙をこぼしている。

「……馬鹿野郎……霊夢の、バカやろう……っ」

「…………ごめん」

 霊夢も俯き、魔理沙を軽く抱き寄せた。

「ごめんね、魔理沙……本当にごめん……ありがとうね」

「ここにいる全員にそれ言えよ、お前!」

「そ、そうね。それはともかく魔理沙、私の袖で鼻かまないで」

 辟易しながら霊夢が、空中のレティを見上げた。

「私が死んでる最中、ずっと死体を運んでてくれたのね冬妖怪。お礼に、しばらくは退治しないでおいてあげるわ」

「意味がないな。私はもうすぐ消える……」

 言いかけて、レティは息を呑んだ。

 一瞬、呼吸が止まるほどの妖気が、桜吹雪と共に押し寄せて来たのだ。

 妖夢が、満身創痍の身体でよろよろと二刀を構え、幽々子を守る。

 魔理沙が無理矢理に泣き止み、霊夢を背後に庇おうとするが、霊夢はそれを拒んで前に出た。

「何者……!」

 声を発したのは、咲夜である。

 それが何者であるのか、レティは知っている。

 青ざめるリリーホワイトと抱き合いながら、しかしレティは言葉を発する事が出来なかった。

 白玉楼が、冥界が、このまま滅びる。潰される。自分たちもろともだ。

 本気で、レティはそう思った。

「名乗るほどの者ではないわ……」

 一見たおやかな手で、日傘をくるくると弄びながら、風見幽香は桜吹雪の中に佇んでいた。

「単なる花好きの通りすがりよ。こんなに素敵な桜苑の、管理人の方に……ちょっと御挨拶を、ね」

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